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Cyrixの行く手に見えてきたPC-on-a-Chip

●PCのフル機能をワンチップに

 「PC-on-a-Chip(PCオンチップ)」……たったひとつの半導体チップにPCのすべての機能を詰め込んでしまう。この構想は、これまでも何回か語られ、またある程度その構想に近いチップも作られて来た。しかし、それが現実のPCの姿を変えることはこれまでなかった。それは、常に機能向上を続けるPCで、ユーザーが満足できる機能をワンチップで提供するのが難しかったからだ。だが、その状況もいよいよ変わり始めたようだ。急激に向上するCMOS製造技術を背景に、メインストリームPCの機能をそのままワンチップにまとめる構想を打ち出すメーカーが登場したからだ。それは、米National Semiconductor社とその傘下に入ることが決まった米Cyrix社だ。

「パーソナルコンピュータのフル機能をシングルチップにまとめて、200ドルから500ドルでPCやPC互換の情報機器を提供できるようにする」

 8月21日に都内で開かれたナショナルセミコンダクタージャパンの記者懇談会で、来日した米National Semiconductor社の会長兼CEO兼社長のブライアン・ハーラ氏はこう宣言した。同社のヴィジョンはいたって簡単だ。このネットワーク時代に、情報のパイプから情報を取り出す機器が1,500~2,000ドルのPCであり続けるというのはおかしい。200~500ドルのさまざまな情報機器で情報を引き出せるようになれば、PCの年間8,000万台という市場の10倍の年間8億台という市場が開けるはず、というわけだ。しかし、そのプライスポイントを実現するのは、今のPCのようにMPU、PCIチップセット、各種周辺チップ(グラフィックスやサウンド、通信)、メモリ、コーデックそれぞれの標準品(ASSP)を集めてボード上でアセンブルする方式では難しい。そこで、x86 MPUコアにメモリ以外の他の要素をできるだけくっつけ、そのチップを非常に安い価格(例えば50ドル)で提供してしまおう、というのがNational Semiconductorの戦略だ。

●National SemiconductorのシステムLSI戦略の切り札がCyrix

 もっとも、National Semiconductorというのは、もともとこうしたSystem-on-a-Chip(システムオンチップ)の先駆メーカーではなかった。それどころか、この分野ではスロースターターであり、製造プロセスやメガセルとかマクロと呼ばれる各種機能のコアの品揃えも、競争相手からは劣っていた。米国のASIC専業メーカーはもっと前から走り始めていたし、日本の大手半導体メーカーもこの2-3年はメガセルのライブラリを急速に揃え、システムLSI体制を整えている。その状況で、NationalSemiconductorがシステムオンチップを売り物にするには、特徴を出さないとならない。その解がCyrixであり、x86 MPUコアによるPC互換だったというわけだ。

 ちなみに、同社は486互換MPUコアを持っているので、それをベースにした200ドルインターネット端末向けシステムオンチップ「Odin」も'96年11月に発表している。しかし、本格的に市場を切り開くには、どうやらそれでは不十分で、Pentiumクラスコアが必要だったようだ。Pentiumクラスのx86コアは、この業界でも数少ないため、半導体メーカーの多くはシステムオンチップをRISC系MPUコアを中心に組み立てている。そのなかで、National Semiconductorは、PCをワンチップにと打ち出せる数少ないメーカーになった。

 同社は、このCyrix合併にいたるまでも、システムオンチップ構想の実現に向けて昨年から今年にかけてさまざまな手を打ってきた。もともと、PC用のスーパーI/Oチップ(各種I/Oをワンチップ化したもの)や10/100Mbps Ethernetでは高いシェアを持っている上に、MPEGコーデックのMediamaticsやパワー管理のPicoPowerも買収した。懇談会のハーラ氏のスピーチでは、これらのパーツをCyrixのCPUコアやグラフィックスエンジンと組み合わせてワンチップ上に配置したラフな概念図まで示した。

●PCオンチップを先取りしたMediaGX

 では、現実に、National Semiconductor+Cyrixから登場するチップはどんな姿になるのだろう?

 まだ正式合併前ということもあって、これに関してのヴィジョンは明確に示されていない。ただし、カギはCyrixのローエンド向けx86互換インテグレーテッドMPU「MediaGX」にあることだけは確かだ。

 MediaGXはこのコラムでも何回か触れてきたが、DRAMコントローラやPCIインターフェイス、グラフィクス、サウンドなど、パソコンに必要な機能の大半をMPUに取り込むかエミュレーションで実行できる統合チップだ。MPUコアは5x86をベースにしているがPentium相当の性能で、しかも価格は、MPUとサウスブリッジ(PCI-ISA)チップのセットで100ドル前後という破格値。今年2月には、米Compaq Computer社がこれを搭載した999ドルPC「Presario 2100」を米国で発売、サブ1,000ドルPC戦争を巻き起こした。最初は0.5~0.45ミクロン3層という一段古い製造プロセスで生産されていたMediaGXだったが、第2世代のMediaGXi(150~180MHz)では0.35ミクロン3層になり電圧も2.9Vに下がった。Compaqが、現在MediaGXi 180MHzを使った799ドルPCを発売している。ハーラ氏は、スピーチの中で何回もこのMediaGXの革新性について触れ、その方向性がNational Semiconductorの戦略とマッチすることを強調した。

 Cyrixの開発担当上級副社長、ケビン・マクドナー氏によると「MediaGXは今後、年内に200MHzでMMXを搭載したGXmが登場する」という。Cyrixは、このGXm登場と同時期にNational Semiconductorと合併するわけだが、そうするとMediaGXmベースでさらにインテグレートしたワンチップ製品が来年中盤くらいから登場するのだろうか?

 「ワンチップ化できる技術は、すでにある。しかし、それが経済的かどうかというのはまた別な話だ」とマクドナー氏は、その問いに慎重に答える。

 「現実的には最初は2チップソリューションになるだろう。というのは、その方がトータルのコストが安くつくからだ。高い動作周波数のMPUコアやグラフィックスなどはノースブリッジ(PCIチップセットのCPU-PCI側チップ)とワンチップにして、それ以外の機能をサウスブリッジとワンチップにまとめる形になるだろう。NationalSemiconductorはさまざまなコアを持っているから、彼らとCyrixでパーフェクトなソリューションが可能になる。その2チップ以外は、あとDRAMがあればほぼPCができるようになるだろう。ワンチップ化は、そのあとで、顧客側からワンチップが適したアプリケーションでの要求が出てきたら対応する形になると思う。顧客ごとのカスタム化にも対応するようになる」

 つまり、MediaGXの現在の構成はそのまま保ち、その2チップにさらにNationalSemiconductorの持つコアをインテグレートしてゆく形になると想像できる。NationalSemiconductorは、98年中盤には0.25ミクロンを立ち上げる予定なので、そのプロセスで製造するようになった段階でインテグレーションが始まるのではないだろうか。 ちなみに、MediaGXmは0.35ミクロン4層で製造されることになっている。このチップはMMXが入ること以外はアーキテクチャが明らかになっていない。しかし、0.35ミクロン5層で製造している今の6x86MXの大きなダイサイズ(197平方mm)を考えると、それをそのままMediaGXmに入れ込むことは考えられない。現状のシングルスカラのままでMMXを加える可能性もあるだろう。マクドナー氏は、将来は6x86MXを入れ込む可能性があることを明かしたが、それはさらに一段階シュリンクした段階になるに違いない。また、National Semiconductorの戦略を考えると、MPUコアは段々進化して行くのではなく、下位のコアもローコスト版やハイインテグレーテッド版に残しておいて、ラインナップを作る形になるのではないだろうか。

 2チップ構成となると、MPU側チップは、当面はそれほど大きく基本構成が変わらないかも知れない。それに対して、サウスブリッジ側はインテグレートと進化が進む可能性が高い。すでに、今年6月の時点でCyrixでは、MediaGXをPC 97やNetPCにも対応させると言っている。となると、USBやACPIへの対応が合併前の次のチップあたりで行われることになるだろう。その先の展開としてまず予想できるのは、NationalSemiconductorのスーパーI/OやEthernetインターフェイスなどのインテグレートだ。また、ポータブル向けにPCMCIAコントローラやIrDAインターフェイスなどを搭載した形もありうるかも知れない。

 こうなるとチップ数がどんどん少なくなって行く。モデムも、MMXソフトモデムかMPU側にインテグレートしたDSPコアで処理できるようにできる。そうなると、最後に残るのは、RAMDACやオーディオコーデックなどD/Aコンバータの部分で、これを取り込めればあとは何も残らない。この次世代MediaGXとDRAMがあれば、ほんとうに、モデムやLANまで取り込んだフルマルチメディアPCができてしまう。そうなると、500ドルPCというのも、完全に実現可能な話になる。ハードディスクや大量のメモリを必要としないタイプの機器なら、200ドルも夢ではない。

 また、National Semiconductorは3DグラフィックスやDVD再生も、同社のソリューションで実現できる重要なアプリケーションに数えている。このあたりの強化も次のステップで行われる可能性もある。例えば、MPEGビデオのソフトデコードを支援するアクセラレータなどだ。また、IEEE 1394インターフェイスの統合もほぼ必ずあるとみていいだろう。

 もっとも、National Semiconductorとの合併後は、今のMediaGXのようにスタンダー ドな単一製品ではなくなる可能性も高い。PC向けポータブルPC向け、NC向け、ゲーム機向け、セットトップボックス向け、携帯機器向けといった、セグメントごとに内部の構成を変えた、標準品やカスタムICのリファレンスという形になるかもしれない。それによって、200~500ドルのレンジの、用途も形態もさまざまな情報機器に対応して行くのではないだろうか。

●6x86MX後継MPU開発は継続

 さて、こうしたMediaGX重視路線の結果、合併後のCyrixはハイエンドMPU路線が消えてしまうかというとどうやらそうでもなさそうだ。

 「ユーザーはインテグレートチップでも高いパフォーマンスを求めている。また、PCのパフォーマンスは急激に上っている。そのため、常により高性能なMPUコアの開発が必要になる。そこで、最初に独立したMPUを開発してそれを6x86MXのように市場に出し、次にそのコアを次世代のインテグレート製品の中核に使って行く。今のMediaGXが、(最初は単体のMPUだった)5x86をコアに使っているのとおなじことをするわけだ」とマクドナー氏は今後の路線を説明する。

 そのため、Cyrixとしては今後も6x86MX以降のMPU(M3?)の開発を継続するという。
 「Cyrixは、今後も1,000から1,500ドルのレンジのPC市場が重要だと考えている。だからこの市場向けのプロセッサの開発は継続する。すでに、6x86MXの次の世代のプロセッサを開発中で、動作周波数と性能の両面の向上が実現される予定だ」

 Cyrixの強味は、他のMPUメーカーと比べて開発サイクルが短いこと。ファブの心配がなくなった今後は、この強味がかなり活きてくる可能性がある。ただし、CyrixではNational Semiconductorとの合併後も、IBMとのファブ契約(IBMの工場で製造してもらう)を継続するという。

 「National Semiconductorでも外部のファブを積極的に使うつもりで、すでにこれは了解を得ている。しかし、IBMのファブは最先端のプロセスではあるが多種の製品を生産しているために、当社は量を確保するのが難しかった。とくに、MediaGXが成功して出荷量が増えてからは、これが重要な問題になった」という。おそらく、最先端MPUは0.25ミクロンが先に立ち上がるIBMを使うが、それ以外はNational Semiconductorにシフトして行くのではないだろうか。

 突然見えてきた、ワンチップPCというヴィジョンだが、その背景には半導体技術の急激な進歩がある。ロジック系半導体の製造プロセスは、今年から来年にかけて0.35ミクロンから0.25ミクロンへと一気にシフトする。そして、さらに早ければ来年には0.18ミクロンでの生産も一部では始まると見られている。これは、0.25で使われている技術を流用するもので、この技術がうまく行けば0.25と0.18の間が非常に詰まる可能性がある。製造プロセスのシュリンクで増える搭載可能トランジスタ数。これをうまく利用した、面白いアプローチが、PCオンチップだけでなく、PC周辺でどんどん登場するに違いない。

('97/8/22)

[Reported by 後藤 弘茂]


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