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次世代MPUのための布石AGP

●AGPの静かな船出

 「AGP(Accelerated Graphics Port)がPCのグラフィックスを飛躍させる」……こう期待していた人にとって、今週のAGPの船出はあまりに静かすぎるものだったに違いない。

 Intelは、今週初め、AGPテクノロジに対応したチップセット「440LX AGPset」を発表した。確かに発表したのだが、華々しい発表イベントもなく、大手で440LXを採用したメーカーもDell ComputerとGateway 2000以外はほとんどない。AGPグラフィックスカードもどっと小売店に登場するという勢いではない。一体、この静かなスタートは、どうしたというのだろう。

 その理由はいくつかあるが、最大の原因はAGP回りの対応が遅れたことだ。もっと正確には、440LXの特長を活かすAGPグラフィックスカードの用意がぎりぎりまでかかってしまったからだ。あるマザーボードメーカーの技術者は「440LXの出荷はもともとは6週間前に設定されていた。それが土壇場になって繰り延べされたのは、技術的な理由ではなく、AGPグラフィックスカードが用意できなかったため。つまり、マーケティング的な判断だった」と語る。

 実際、7月末に開催されたMicrosoftのイベント「Microsoft Meltdown Tokyo 1997」でもAGP製品はまだほとんどが完成されていなかった。8月に入っても、AGP製品はまだ安定していないと判断するボードメーカーやチップメーカーもある状態。システムメーカーとしては、十分に互換性のテストなどを行って出すにはちょっと無理がある展開だった。そこで、慎重なメーカーは440LXプラスAGPグラフィックスカードの製品を秋まで待つ形になったのだという。

 また、カードメーカーにとっても、現状ではまだAGPを強力に押し出せる状態ではないという。それは、現在のAGPグラフィックスカードとアプリケーションでは、利点をユーザーに示しにくいからだ。かつて、ISAバスからVLバスに移行した際は、普通のアプリケーションの性能が目に見えて向上した。しかし、AGPでは現状ではそうした効果はほとんど期待できない。まず、通常の2Dの場合は「GDIのコマンドの場合は帯域をそれほど使わないので、バスはボトルネックにならない」(米Number NineVisual Technology社のCEO兼会長、Andrew Najda氏)ため差が出ないという。また、3Dに関しても、今の3Dゲームのほとんどでは、差が出ないだろうと語るボードメーカーは多い。

●AGPは将来への布石

 では、AGPは意味がないのかというと、そうではない。AGPの意味は2つある。ひとつは、他のデバイスと同居するPCIバスからグラフィックスだけを分離、1対1のポートにすることで転送を高速化すること。これにより、将来のMPU側のグラフィックス系処理の高速化と高品質化に対応できる転送レートを確保できる。MPEG2のソフト再生などでは伸長後のデータ量が大きくなるため、これは意味を持つと思われる。また、これは、今後ますます混み合うPCIバスの負担を減らすという大きな意味もある。オーディオなどのリアルタイム系の処理を、MPUにまかせることが容易になる。

 AGPのもうひとつのポイントは、グラフィックスチップが直接パソコンのシステムメモリの一部にアクセス、ビデオメモリの一部として利用できることだ。テクスチャデータなどをシステムメモリに置いておけば、グラフィックスシステム側の搭載メモリが少なくても、ふんだんにテキスチャを使った3Dグラフィックスを実現できるというわけだ。もっとも、このアプローチにはかなり反対意見も多い。

 しかし、好むと好まざるとに関わらず、AGPというのはそう遠くないうちにPCにとって標準の装備となる。Intelでは、AGPをチップセットに搭載することで、USBやMMXと同じようにPCの標準的なフィーチャにしようとしている。それは、今後3年間にPCのグラフィックス性能を10倍にしようと目論でいるからだ。

 AGPには1xモード(66MHz,264MB/秒)と2xモード(133MHz,528MB/秒)があるが、今年末までにはさらに高速な4Xモード(約1GB/秒)を開発するつもりだ。AGPを高速化するのは、それだけPCのCPU性能とメモリ回りのパフォーマンスを向上させる予定だからだ。AGPは、CPUが高速化した時にバスがネックにならないようにするための布石だと言ってもいい。

 では、このあとどんなMPUがIntelから登場するのだろう。じつは、Intelが今年後半から'99年までにかけて投入する次世代MPUに関しては、さまざまな情報や憶測が流れている。また、カンファレンスでも業界アナリストが予測を述べている。それらの情報を総合すると、ほぼ概要が見えてくる。

●急発展するIntelのMPU

 Intelは、現在P5系(Pentium/MMX Pentium)とP6系(Pentium Pro/Pentium II)の2つの系列のMPUシリーズを抱えている。このうちP5系はほぼ発展が終了、もうすぐ登場すると言われているノートパソコン用MMX Pentium「Tillamook」がおそらく最後になる。あとは登場するとしてもデスクトップ用266MHz版MMX Pentiumなど限られた製品になるだろう。

 一方、'98年からはP6系がブレイクする。Pentium II発表時に来日した米Intel社の副社長兼デスクトッププロダクトグループ本部長Patrick Galsinger(パトリック・ゲルシンガー)氏は、'97年に0.25ミクロン版Pentium II(現在は0.35ミクロン)を投入することを明らかにしている。これは、開発コード名「Deschutes」と呼ばれるチップだと見らる。このDeschutesは333MHz(66MHzシステムバス用)から登場、100MHzシステムバスに対応した350/400/450MHz版も登場するとこのところ盛んに報道されている。

 この、Deschutesはノートパソコン版も登場する予定だ。ただし、面積の大きいPentium IIのダイ(半導体チップ本体)では、消費電力が大きいため動作周波数を上げると熱設計が難しくなってしまう。そのため、動作周波数はデスクトップ用よりも低い可能性が高い。

 しかし、P6系はこれで打ち止めではない。8月に開催された「インテルPentium IIプロセッサプレスブリーフィング」で、インテルのマーケティング本部長兼取締役の高橋俊之氏は、「IA-32プロセッサは、シュリンク版以外にも2つのプロセッサのプロジェクトが進んでいる」と明かしている。IA-32というのは、PentiumやPentium IIなどが採用している現在のIntelのx86命令セットのことだ。つまり、Pentium IIの後継あるいは発展MPUが、Deschutes以外にも2つ待ち受けていることになる。

 これは、おそらく「Katmai」と「Willamette」だ。4月に開催されたWinHECで、「Microprocessor Report」の発行人Michael Slater氏がこの2製品について述べている。それによると、「Katmaiは、MMX命令を拡張、また高速化に見合うようにキャッシュを増量したプロセッサ。そのあとのWillametteは、コアを大幅に拡張したものになるだろう」という。KatmaiのMMX拡張というのは、MMX2と呼ばれるもので3D性能の強化にフォーカスされるという。しかし、グラフィックスチップ関係者によると、それはジオメトリ処理に特化したものではなく、現行のMMXと同様に汎用性の高いものになるらしい。

 一方のWillametteは、まだ謎に包まれている。Microprocessor Reportなどの報道が正しければ、これは本来P8となるはずだった世代のMPUということになる。となると、Pentium Pro/Pentium II系とマイクロアーキテクチャ(MPU内部のインプリメンテーション)の基本は同じKatmaiとは異なり、大幅にコアの拡張が加えられている可能性が高い。ただし、IA-32命令をハードウェアでデコードし、内部のスーパースカラで並列実行するという基本は変わらないだろう。

●10月13日にIA-64アーキテクチャを発表

 それに対して、命令セットから大きく変えてしまうのがIA-64プロセッサのMercedだ。よく知られているように、IA-64アーキテクチャは、Intelが米Hewlett Packerd社と共同開発しているものだ。64ビット化されるだけでなく、命令セットの基本的な考え方も変わる。HPはもともとVLIW(very long instruction word)と呼ばれる、コンパイル時に命令をスケジューリングして、複数命令をひとつの命令語の中に記述する技術を長年研究してきた。この技術は、MultiflowとCydromeという小さなベンチャー企業がかつて推進役だったが、HPでは、これらのメーカーのアーキテクトを抱えている。IA-64アーキテクチャは、このVLIW技術を取り込んだものになる。

 しかし、VLIWそのままではない。以前、IntelがHPとの提携を発表した直後、たまたまインテルの傳田信行社長にインタビューをしたことがあった。その際、Intel/HPのMPUはVLIWになるのかと聞いた時の答えは「これまでのVLIWそのままではない」というものだった。これは、ハードウェアトランスレータを組み込んで従来コードとの互換性を取ったり、命令圧縮(可変長)を行うという意味だと見られている。

 このIA-64アーキテクチャのベールは、10月13日に開催されるMPU業界の学会「Microprocessor Forum」でいよいよはがされる予定だ。先週開催されて、日本ヒューレット・パッカードのIA-64に関する説明会で、このスケジュールが正式に明らかにされた。Hewlett-PackerdのComputer Systems Organization、TechnologyMarketing ManagerのBruce P. Smith氏によると「Microprocessor Forumでは共同でIA-64アーキテクチャの発表を行う。ただし、これはインストラクションセットに関する発表であり、実際のチップへのインプリメンテーションに関しては触れる予定はない。それに関しては、別な機会にIntelが単独で、IntelのIA-64プロセッサ「Merced」の製品概要として発表を行うだろう。HPはそれには関与していない」という。

 Mercedは、Intelにとっては大きな転機だ。IA-64プロセッサの性能を、HPでは「1~4CPUのクライアントでは性能は現在のシステムの約20倍になる。ミッドレンジシステムでは5倍以上、ハイエンドでは15倍」(Smith氏)と見積もっている。従来と比べると極端なパフォーマンスアップだ。

 しかも、既存のソフトとの互換性も確保する。「IA64プロセッサではIntelのIA-32、HPのPA-RISCの32/64ビット、このどちらとも互換性が取れる。この互換性は、命令セットに組み込まれているものであり、IA-64アーキテクチャにもとづいて作られたプロセッサではどれでも互換性が保証されている」(Smith氏)という。

 ただし、既存コードの場合、大幅なパフォーマンスアップは保証されていない。「当然のことだが、IA-64にオプティマイズした方が速くなる」(Smith氏)と言う。そのため、これまでとは違い、移行にかなり時間がかかる。たとえば、MicrosoftもWindows NTはMercedに移植するが、Windows 98ではそうしたアナウンスはしていない。だからこそ、IA-32プロセッサも平行して強化、併存される方針でいるわけだ。21世紀に入る時も、おそらく両MPUの系列は併存しているだろう。


●今後発売が見込まれるIntel社の主要製品コードネーム一覧

【CPU】
コード名 系列 特徴 動作周波数 登場時期 コード名の由来
Tillamook P5系 0.25ミクロンCMOSで製造されるモバイル用MMX Pentium 200/233MHz '97年後半 ティラムーク(オレゴン州の街)
Deschutes P6系 0.25ミクロンCMOSで製造されるPentium II 333MHz~? '98年前半 デシューツ(オレゴン州の川)
Deschutes(モバイル版) P6系 0.25ミクロンCMOSで製造されるPentium II 233MHz~? '98年前半?
Katmai P6系 MMX2を搭載。キャッシュ増量? 400MHz~? '98年中盤? カトマイ(アラスカ州の山)
Willamette IA-32系 マイクロアーキテクチャを大幅に改良したPentium II後継MPU? ?MHz '99年? ウィラメット(オレゴン州北西部の川)
Merced IA-64系 64ビット、第1世代のIA-64命令セットMPU 600MHz?? '98年末から'99年 マーセド(カリフォルニア州の川)
Flagstaff??? IA-64系 第2世代IA-64 MPU 1GHz??? 2000年? フラッグスタッフ(アリゾナ州の街)

【チップセット】
コード名 特徴
440BX(PPIX4) 100MHzシステムバスに対応したPentium II用チップセット。'98年中盤?
440BX(PPIX6?) サウスブリッジにIEEE-1394をインテグレート?
450NX? サーバー用チップセット? '98年後半?
*Intelの発表、業界アナリストの講演、各紙の報道をもとにまとめた

('97/8/28)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp