米国では、いよいよPCの価格は1,000ドル(約11.6万円)を切るのが当たり前になり始めた。すでに、米Compaq Computer社、Packard Bell NEC子会社の米Packard Bell社、米Hewlett-Packard社、米Acer America社、米AST Research社、米Monorail社(Compaq脱退組が作った新メーカー)などが相次いで799ドルから999ドルのいわゆる「サブ1,000ドル(1,000ドル以下)PC」を投入、一気に市場を塗り替えつつある。
もっとも、1,000ドルPCという構想自体は今に始まったものではない。米IBM社もかつてPS/1のローエンドモデルを1,000ドル以下で投入したことがあったし、最近1、2年間だけでも、Acer America、Advanced Logic Research(ALR)社、Everex Systems社など多数のメーカーがこの価格にトライしている。しかし、いずれも市場に大きなインパクトを与えるには至らず、メインストリームのPCの価格は1,500~2,000ドル程度を維持していた。それは、これまでのサブ1,000ドルPCは、スペックが主流機と比べて大きく見劣りしたり、新学期シーズン向けの特別モデルだったり、販売力の弱いメーカーの製品であるため流通経路が限られていたりしたからだ。
ところが、今回は違う。まず、今年のサブ1,000ドルPCは、スペック的には通常のアプリケーションを使うには十分な性能を持っている。たとえば、Packard BellのPackard Bell C115は、120MHzのPentiumに16MBメモリ、1.2GBハードディスク、8倍速CD-ROMドライブ、33.6Kbps Faxモデム、16ビットサウンドチップを搭載し、14インチモニタとセットでも1,000ドルを切る。また、各社とも、限定モデルではなく、通常ラインナップのローエンドにこれらサブ1,000ドル機を位置づけている。さらに、今年からはCompaqとPackard Bellというホーム市場の2強がレースに加わった。そのため、電器店の広告でも、ドーンとサブ1,000ドルマシンがフィーチャされる状況になっているという。
●PCの平均購入価格が下がったという調査結果も
大メーカーが参入したことで、サブ1,000ドルPC市場は本格化した。ニュースサイトの報道を見ていると、4月くらいからはサブ1,000ドルが市場の様相を変えつつあるというニュースが相次ぐようになっている。また、こうした動きを裏付ける調査結果も次々に登場している。
たとえば、調査会社Computer Intelligence InfoCorp (CII)が発表した「PC MARKET REVITALIZED BY SUB-$1,000 PCs」(4/15,プレスリリース)を見ると、昨秋以来米国のPCスーパーストアでのPCの平均販売価格がどんどん下がってきているのがわかる。昨年2月の平均が1,872ドルなのに対して、今年1月は1,762ドル、この時点ではまだ影響はほとんどないが、これが2月になると一気に1,584ドルにまで下落しているのだ。これはもちろんサブ1,000ドルPCに引きずられたためで、2月の時点ですでにサブ1,000ドルPCのシェアは8.7%にまで急拡大している。
1月のMMXテクノロジPentiumプロセッサの発表以来、日本では、主流デスクトップがクラシックPentium(IntelではMMXなしのPentiumをこう呼ぶ)からMMX Pentiumに切り替わりつつある。ところが、米国ではホームユーザーやSOHO(スモールオフィスホームオフィス)ユーザーの関心はMMX PentiumやPentium IIに向かわず、Pentiumあるいはその互換MPU搭載の低価格PCへと向かってしまったというわけだ。どうやら、大きな潮流の変化が起きつつあるらしい。
●低所得層の掘り起こしに成功
どうして米国ではこんなにサブ1,000ドルPCが成功しつつあるのか。Packard Bell NECが出したリリースによると、これまでPCの高価格がPC購入の障壁となっていた低所得者層に、サブ1,000ドルPCがアピールしたからだと分析している。これは共通した認識で、こうした技術的に先進でない家庭(これをnon-technologically advanced families: non-TAFと呼ぶらしい)を引きつけたのがポイントだという。調査会社Verity GroupとComputer Retail Week誌が行った調査では、これまでPCを買ったことがない層のうち600万人以上がサブ1,000ドルPCに関心を持っているとしている。
では、このサブ1,000ドル指向はホームユースだけの流れかというと、そうでもなさそうだ。というのは、6月17日からニューヨークで開催されるPCフェア「PC EXPO」では、企業向けに「NetPC」が登場してくるからだ。もっとも、NetPCのコンセプトは別にPCを低価格にすることではない。NetPCの目的は、コンピュータの導入から運用に関わる総経費(TCO: Total Cost of Ownership)を下げることであり、デバイス自体を低価格にすることが目的ではない。だが、NetPCを発売する各社は、実際にはマシン本体の価格そのものも下げてくると見られている。実際、Microsoftの資料でもNetPCは1,000ドル前後から始まるとされているし、GATEWAY 2000が7月に発売する企業向けネットワークセントリックPC「E-1000」もサブ1,000ドルだ。現実的には、当初のNetPCやネットワークPCは、各社ともアラウンド1,000ドル(1,000ドル前後)PCからラインナップがスタートすることになるだろう。
このように、ホームでもビジネスでもサブ1,000ドルが登場したのには、いくつかの理由がある。ひとつは、PCの性能が一定水準に達し、ローエンドの機種であっても通常のOAアプリケーションを利用するには十分になったことだ。実際、普通のアプリケーションを使っている分には、Pentium 133MHzとMMX Pentium 200MHzの差はほとんど感じられない。というか、差はあるのだが、Pentium 133MHzではどうしても我慢できないというほどのレベルではない。また、Webの発展によって、インターネットにアクセスしたいために手頃な価格のアクセスデバイスが欲しいという欲求が高まったこともあるだろう。これまでPCを購入していなかった層を引きつけているのは、明らかにインターネットだ。
さらに、こうしたデバイスの低コスト化に、NC (Network Computer)やインターネット家電といった“外圧”も加わる。PCよりも低コストで使いやすいとうたうこれらの新端末に対抗するには、PC自体も低価格化しなければならないという意識が、メーカー側に働いているのは間違いがない。
●デバイスの価格低下もサブ1,000ドルPCの引き金に
また、サブ1,000ドルPCを作ることができる技術的な要素が揃ったことも大きい。まずPCのコンポーネントのうち、価格を押し上げる原因になっていたメモリとMPUの価格が下がった。メモリの価格下落は周知の通りで、これによって1年前と比べると100ドル以上の節約できたと思われる。
それから、MPUはPentiumクラスでIntelに対抗できる互換MPUが登場したことで、チョイスが生まれたことが大きい。これまでIntelのPC用MPUは、ボリュームを確保しようと思ったら130ドル程度が下げ止まりだった。しかし、米AMD社が出遅れた「AMD-K5」を安値攻勢で売り込み、さらに米Cyrix社が、メモリコントローラやPCIブリッジ、グラフィックスチップなどを取り込んだMPU「MediaGX」を出した。これらのMPUは、日本のPC業界では影が薄いが、サブ1,000ドルPCでは主役を張っている。実際、HPやMonorailはK5を使っているし、Compaqの「Presario 2000」シリーズはMediaGXを使っている。また、こうした低コストのチョイスが生まれたことで、Intelもボリュームカスタマに対しては何らかの対応をしている可能性が高い。
いずれにせよ、PCの低価格指向によって、旧型MPUへのデマンドが予想以上に高まったことが、Intelの収益を圧迫していることは容易に想像がつく。Intelが業績の悪化予想を発表した背景には、こうした事情があるのではないだろうか。Intelにとっては、新型MPUへの移行が進まず、旧型MPUへのデマンドが強いと、利益率がかなり低くなるからだ。これは、新型のMPUだと製造原価に対しての売価が高いため、利益率が旧型MPUの数倍、場合によってはそれ以上にもなるためだ。
ところで、すでにお気づきの通り、米国を席巻しつつあるサブ1,000ドルPCのほとんどは、日本では発売されていない。そのため、日本だけは、相変わらす高スペック指向が続いている。インテルによると、ワールドワイドではMMX MPUの比率はまだ20%程度なのに、日本では40%に達するというが、この数字は、まさにこの現象を裏付けている。
米国でのこの新潮流、さて、日本にはどう反映されてくるだろう。
□「PC MARKET REVITALIZED BY SUB-$1,000 PCs」
Computer Intelligence InfoCorp (CII)の調査結果
http://www.compint.com/news/sub1k.html
□「Average Selling Price of Desktop PCs Sold Through the US Retail Channel」
Computer Intelligence InfoCorp (CII)の調査によるPC販売価格の推移
http://www.compint.com/update/0505.html
□「STUDY IDENTIFIES AWARENESS OF SUB-$1,000 PC PRICES AND LARGE NUMBER OF POTENTIAL PURCHASERS」
Packard Bellの出したサブ1,000ドルPC購買者の動向に関するリリース
http://www.packardbell.com/news/survey.asp
('97/6/6)
[Reported by 後藤 弘茂]