後藤弘茂のWeekly海外ニュース


1兆ドルのカネのなる木?
~SET正式発表で盛り上がるEコマース~

●SETが出てきてEコマースの話題が盛り上がる

 Eコマース(エレクトロニック・コマース)ラッシュ。気がついてみると、この2、3週間、Eコマースがらみのニュースやプレスリリースがずいぶんと多かった。

 コトの始まりは、5月31日の「Secure Electronic Transaction (SET) 1.0」の正式版リリース。知っての通りSETはインターネット上で安全にクレジットカード決済を行うためのプロトコルだ。ネットワーク用のクレジットカード決済では、そもそもVisa InternationalとMasterCard Internationalという、クレジットカード業界の2強がそれぞれ独自に規格を策定していた。一時はVISAがMicrosoftと組む一方、MastercardはNetscapeやIBMと組み、またもや業界2分の抗争に発展するかと思われたのだが、昨年2月に規格統一で両陣営が合意、それから16ヶ月かけて、ようやく最初の正式版公開までこぎ着けたというわけだ。

 大手クレジットカード会社が相乗りする共通規格とあって、SETに対するインターネット業界の期待は策定前からそれなりに高まっていた。なにせ、クレジットカード万能国・米国のこと、SETはいまだ火がつかないEコマース浸透の切り札になると見込まれたわけだ。SETはこれまでも、ドラフトは公開されており、それに従ってカード会社などは利用実験も行ってきた。それが、今回の正式版発表で、いよいよ本格的なレースに入った。

 SET発表を受けて名乗りをあげた最初のパイロットプログラムは、大手小売りチェーン「Wal-Mart」のもので、そのバックにはIBMなどSETに関わる大手のテクノロジー企業がずらりと並んでいる。また、ちょうどSET発表直後に幕張メッセ(千葉県、日本コンベンションセンター)で開催された「IBM総合フェア'97」でも、ずいぶんEコマースが大きくフィーチャされていたようだ。

●SETの離陸にはもう少し時間が必要

 では、これでEコマース本格化かというと、そうとも言い切れない。まだフィーバーするには早いという見方も多い。

 その理由のひとつは、SET 1.0を正式に発表したからと言って、誰もがすぐにSETを使ったサービスを始められるわけでもないことだ。SET対応製品が出始めるのは、早くても夏頃で、リリースによると、ソフトが本格的に整うのは今年も遅くになってからだという。SET対応製品と認定されるには互換性テストをパスする必要があり、その認定を行う機関の設立発表がまだこれからだ。本格的にSETの話題がユーザーサイドでも盛り上がるのは、ぎりぎり冬のホリディシーズンの頃になるだろう。

 それから、現在のSETには欠けている要素もある。代表的なところでは、将来のクレジットカードや銀行カードになると言われるスマートカードのサポートなどがまだだ。ヨーロッパでは、すでにスマートカードが銀行を中心に盛り上がってしまっているので、対応が欠かせない。そこで、大手スマートカードメーカーは、すでにSET互換のスマートカードをこの3月あたりから相次いで発表、スマートカードとSETを組み合わせた実験のアナウンスも行われている。SETの次のバージョンではスマートカードに正式に対応するわけだが、一部の企業はすでに次のステップに踏み出してしまっているというわけだ。

 また、現在始まっているSETのプロジェクトは、ほとんどがカード会社とテクノロジー企業が中心となっているもので、小売業界の方は、どちらかというとそれにのっかっているお客という色彩が強い。つまり、まだ今は小売業界側は、SETに熱狂しているわけではないらしいということだ。これは、小売業者にとって、SETに対応することで直接利益が増えるわけではないという事情も影響していると思われる。大手以外は、SETの環境が整い、SETに対応していれば利用者が増えるという状況になるのを待ちというところだろう。

●まだら模様のEコマース市場

 また、Eコマース全体の状況もまだら模様だ。日本より一歩先にインターネットコマースが始まった米国では、Eコマースに乗り出した企業の明暗が分かれ初めている。新規参入が多いので、そうしたまだらな状況が目立っていないだけで、思ったような成果を上げられず、慎重になり始めた企業も少なくない。そのため、Eコマースに関しては明るいニュースだけでなく、ネガティブなニュースも流れている。

 現状ではオンラインショップで儲かっているところがほとんどないという調査結果は、市場調査会社が毎回リリースするし、先週は、IBMがインターネットモール事業から撤退するというニュースが流れた。IBMは「World Avenue」というモールを昨年オープン、小売業者を集めていたのだが、これを閉鎖するようだ。

 もっとも、IBMのこの動きは、必ずしもIBMがEコマースに慎重になったということを意味してはいない。他社にEコマースのソリューションを売り込むことに関しては、むしろもっと積極的になりつつあるように見える。これは、別に矛盾していない。

 というのは、IBMのインターネットモールは、これから先、IBMの顧客の事業と競合してしまう可能性があったからだ。IBMはEコマース用製品群「CommercePoint」などで、顧客にモール設立を含めてEコマースを積極的に売り込んでいる。当初は、IBMのWorld Avenueはそのショウケースとしての意味もあった。しかし、もしIBMがモール事業を本格的に推進しようとすると、今度は自社が手がけている顧客のモール事業と正面からぶつかってしまう。これは、顧客の領域には手を出さないというポリシーを守るIBMの伝統に反するわけだ。

●オンラインコマースの市場規模は2001年には1兆ドル!?

 確実に成功が見込めるわけではないのに、次々と新規参入があるのは、それだけEコマースを当たれば大きい市場だとみんなが見ているからだ。Eコマースの将来の市場規模の予測にはいろいろな数字があるのだが、なかでもすごい米Activmedia社の予測だと、21世紀にはなんとオンラインコマースの市場規模は『1兆ドル』に達するという。この数字を額面通り受け取るのもちょっと問題かも知れないが、それでも成功すれば巨大な見返りがあるのは確かだ。

 そうしたWeb成功神話に信憑性を与えるのが、一介のオンラインブックストアからあれよあれよと急成長、ついに上場までした「Amazon.com」のような実例。Amazon.comを追いかけて、最近の米国では本屋はWebに進出するのがブームにさえなっている。

 そして、こういうハイテクで儲かる話になると必ず出てくる企業が米Microsoft社。Microsoftは「MSN(The Microsoft Network)」をWebベースに改編して以来、オンラインビジネス路線を邁進している。今週のNewsSite Watchで紹介したように、The Wall Street Journalは、Microsoftの内部メモを元に、「Microsoft Moves to Rule Commerce on the Internet」という記事で同社のオンラインビジネス戦略を明らかにしている。それによると、Microsoftは物品販売だけでなく、660億ドルの地域広告市場、3,340億ドルの中古車販売市場、それに1,000億ドルの航空券市場も狙っているのだという。それが、地域情報サービスの「Sidewalk」やクルマ販売の「Carpoint」、旅行予約の「Expedia」などの展開の目的というわけだ。うーん、やはり狙う金額の規模が違う。


('97/6/16)

[Reported by 後藤 弘茂]


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