ところが、先々週後半から先週にかけて、米国のニュースサイトには、このAOLが危機に瀕しているというニュースがあふれた。各サイトの伝える状況は惨憺たるものだ。アクセスポイントにかけてもつながらない、つながってもシステムが遅くて使いものにならない、メールボックスが応答しないといった苦情がどのニュースでも報告されている。
そして、ついには損害を受けたと主張するユーザーが、AOLを相手取って損害賠償請求の訴訟を起こす騒ぎとなった。これは、AOLをビジネスなどに使っていたため損害を受けたとするもので、2200万ドルの請求を含め、少なくとも3つの訴訟が起きているらしい。さらにニューヨーク州の検事総長までが、AOLを虚偽広告で訴えると示唆したというニュースまで流れている。
これに対してAOL側は、ユーザーの利用時間の増加が原因として、急速な設備拡大を約束したり、大規模なTV広告を中止して新規会員獲得ペースを落とす、ユーザーに一時的な利用時間の短縮を呼びかけるなどの対策をアナウンスしたそうだ。実際、クライシスといっても、今回の件はユーザーの利用量に対しての設備の不足が引き起こした問題で、適切な対処さえすれば、この状況が長く続くとは思えない。しかし、今回の事件は、AOLだけでなくパソコン通信やインターネットプロバイダの料金政策に重大な疑問を投げかけることになった。
そもそも、AOLが危機状況に突然陥ったのには明確な理由がある。それは12月から導入した月19.95ドルの固定料金制で時間無制限の利用が可能な新料金体系だ。こうしたフラットレートの導入は危険をともなう。それは、フラットレートになると、ユーザーがアクセスポイントにつなぎっぱなしにするようになる可能性が高いからだ。とくに米国では市内通話は定額で使い放題の料金体系を持つ地域が多いからなおさらだ。
実際に、AOLのケースもまずヘビーユーザーの一部がつなぎっぱなしで利用を始め、それによってアクセスポイントのビジー率が上昇、そのため、空いた回線にアクセスできたユーザーもラインを離さないようになり、さらに回線がつまるという悪循環を引き起こしたと見られている。つまり、固定料金制によってユーザーの利用時間が急増してしまったわけだ。
もちろん、固定料金制にすれば、こうした状況になるのは目に見えており、AOLだってそんな事態は避けたかったはずだ。だが、AOLは固定料金制を導入しないわけにはいかなかった。それは、ライバルがみな19.95ドル固定料金に移行してしまったからだ。
米国では昨年の通信法改正以来、インターネットプロバイダの競争がいっそう激化した。大手長距離電話会社の米AT&T社が、2月に同社のインターネットアクセスサービス「AT&T WorldNet」で19.95ドルのフラットレートを顧客に対して提供すると発表、その結果、昨年中盤以降は19.95ドル固定料金がプロバイダのスタンダードとなってしまったのだ。
もっとも、パソコン通信の方は、昨年秋まではまだ基本料金+従量制料金が標準だった。しかし、米Microsoft社の提供するMSN (the Microsoft Network)がコンテンツをWebベースに移行させるのと同時に、月19.95ドルの固定料金制プランを11月から導入。他のパソコン通信もこれに追随する気配を見せ始めた。こうした流れになったのは、パソコン通信でもインターネットアクセスがサービスの核となってしまったため、ユーザー獲得にはプロバイダに対抗する必要が出て来たためだろう。
こうして、ライバルの動きによって、AOLも会員数を増やし続ける成長路線を維持するには固定料金を導入するしか道がなくなってしまった。その結果がこれだったわけだ。
だが、他のパソコン通信/インターネットプロバイダもAOLの窮状を笑ってばかりもいられない。AOLはパソコン通信各社のなかでも図抜けて図体が大きく、しかも急成長したために、設備投資とのバランスが崩れて今回のような状況に陥った。しかし、固定料金制を取る以上、他社でもアクセス状況が局地的に悪化するような事態がいつ生じてもおかしくない。ユーザーの利用時間が急増すれば、快適な利用環境を維持するための設備投資も急増する。そうすると、いたちごっこでどんどん投資がかさみ、固定料金では収入が見合わないという結果になりかねないわけだ。
それどころか、問題はプロバイダに留まらず、電話網にまで影響が出始めたという意見もある。ある米国系モデムメーカーで聞いた話だが、米国の一部地域ではモデムによるデータ通信が増えて、その結果、普通の電話通話がかかりにくくなるという現象が起こり始めているという。受話器をあげても無反応でちょっと待たないとかけられないというのだ。ようは、データ通信の増加によって電話回線の利用量が増えて、電話局の交換機の容量を越えてしまうことがあるというわけだ。このまま電話網を使ったインターネット利用が増えると、最後には電話も役に立たなくなってしまうかも知れない。
1月中旬以降、米Pacific Bell社や米Bell Atlantic社など大手地域電話会社(RBOC)は、相次いでADSLなどのxDSL技術を使った高速データ通信サービスのマーケットトライアルや事業化の計画を発表した。xDSL技術は、通常の電話線でMbpsクラスの高速通信を可能にする新技術で、昨年から注目を集めているものだ。各社が、これまで態度をあいまいにしていたxDSL技術への取り組みを、このタイミングでアナウンスし始めたのは、決して偶然ではない。それは、xDSL技術は高速データ通信をエンドユーザーに提供できるだけでなく、通信トラヒックの軽減を電話会社にもたらすことができるからだ。
ADSLやRADSLなどに代表されるxDSL技術では、音声に使っている帯域とは異なる帯域をデータ通信に利用する。そして、電話局側ではデータと音声のトラフィックを交換機に入る前に分離して、データをDSLモデムに、音声を交換機に流す。つまり、データ通信では交換機を通さないようにできるわけだ。これは、電話会社に取っては高価な交換機に投資をしなくても、データ通信需要の急増に対応できることを意味する。実際、xDSLモデムメーカーも、最近では高速性よりもこの点を利点として強調しはじめている。
こうした状況のなか、米国の連邦通信委員会(FCC)はインターネットアクセスサービスが電話網に与える影響の調査に乗り出したという。AOL危機によって浮き彫りになった、電話網によるデータ通信の限界。今後は、これが追い風となり米国ではADSLサービスが事業化されるのか、あるいは固定料金制が見直されるようになるのか。
('97/1/27)
[Reported by 後藤 弘茂]