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テレビのすき間を使うIntercastの仕組み

 古いテレビの調整が狂った時のことを思い出してほしい。画面が上下にずれて、画面の上や下が切れてしまったり、画面がくるくるとスクロールしてしまったりしたハズだ。あの時、テレビの画面と画面の間に、黒い帯があったことをおぼえているだろうか。あれは、VBI(Vertical Blanking Interval)と呼ばれる領域で、テレビ放送の水平走査線のうち、画像描画に使われていない部分だ。

 最近、このVBI領域を使ったデータ伝送が何かと話題になっている。テレビ東京が始めた「インターテキスト」もそうだし、前にもこのコーナーで取り上げた「インターキャスト(Intercast)」もVBIを使っている。特に、Intercastは、米国では3大テレビネットの一角NBCなどにより、すでに大規模な放送が始まっており、向こうでは、テレビでWebが送られてくる新奇さから、それなりに話題が盛り上がっている。今回は、このIntercastについて、インテルジャパンへの取材である程度詳しい情報が手に入ったので、おもに仕組みの面を説明しようと思う。


 VBIをデータ伝送に使うという発想は、何もそんなに突飛なアイデアではない。実際、文字放送は10年前からVBIを使って来た。ただ、コンピュータユーザーにとって、馴染みがなかっただけだ。

 テレビ放送では、1回の垂直走査で262本の水平走査線を描く仕組みになっている。だが、この水平走査線はすべてが表示用ではなく、1本目~21本目までは、画面の表示には使われていない。ここには、垂直同期を取るための信号や、テレビ局の制御信号が収められているのだ。ところが、このVBIはもともとゆとりがあって、実際には、何の情報も載せていない部分がある。そこで、そのうちの4本を使って文字放送が始まり、そして、今回、最後に残った4本の水平走査線でデータを伝送しようという話が持ち上がったわけだ。

 テレビ放送のうち、たった4本の走査線しかデータ伝送に使わないとなると、かなりデータ量が少ないように思えるかも知れない。ところが、計算してみると、これがそこそこの帯域があることがわかる。テレビの水平走査線1本は296ビットに相当するデータを載せられる。実際には、このうち同期や誤り訂正にかなり取られるので、データブロックは172ビットになる。これが4本あって、しかもインタレース方式で画面を30分の1秒に1回更新するから毎秒60回分のデータを転送できる。これをかけ算すると176ビット x 4本 x 60回 = 約42Kbps

 つまり、約42Kbpsのデータ伝送が可能になるわけだ。これなら、準ISDNレベルの伝送能力となる。Intercastの場合は、ここにHTMLファイルや画像データを挟み込んで"放送"する。放送であるため、HTMLデータは連続的にユーザーに送りつけられる。ここが、データ転送が間欠的にしか生じない普通のWebサーフィンとの違いで、帯域をフルに使うことで、かなりの量のページを短時間に送りつけることができるわけだ。

 Intercastでは、VBIで送られてきたこのデータを、パソコンに搭載したIntercast対応TVチューナーカードで受信する。転送自体は独自プロトコルで行われ、HTMLと画像ファイルはどんどんハードディスクの割り当てられた領域にため込まれる。ユーザーは、それを、Intercast対応の専用ビューアで見るという形になる。


 IntercastのWebサイトに行くと、サンプル画面があるので、それを見れば雰囲気がわかるが、ビューア上ではテレビ映像と送られてきたHTMLを同時に見ることができる。Webブラウザー部分のHTMLページは、オートモードにしておけば、テレビの話題が変わるたび紙芝居のように自動的に変わる。さらに、HTMLのリンクを活かした使い方もできる。Intercastでは広い帯域を活かして、複数のHTMLページをハイパーリンクさせたページの集合体を送ってくる。だから、Intercastのブラウザでリンクをクリックすると、ハードディスクからページが読み出され、表示されるようになる。言って見れば、WWW上のハイパーリンク構造が擬似的にハードディスク上に再現されるわけだ。あと、モデムさえあれば、そのまま外のサイトへもリンクで飛ぶこともできる。

 ここまで聞けばわかる通り、Intercastはある程度のインタラクティブ性はあるが、WWWを自由気ままにサーフィンするこれまでのWWW利用とはかなり雰囲気が違うサービスだ。新しいWebベースの放送サービスを作ろうとしている点が特徴だと言えるだろう。その意味では、Broadcast(放送)とInternetをひっかけたネーミングは正しい。

 最近よく話題になるように、これまでのパソコンでのWebサーフィンというのは、ユーザーがデスクで積極的にインターネットに向かって働きかけるものだったわけだ。それに対して、Intercastが提示しているのは、ユーザーがソファでゴロゴロしながらテレビを見ていると、関連するデータがHTMLで表示され、おっこれはと思ったリンクだけをクリックすると、詳細な情報が得られるという、どちらかというと受動的なWeb利用だ。「カウチポテト」モードで、雑誌やテレビを見るようにWebを使うというと言い換えてもいいだろう。これが受け入れられるかどうかはおいとくとしても、新しいアプローチであるのは確かだ。

 Intercastの利点は、この新種のWebサービスが、テレビ放送により実質無料で利用できることだ。つながらない、遅い、電話代がかかるといったインターネットのイライラから開放される。初期投資も、米国なら対応TVチューナと専用ソフトのセットがわずか99ドルだ。また、放送局側も、VBIにデータを載せる原理自体は文字放送と同じなので、それほど設備投資が必要ない。また、コンテンツもHTMLなので開発しやすい。つまり、送り手と受け手のどちらもコストがかからないためハードルが低いというわけだ。また、Intercastは、ビジネスモデルとしては、テレビとIntercastを組み合わせることで新しいタイプの広告メディアとして、広告を集めて無料放送するというテレビ方式が考えられている。ここが面白いところで、例えば、アウトドア番組に、アウトドア用品やスポット、クルマの情報を組み合わせ、HTMLベースの広告で詳しい商品説明をしたりするわけだ。企業が自社のサイトにリンクを貼っておけば、そこに誘うこともできる。

 ただ、事業化には、放送局、ハードウェアメーカー、それに広告提供者という要素が揃う必要がある。ここがハードルになるわけだが、米国では放送局にNBC、CNNInteractive、MUSIC Television(MTV)のViacomと、強力なメンツが揃った。推進パソコンメーカーも、CompaqやGateway 2000、ASTなどが名を連ねる。Microsoftも次世代パソコンPC97のエンターテイメント仕様でIntercastを推奨している。とりあえず、離陸できるだけの顔ぶれは揃えられたわけで、オリンピックのトライアルを皮切りに、この秋からは本格的な放送が始まる。

 しかし、日本での離陸が米国のようにすんなり行くかどうかは何とも言えない。30%以上の家庭にパソコンが入っている米国と日本では見込めるユーザー数が違うし、テレビ業界のインターネット技術への理解度も違う。それに、日本ではどちらかと言うと、衛星デジタルでの数10Mbpsのデータ転送サービスの方が話題が盛り上がっている。

 衛星デジタルのような、競合インフラは、Intercastの可能性に疑問を投げかけているのは確かだ。Intercastのアイデアは、他の伝送インフラが急速には整わないから、低コストな現実解としてこちらが有望だよというものだ。確かにIntelの主張する、他の通信インフラが整うペースが予想より遅いという見方はかなり確実だが、そうした主張が果たして投資者に魅力的に映るかどうかはなんとも言えない。Intercastサービスの本格的な事業化と定着に、疑問符がつくのはこのあたりだ。とりあえず、Intercastは米国で定着するか、日本で事業化が始まるかが、ひとつのポイントとなるだろう。

◎Intercast Industry Group
http://www.intercast.org/

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◎【7/8】オリンピックで離陸するインターキャストって何だ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/960708/kaigai24.htm

('96/10/07)

[Reported by 後藤 弘茂]


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