後藤弘茂のWeekly海外ニュース


MicrosoftがSIPCのための放送アーキテクチャを発表

SIPC実現に向けて新たな一歩

 パソコンを家電にする。この長年の夢を実現するため、Microsoftは昨年4月のWinHEC 96でパソコンとTVを融合させた次世代のPC/TVを可能にする「SIPC(Simply Interactive PC)」構想を打ち出した。しかし、それ以来同社はインターネット戦争の嵐に巻き込まれたためか、SIPCに関してはほとんど目立った発表を行ってこなかった。SIPCに必要な要素技術、たとえばUSBやIEEE1394などの新インターフェイスやパソコンを瞬間起動する技術OnNowなどは整えるものの、SIPCの戦略に関する包括的な発表はほぼ行われなかった。

 だが、97年が明けるとその状況が一変した。Microsoftは、先々週開催された家電の総合ショウ「CES(Consumer Electronics Show)」で、SIPC構想実現に向けて次のステップとなるSIPCのコンテンツ関連の技術に関する概要とパートナー企業を発表。また、開発キットを2月に提供すると発表したのだ。このニュースは、CES関連の膨大なニュースに埋もれてしまってほとんど注目されていない(PC WATCHのニュースでも取り上げられなかった!)が、かなり重要な動きだ。

 MicrosoftがCESで発表したのは、SIPCがホームエンターテイメント機器になるのを助けるための一連のソフトウェア技術だ。そのなかには、(1)パソコンとTVとインターネットを連携させたインタラクティブなTV番組を作る技術。(2)マルチメディアリッチなインターネットコンテンツを、放送ネットワークを使ってコンシューマに配信する技術。(3)データサービスを使ってソフトやニュース、雑誌、エンターテイメントなどを購入するなどのビジネスモデルの提供。(4)リモコンで操作可能な新しいWindowsのユーザーインターフェイス「Entertainment center」などが含まれるという。

 この1から3までは、簡単に言ってしまえば、放送という技術とビジネスモデルをパソコンに取り込むための構想で、Microsoftはこれを「Broadcast Architecture」としてまとめ上げるつもりらしい。Microsoftの発表資料には、Broadcast Architectureを使う典型的なモデルが図式で示されているが、それによると放送ネットワークを通じて映像と同時にデータを配信。それをパソコンで受け取って、双方向コミュニケーションは電話回線で取るようになっている。たとえば、TV番組と連動したURLの入ったHTMLデータがTV放送波で送られてきて、そのURLで跳ぶといったこともできるわけだ。

 Microsoftの資料の中では、たとえば料理番組でレシピが連動して送られてきて、視聴者同士でチャットもできたり、クッキング用品をオンラインで購入できたりするという例が挙げられていた。そのサンプル画面を見ると、TV画面をHTMLがちょうど取り巻くような形になっている。

 この構想は、前にこのコラムで紹介した「インターキャスト(Intercast)」とよく似ている。しかし、Microsoftはもっと包括的なアーキテクチャを目指しているようだ。Microsoftの発表では、Broadcast Architectureは放送ネットワークからインディペンデントで、さまざまな業界標準(MPEGだとかIPマルチキャストだとか)に従うと発表している。データ通信を最初から視野に入れている衛星デジタルはもちろん、アナログTV放送波のすき間「VBI(Vertical Blanking Interval)」を使ったデータ通信もサポートし、その上で、統合されたプログラミングモデルを提供するという。もしかすると、VBIを使うIntercastもこのアーキテクチャーの中で対応されるかも知れない。

 もうひとつの要素のユーザーインターフェイスEntertainment centerは、Microsoftのサイトにサンプル画面が上がっている。これは、もうスタートボタンがある点をのぞけば、全然Windowsではない。シンプルなオンスクリーンプログラムガイドで、たとえばTVを見るとかCDを聴くとか選べるというシロモノだ。

 MicrosoftのSIPC構想は、パソコンのハードウェアとソフトウェアを家電に近づける構想だと受け止められてきた。しかし、ここへ来てもっと広範で包括的で野心的な戦略であることが明らかになり始めた。じつは、家電パソコンのための放送システムまで作り上げようという試みだったのだ。Microsoftは放送システム自体やサーバー技術なども提供してゆくのだという。どちらかというと、この部分がMicrosoftにとって大きなビジネスになりそうだ。

 また、SIPCの立ち上げの際にコンテンツも用意するというのは、かなりロジカルな戦略だ。パソコンを家電にするには、ハードウェアを家電化しただけではしょうがない。パソコン家電でなければできないアプリケーションを提供できて、初めて家電として受け入れられることになるだろう。というのは、ただパソコンでテレビが見られるだけでは、それほど積極的な意味がないからだ。

 また、今のパソコンでのネットワーク利用形態に欠けている部分も、正しく認識している。今のインターネットの利用形態は、データを自分で取ってくる「PULL」型モデルが基本だ。しかし、PULLモデルは、アクティブなパソコンユーザーにとっては都合がいいが、家庭のリビングでカウチポテトしながら楽しむPC/TVには向いていない。それよりも、情報やエンターテイメントがどんどん送りつけられてくる「PUSH」モデルの方がありがたいというわけだ。

 このように、戦略としてはなかなかうまいところを突いたBroadcast Architecture構想だが、それでもSIPCの前途が見えたとはまだ到底言えない。そもそも本当に、PC/TVなんてのを家庭が求めるようになるのかという、根元的な問題に対する回答がまだ出ていないからだ。

 今回の構想にしても、少なくとも、今挙げられているコンテンツの例を見ると、誰もが飛びつくキラーアプリケーションになるような気があまりしない。確かに、料理番組でレシピをメモしなくてよかったり、食材をクリックひとつで注文できたりすれば、それは楽だけど、それだけではまだ足りない。Microsoftのアーキテクチャにのっかって、どんなコンテンツが登場するかにかかっているわけだが、その未来像を魅力的に示すことにまだ成功していない。

 それから、Microsoftは今の家電はシングルパーパスの機器がいくつもあって、互いに互換性がなくコミュニケートできないから不便だといっている。しかし、シングルパーパスだから使いやすく安いというのが家電の強みでもある。家電の歴史を見ると、汎用性の高い高価な機器よりも、シングルパーパスのツールのような手軽な機器が成功した例は枚挙にいとまがない。SIPCのように重武装なシロモノで、楽しめるコンテンツが大したことがなかったら、やはり幅広く受け入れられにくい。

 しかも、Microsoftはパソコン以外の分野に打って出て成功したことが、じつはあまりない。とくに、家電での経験というのは、ほとんど積んでいない。ないからダメというわけではないが(ない方がいい場合だって多い)、今回のようにハードウェアメーカーの家電部門、放送業者、コンテンツ制作者など家電側の面子を幅広く巻き込んで展開しようという場合、うまく束ねられるかどうかはやはり疑問だ。

□Microsoftの発表資料
http://www.microsoft.com/windows/broadsvs.htm

('97/1/13)

[Reported by 後藤 弘茂]


【PC Watchホームページ】


ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp