これから2年間のIntel MPUとその周辺技術の進化は、じつに劇的なものになる。あまりに劇的すぎて、本気かどうか疑いたくなるほどだ。
すでにPC Watchのニュース「インテル、次世代主力CPU Pentium IIを正式発表。バグ情報の公開も公言」で紹介されている通り、インテルは予定通り日本でPentium IIプロセッサの発表を行った。発表の概要はニュースにある通りだが、発表に合わせて来日した米Intel社の副社長兼デスクトッププロダクトグループ本部長Patrick Galsinger(パトリック・ゲルシンガー)氏は、このほかに、Pentium IIやそのプラットフォームの今後の展開についても語った。これがなかなか面白いので、紹介しよう。
今回発表したPentium IIは300MHz版も含めて0.35ミクロンCMOSプロセス(MMXテクノロジPentiumプロセッサと同じ)で製造されているが、Galsinger氏は来年にはこれを0.25ミクロンに移行させると語った。これは開発コード名「Deschutes」と呼ばれるチップ(今回発表されたPentium IIはKlamath)を指すと見られ、Galsinger氏によるとより高い周波数の製品やモバイル製品がこの世代で提供されるという。Deschutesは、300MHz以上をローコストに実現できる次世代Pentium IIとしてすでにニュースサイトでたびたび報じられているが、Galsinger氏の言葉はそれを裏づけた格好だ。
また、Intelが今回発表したPentium IIは、デュアルプロセッサ(2 CPUによるマルチプロセッサ)構成までしかサポートしていない。これは4 CPUまで対応するPentium Proよりスペック的に劣り、4 CPU以上のSMP構成が当たり前になりつつあるハイエンドサーバーをカバーできない。そのため、Intelでは「4から8プロセッサの構成が可能な新バージョンも来年発表。そこでサーバーまで含めてすべてPentium Proに置き換わる」(Galsinger氏)という。
●サーバー&ハイエンドワークステーション用にSlot2を用意
また、Pentium IIは、今回から「Slot1」と呼ばれるCPU Slotに装着される形になった。しかし、'98年にはIntelはさらに新しい規格のSlot「Slot2」も提供するという。「Slot1と2の違いはマルチプロセッシングのサポート。Slot1はシングルかデュアルだったが、Slot2では最大8ウェイまでの高いマルチプロセッシングが可能になる」「Slot2はサーバーやハイエンドワークステーション用に提供し、Slot1はシングルやデュアルシステム用としてこのふたつが平行して使われる」とGalsinger氏は説明する。
また、Galsinger氏はPentium II用チップセットの今後の計画についても言及した。現在のPentium IIシステムは、もともとPentium Pro用に提供された440FX(Intel 82440 FX PCIset)というチップセットを使っている。だが、今年後半には「440LX」と呼ばれる新しいチップセットを投入する。Galsinger氏によると、このチップセットの目玉は、AGP(Accelerated Graphics Port)のサポートで、そのほかUltra-DMAのサポートなどの機能も加えられるという。これも、ニュースサイトなどで報じられている通りだ。ちなみに、IntelはPentium用のチップセットではAGPは提供しない。これはAGPを提供してもシステムバスの帯域が限られているため、AGPを活かすことができずユーザーを失望させてしまうためだという。
●第4世代のチップセットを開発中
また、Galsinger氏はPentium II用に現在「4つのチップセットを開発しており、今年から'98年、'99年にかけて提供する」と語った。これは440LXのあとの、440BX、440NXといった名称でウワサされているチップセット群だと思われる。Intelは、この4世代にわたる急ピッチなチップセットの改良で、さまざまな新フィーチャを織り込む予定だ。Galsinger氏は、「どのチップでどの機能が提供されるかはまだ言えない」としなながらも、フィーチャの概要は明らかにした。
まずひとつはメモリサポートの拡大で、SDRAMやより高速なSDRAM、さらに次世代DRAMなどへとメモリサポートを広げるという。じつはGalsinger氏は、4月頭に開催された米Microsoft社のカンファレンス「WinHEC」でも講演を行っており、そのなかでインテルプラットフォームのメモリサポートのロードマップを説明している。その時は、メモリパフォーマンスの向上が急務であるため、'98年には100MHzのSDRAMが、'99年にはRambus DRAMなどの次世代高速DRAMがサポートされると解説した。これは、システムバスの周波数も'98年には100MHzに上がることを意味している。 また、AGPに関しても440LX以降のチップセットでは、さらに高い帯域がサポートされるらしい。AGP 4Xモードと呼ばれる1GB/secのモードが将来は提供されるという。また、IEEE 1394インターフェイスもチップセットに取り込むことをGalsinger氏は明確にした。それも、IEEE 1394では100/200/400Mbit/secまでの規格である「IEEE 1394A」だけでなく、800Mbit/sec以上の規格「IEEE 1394B」も将来的に取り込むという。Intelはディスク周りのインターフェイスとして、Ultra DMA→IEEE 1394B(1394Aではない)という構図を考えており、それをチップセットでサポートするつもりらしい。また、このほかにもI/Oパフォーマンスをアップさせる仕組みをチップセットに取り込んで行くという。
このように、インテルの描くPentium IIプラットフォームの未来はじつに華々しい。来年にはMPUコアが300MHz以上、2次キャッシュSRAMが150MHz以上、システムクロックが100MHzで、さらにAGPやIEEE 1394をサポートするといったシステムが登場する。システムバスの高速化は、かなりドラスティックにシステムパフォーマンスを向上させるだろう。しかも、こんなシステムがそう遠くないうちにメインストリームのシステムで登場することになりそうだ。実際、MPU業界でもっとも権威ある「Microprocessor Report」の発行人Michael Slater氏がWinHECの講演の中で示した予想では、'98年の第4四半期にはDeschutes 300MHzでAGPやDVDを搭載したシステムが、2,500ドルクラスのビジネスデスクトップになるとしている。
そして、'98年にはDeschutesに続いて「MMX命令を拡張したりキャッシュを増量したKatmaiが登場、そのあとにはコアを拡張したWillametteが登場する」(Slater氏)という。Pentium IIとシステムが両輪となってハイパフォーマンス化の道を突っ走るわけだ。
●まだ完全ではないPentium IIシステム
ところが、こんな華々しいPentium IIのビジョンにもかかわらず、今回の発表に当たってのPentium IIに対するショップやメーカーの反応はまだら模様だ。やる気のあるメーカーも多いけれど、必ずしもすべてがイケイケではない。それは、今のPentium IIシステムが、まだ魅力を発揮できていないためだ。
まず、今のPentium IIシステムでは、CPUのパフォーマンスアップに対してシステムのバランスが取れていない。CPU性能は向上したものの、メモリやI/Oの性能が上がっていないため、ギャップが広がりそれがシステム性能の足かせになっている。486システムからPentiumプロセッサシステムへの移行では、システムクロックも上がりデータバス幅も広がったためにシステムバスのパフォーマンスもそれなりに向上した。しかし、Pentiumから現状のPentium IIシステムでは、システムバスの性能向上はそれほど劇的ではない。キャッシュのバスが分離されたのとシステムバスがトランザクションバスになったのは進化だが、その分システムバスのレイテンシが増している不利を指摘する声も多い。また、Pentium IIシステムの目玉のひとつAGPも提供されていない。そのため、MPU性能のアップが単純に反映されにくくなっている。もちろん、Intelもこれがわかっているからチップセットの強化を図り「プラットフォームの改良が必要」と強調するわけだが、現状ではシステムの改革が遅れているわけだ。
また、233/266MHzのPentium IIに関しては、Pentium Proに対して性能差がそれほどではない。Windows 95ユーザーに関しては、16ビット性能が向上した分のパフォーマンスアップはあるが、32ビットに関しては劇的というほどではない。300MHz版が普及ラインになくAGPもシステムバスの高速化もない現状では、コストアップ分に対しての売りが少ない。MMX性能も、MMX Pentiumに対しては、レジスタリネーミングで3Dの性能が上がりやすくなった以外にはそれほど利点があるわけではない。
そのため、システムメーカーのなかには440FXのPentium IIシステムも出すには出すが、本命は夏以降の440LXのシステムに置く企業も出るだろう。また、サーバーでは、すでに説明した通り、ハイエンドサーバーはPentium Proで行くしかないため、Pentium IIが載るのはミッドレンジサーバーということになる。サーバーアプリケーションでは、2次キャッシュ性能の高いPentium Proの魅力も大きいため、Pentium IIはサーバーではまだ支配的にならないだろう。
おまけに、今回はコンペティタがいる。Intelが独走して他のメーカーの動きを気にする必要がなかったPentiumの時とは違い、米AMD社の「AMD-K6」に加え米Cyrix社の「M2」が迫っている。メーカーによっては、当面は既存の資産を生かせる、つまりPentiumマザーボードに載せられるこちらのMPUの方がいいと判断するところも出るだろう。普通のアプリケーションでいちばん重要な整数演算ではこの両MPUともPentium IIに対抗できる性能を達成する(あるいはそうなると見られている)だけに、存在感は大きい。これは、メーカーにとってみれば、Slot1かSocket7(現行Pentium用Socket)かの踏み絵となるわけだが、'97年中盤はSocket7メインで、Pentium IIシステムはその間は高価格商品だけに限るところも多いかも知れない。
●Pentiumからの世代交代は来年の中盤以降か
また、Intelといえども、Pentium系からPentium IIへの移行をどんどん進めるというわけには行かない。0.35ミクロンのPentium IIは203平方mmというかなりサイズの大きなダイ(半導体本体)のチップであり、MMX Pentiumの140平方mmはもとより、AMD-K6の162平方mmよりもかなり大きい。MPUの場合、ダイサイズが大きくなればなるほど歩留まりが悪くなりコストがアップして生産量も減る。Pentium IIはPentiumの2倍のダイ面積で、こうなると、いくらIntelが製造能力を驚異的にアップしているとはいえ、Pentium IIだけで全世界の必要量をまかなうわけにはいかないだろう。そのため、Pentium IIが本格的にPentium系に取って代わるだけ生産できるようになるのは、製造プロセスがシュリンクして経済的に製造できるダイサイズになるDeschutesあたりからと見られている。
これは、Intelの価格戦略でもわかる。Intel MPUの価格は、ローエンドのシステム用が100ドル台、ミッドレンジ用が200ドル台から300ドル台くらい。そして400ドルクラスから上は米国の基準なら高級機種用となる。今の予想ではPentium IIが400ドルを切るのは、来年ぐらいと見られている。となると、ミッドレンジに本格的に入ってくる(多くのメーカーが出してくる)のは来年か、早くても今年の年末商戦で、それまではSocket7が主戦場になるだろう。つまり、'97年のデスクトップは、さらに高速化されると見られるMMX Pentiumが依然として主役を張るわけだ。
('97/5/8)
[Reported by 後藤 弘茂]