後藤弘茂のWeekly海外ニュース


Microsoftの放つ9頭の蛇HydraとWindows端末

●HydraがWindowsアプリをどこへでももたらす

 猛毒を吐く9つの頭を持つギリシャ神話の大蛇「Hydra (ハイドラあるいはヒドラ)」

 これがMicrosoftが、Windows NT Serverでマルチユーザーシステムを実現する新技術に選んだコードネームだ。Hydraを使うことで、Windows NT Server上で実行するアプリケーションのGUIだけをクライアント側に持ってくることが可能になる。つまり、アプリケーション自体はサーバー上で動いているのだが、クライアントはそのアプリがあたかも自分のマシンの上で動いているような感覚で利用できるというわけだ。UNIXにおけるX-Window Systemと同じ環境を実現するものだと言えば、もっとわかりやすいだろう。

 この場合、ミソなのは、クライアント側がWindowsアプリの実行機能を持っていなくてもいいという点。つまり、Windows非互換のクライアントであっても、Hydraを使えばWindowsアプリを実質的に利用できることになる。クライアントには、アプリを格納するハードディスクも、実行するための大容量メモリもCPUパワーも必要ない。それほど強力ではないCPUと少量のメモリ、それに非Windows互換の軽量OSで、Windowsアプリを使えるクライアントができてしまうというわけだ。

 Microsoftがこの技術の採用を検討していることは、以前からこのコラムで何度も指摘して来た。そして、Microsoftは、今回NetPCのお披露目と同期して、いよいよHydraの概要を明らかにしてきた。

●Windows-based Terminalとは

 MicrosoftがHydraで狙っているのは、「Windows-based Terminal」を実現することだ。Windows-based Terminalというのは、4MBのROMと4MBのRAMを搭載し、ディスク類は一切持たないという、Hydra専用端末だ。すでに説明したように、PCのアーキテクチャを取る必要はないため、Windows PCと比べると非常に"軽い"端末にできる。価格は500ドル以下の予定だ。

 OSはROMに納めたWindows CEになる。これはWindows CEでも現行版ではなく、バージョン2.0以降になるだろう。仕様の詳細はまだ明らかではないが、おそらくCPUもPentiumクラスより低性能のMPUを使う可能性が高い。実際に、Windows CEをサポートする予定の組み込み向け486互換MPU「Elan」の引き合いのなかには、Windows-based Terminalもあるという。また、x86系だけでなく、Windows CEがサポートするRISC MPUを採用するケースもありうる。

 このWindows-based Terminal、現状ではモックアップもない状態だ。Hydraのβを年内には出す予定なので、その頃までにはある程度メドをつけるつもりだろう。今週、Windows World Expo Tokyo 97で基調講演を行ったMicrosoftのクレイグ・マンディ上級副社長によると、「Windows-based Terminalは専用端末メーカーとPCメーカーから発売されるだろう」という。実際、米国では端末メーカーの米Wyse Technology社などがすでに同様のWindows端末を発売して、それなりの評価を得ている。こうした端末メーカーを取り込める可能性もあるかも知れない。ただし、今のところがどこが作るという話は具体的には聞こえてこない。

●Hydraのクライアントは多彩

 もっとも、HydraのサポートするクライアントはWindows-based Terminalだけとは限らない。マイクロソフトの説明によると「Hydraのクライアントモジュールを入れれば、NetPCはもちろん、これまでのPCでもHydraの機能は使える。Hydraに特化した端末がWindows-based Terminalという位置づけ」という。

 これをもう少し詳しく説明すると、HydraはHydraサーバー、Hydraクライアント、Hydraリモートプロトコルの3つのコンポーネントから構成される。

 Hydraサーバーというのは、Windows NT Server 4.0/5.0でマルチユーザー機能を実現するためのコンポーネントだ。「Windows NT Server 5.0に入ってくるが、その前にWindows NT Server 4.0用にも提供する」と先週のWindows' TCO SummitでMicrosoft会長兼CEOのビル・ゲイツ氏は説明した。Hydraサーバーは、その上で動作するアプリケーションのインターフェイスをクライアント側に表示させることができる。原則として、Windows NT上で動く、16/32ビットアプリケーションは使えることになる。Microsoftは、Hydraサーバーの開発にあたって、Windows NTのマルチユーザー技術では実績のある米Citrix Systems社と5月12日に、提携を結んだ。Citrixの資料によると、MicrosoftはCitrixのマルチユーザー技術のライセンスを受けて、Hydraサーバーを共同開発しているという。このCitrixとの提携にもひともんちゃくあったが、その経緯は「Windows CEデバイスでWindowsアプリを走らせるのが狙い?」を参照して欲しい。

 Hydraクライアントがサポートするのはまず、Windows-based Terminal。これは実質的にWindows CEということになる。それから、すでに説明したWindows PC。これは、Windows 95/NTだけでなく、16ビットのWindows 3.1も含む。ゲイツ氏は「3-4年前の旧型の十分なパワーがないPCをWindows Terminalとして使うことで、寿命を延長できる」と説明する。

 そして、さらにHydraは、DOS、UNIX、そしてNCなどの非Windowsプラットフォームもサポートする。そうNCも含まれているのだ!!と言ってもこれはCitrixの開発したクライアントWinFrameによって間接的にサポートする形になる。

 この仕組みをもうすこし説明するとこうなっている。Microsoftは、Hydraのプロトコルを2種類用意する。基本的にWindowsファミリに対しては、MicrosoftがすでにNetMeetingで使っているアプリケーション共有/TV会議のためのプロトコル「T.SHARE/T.120」を使う。しかし、これはWindowsファミリしかサポートされないため、非Windows端末では、ICAプロトコルを使う。

 ICAはCitrixが開発したもので、特徴は軽量でパフォーマンスが高いことだという。ICAは、Intel MPUなら286以上の性能で、640KBのメモリがあれば利用できるそうだ。しかも、ネットワークの帯域は平均20Kbpsしかしない。このICAをベースにしたCitrixのWinFrameは、じつはNCや端末メーカーの間でも評価が高く、すでにCitrixと提携しているメーカーも多い。典型は、米Wyse Technology社で、同社のWindows端末のWinterm 2000シリーズは、一昨年のCOMDEX Fallでかなりの話題を呼んだ。また、UNIX、OS/2、Macintoshもサポートする。CitrixはMicrosoftとの共同作業を進めながらも、WinFrameのサポートと開発は継続して行く計画、コード名「Picasso」という製品をHydraサーバーに付加する予定だ。

●特定業務向け分野ではNetPCだけでは勝てない

 というわけで、ようやく姿が見えてきたHydraとWindows-based Terminalだが、これはどんな意味があるのだろう。最大の理由は言うまでもなくNC (Network Computer)への防波堤だ。NCに対してはNetPCをぶつけるのでは? と思うかも知れないが、Windows PCの亜種であるNetPCだけでは、NCへの十分な対抗策にならない。それがMicrosoftにもわかっているからこそ、Windows Terminalを出してきたのではないだろうか。

 ZAW「Zero Administration initiative for Windows (ZAW)」とNetPCの考え方は、過去との継承で肥大化・複雑化したOSとハードを、サーバーによる管理で縛ることで「TCO (Total Cost of Ownership)」を引き下げることだ。しかし、同じことをやるのなら、最初からネットワークに最適化し、スリムに単純化したNCの方が、原理的には適しているだろう。NetPCとZAWによるTCO削減の効果は、どれだけあるのかは、まだ見えない。

 Microsoftの主張するNetPCの利点は、すでに企業に存在するWindows PC向けのインフラとの互換性で、トータルに見ればNCよりコストが低いことだ。つまり、すでにWindowsベースのアプリやツールを揃え、周辺機器も揃えている場合は、その資産をフルに活かせるNetPCの方がトータルのコストを下げられると主張しているわけだ。しかし、逆に言えば、そうでない場面では、NetPCはNCに勝てないことになる。例えば、大企業が単純なデータエントリ業務のために数1000の端末を新規導入するというような場合、使うのは専用に開発したアプリでプリンタなど周辺機器も限定されたものだ。となると、Windowsとの互換性は重要ではない。そうした企業で、もしNetPCよりNCの方が20%トータルのコストが安いと評価されたら、当然NCを選択することになるだろう。コストの差が年間で何億円にもなってくるからだ。

 米国風の言い方をするなら「Line-of-Business (LOB)」というこうした利用場面では、NetPCはおそらくNCに勝てない。WinFrameのような技術を使ったNCで十分ということになってしまう。その結果、サーバーはWindows NT Serverだが、クライアントはNCという構造ができる可能性がある。これは、Windowsがクライアント/サーバーシステムに食い込んで、サーバーはUNIXだがクライアントはWindowsという構図を作り上げていったのと似ている。つまり、危険な兆候というわけだ。

 では、こうした展開を防ぐにはどうすればいいか。その回答がHydraとWindows-based Terminalというわけだ。単純きわまりないWindows-based Terminalなら、NetPCの半額で、しかもサーバー側での複雑な管理がほとんど必要ない。米国企業では、ここ数年でLOBアプリケーションのWindowsベース化が進みつつあったが、その流れが、Javaに行ってしまうのを防ぐこともできる。それに、現実のニーズも高い。昨年のCOMDEXでWyseに話を聞いた時は「Windowsアプリケーションが動くというのは、NCであっても企業ユーザーにとって必須の要素。すでに開発したWindowsベースのアプリケーションをそのまま使えるからだ」と言っていた。

●複雑化するMicrosoftの戦略

 ゲイツ氏は、Windows-based Terminalが「真のThin Client」だという。それは、NCの多くはWebブラウザをベースにしたWebトップをインターフェイスに使うためブラウザをクライアント側で走らせる。すると、ブラウザがどんどん肥大化して行くのでクライアントがThin(軽量)のままでいられないという主張だ。この主張が妥当かどうかはともかく、Windows-based Terminalのアプリケーションはすべてサーバー側で実行するという点が、クライアントとサーバーでの分散化を目指す多くのNCと根本的に異なるのは確かだ。

 しかし、Windows-based Terminalの登場で、Microsoftの戦略はさらにややこしくなってしまった。NetPC/ZAKにはタスクステーションモードという、単一業務向けのモードがあるのだが、それはWindows-based Terminalとオーバーラップすることになる。そういう使い方をする時の、NetPCの利点が見えにくいわけだ。それから性能もわからない。Hydraでどれだけのセッションを快適に稼働できるのか、ネットワークやサーバーへの負荷はどうなるのかが不明だ。

 それに、そもそもこの道は、Microsoftがこれまで否定してきた方向だ。Microsoftは、これまで端末がダムではいけない、PCのように高機能で柔軟な端末であるべきだと主張してPCを繁栄させてきた。Windows-based Terminalは、特定の用途だと限っているとは言え、その主張とはやはり矛盾しているように感じられる。しかも、これまでの流れではこうしたダム的な端末は衰退傾向にあった。たとえば、一時は廉価版UNIXワークステーションとしてもてはやされたXターミナルも、今では見る影もない。

 さて、Microsoftは、HydraとWindows-based Terminalで、またNCとの対決姿勢を鮮明にした。この球に、NC陣営がどう答えてくるのか。ギリシャ神話では、Hydraは英雄ヘラクレスに頭を落とされてしまう。となれば、対Microsoftでヘラクレスとかいうコード名の戦略を発表するってのがいいのでは?

□「Hydra and Windows-based Terminals」
(MicrosoftのHydraとWindows-based Terminalのページ)
http://www.microsoft.com/windows/innovation/hydra.htm
□Citrix Systemsのホームページ
http://www.citrix.com

('97/6/26)

[Reported by 後藤 弘茂]


【PC Watchホームページ】


ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp