Microsoftから、Windows 95、Windows NTに続く第3のWindows OS「Windows CE」が登場する。この原稿を書いているたった今(9月16日未明)、つまり、米国時間で9/15の月曜日午前に正式アナウンスがあったばかりだ。
Windows CEは、これまでPegasusというコード名で知られており、このコラムでも何回か取り上げた。CEというのは、どうやらComsumer Electronicsの略、つまり家電向けWindowsという意味らしい。
Windows CEは、32ビットのマルチタスキング/マルチスレッドOSだが、Windows 95と比べるとサイズは小さく、報道では4MB程度のRAMで動作すると言われている。GUIは、Microsoftのサイトで見ればわかるが、Windows 95/Windows NT4.0のミニチュア版だ。アプリケーションとしては、Windows CE版Internet Explorerや、WordとExcelのサブセットがつくと言われている。IEの搭載でわかる通り、コミュニケーションを前提として、インターネットアクセスなどの機能を備えた点が大きな特徴だ。無線コミュニケーションもサポートする。
さて、家電向けということでWindows CEは、PCアーキテクチャの上に載ったWindows 95/NTとはハードウェアプラットフォームが根本的に異なり、全く新しい情報家電に組み込まれた形で提供される。Windows CEベースのマシンとしては、まず「Handheld PC (HPC)」と呼ばれる新しいポータブルPCがハードウェアメーカーから出される予定だ。HPCは、Casio Computer、Hewlett-Packard、LG Electronics、NEC Corp、Philips Electronicsが開発しており、秋のCOMDEXには実物が見られるという。つまり、Windows CEが正式デビューするのは11月17日というわけだ。
HPCは、ノートパソコンのような貝型のデザインで、液晶ディスプレイとキーボードを装備、重量は1ポンド(250g)以下という。では、ノートパソコンと何が違うかというと、PCアプリケーションを前提としていないので、ディスクやVGA液晶が不要で、携帯性と低価格を提供できるというわけだ。つまり、よりPDA寄りということになる。
しかし、PDAとも明確に違う。WindowsライクのGUIやアプリケーション、キーボードを備え、Windowsとシームレスなデータ連携をできるようにもするという。つまり、PDAから見るとパソコン寄りのデバイスだ。言って見れば、PDAとノートパソコンの間隙を埋めるデバイスということになる。
ポイントはWintelとの決別
じつは、コンシューマデバイス向けOSというのは、Microsoftにとって鬼門だ。これまで成功した試しがない。たとえば、Windows CEの前に、WinPadと呼ばれる似たようなプロジェクトがあったが、これはハードウェアが高くつき、OSもパフォーマンスが出ないためについえてしまったと言われる。その失敗の原因として、当時取りざたされたのは、Windowsとの共通性へのこだわりだった。
今回、Windows CEは、何がこれまでと違うかというと、Wintelと決別したことだ。
まず、MPUは組み込み向けRISC型MPUを中心に複数のMPUをサポートする(x86も含むと見られる)。家電では、コストパフォーマンスが悪く消費電力が大きく、ASICコア化が進んでいないx86は敬遠される。そこで、組み込み向けRISCをメインターゲットにしたと見られる。
そのため、Windows CEはWindows 95とは完全に異なる、ポータビリティの高い新しいカーネルを持つと思われる。Win32APIはサポートするが、ハードウェア構成は大きく異なるので、既存のWin32アプリケーションはそのまま走らないだろう。Windowsアプリケーションにこだわらないというわけだ。ただし、デスクトップ用アプリケーションと対応するWindows CE用サブセット版の提供には力を入れると見られる。
対NC/インターネット家電
こうしてみると、Windows CEはWindowsの皮をかぶっているが、まったく異なるOSであることがわかる。では、その意図は何だろう。
ひとつは、「Information at Your Fingertips」の実現だ。ビルゲイツ氏は、著書「ビル・ゲイツ未来を語る」の中でこのビジョンを実現するデバイスとして「wallet PC(サイフPC)」の構想を大きく取り上げている。これは、今のサイフや電子手帳と同サイズの近未来情報家電で、PIM機能のほか、無線コミュニケーション機能、Webブラウズ機能、さらに赤外線通信による電子マネーの転送や身分証明などの機能も提供するというシロモノだ。HPCは明らかにこの構想の一歩手前のデバイスだ。
もうひとつ重要なポイントは、Windows CEが対NC/インターネット家電のためのOSだということだ。過去のPegasusの報道では、このOSはハンドヘルドPC専用と見られていたが、Windows CEのプレスリリースによると、もっと幅広い非PCデバイス向けに提供するつもりらしい。そのなかには、ページャやスマート携帯電話など無線コミュニケーション機器や、DVDプレイヤなどの次世代マルチメディア機器、さらにインターネットTV、デジタルセットトップボックス、インターネット電話などのインターネット端末も含まれるという。つまり、コンシューマ市場(デスクトップやノート分野は除く)ではNCやインターネット家電とほとんど重なり合ってしまうわけだ。その意味では、ライバルは米Navio Communications社や米Oracle社であるとも言える。
まだ見えない勝算
Microsoftの戦略プロジェクトWindows CEとHPC。その勝算はどうだろう。
まず、Windows CEをサポートするハードウェアやソフトウェアメーカーの顔ぶれだが、これはまだ業界を結集できていない。HPCに関しては、Hewlett-PackardとCasioが入っているのは実績を考えると大きいが、欠けている顔ぶれも多い。まず、Pegasus協力企業の下馬評には必ずあがっていたCompaqが見あたらず、電子手帳/PDAのトップシェアを握るシャープも参加していない。また、この市場に本格参入を計画していると言われるIBMも名前はない。
HPCの市販価格は500ドルからというが、これも疑問だ。米国で家電製品が爆発的に伸びる価格帯は300ドルと言われている。500ドル以上というプライスタグは、そこからすると高く、一気にコンシューマが飛びつくのはちょっと難しそうだ。
もっとも、この価格でも大歓迎される市場はある。それは、フィールドセールスやルーティングなどの業務に、これまでザウルスや業務用携帯端末、ノートパソコンなどを使っていた企業だ。こうした企業では、カスタムアプリケーションを開発しやすい、そこそこ安価で操作性のいいデバイスを求めているためにHPCは歓迎されるだろう。しかし、コンシューマ向けとなると疑問が残る。
それから、HPCでのWWWアクセスと言っても、今のWebコンテンツはこうした小画面デバイスで見やすいようにできていない。Navioが発表しているように、コンテンツ自体の変更が必要になって来るだろう。
HPCを離れて、インターネット端末やマルチメディア機器への展開となると、さらに不鮮明だ。こうした市場では、Windowsファミリ(GUIなどの共通性)がどれだけ意味を持つとメーカーに判断されるかというと、かなり怪しい。その分、RAMやROMが必要となれば、採用が進まないかも知れない。そもそも、Windows CEでは、HPCの製品化だけが先行していることから推測すると、インターネット端末やマルチメディア機器への展開というのは、プロジェクトの途中から付け加えられたとも考えられる。そうすると、そうした機器の開発メーカーへのアプローチもあまり進んでいないことが考えられる。
とりあえずCOMDEXで離陸するWindows CE。その可能性は大きいが、おそらく出だしはそれほどドラマチックではないだろう。Windowsは3世代目(バージョン3以降)にならないと花開かないというジンクスの通りだとすれば、Windows CEがコンピューティングプラットフォームとして定着するのはまだかなり先だ。しかし、Microsoftがコンシューマデバイスという方向へ大きく踏み出したという、その意味は大きい。
◎マイクロソフトのニュースリリース「Microsoft Announces Windows CE,Newest Member of Windows Family」(英文)
http://www.microsoft.com/corpinfo/press/1996/sept96/ANNG1.htm
◎Windows CEの画面例「Fig. 1. Example screen display showing Windows CE for a handheld PC. 」
http://www.microsoft.com/Windows/WindowsCE/img/device2.gif
('96/9/17)
[Reported by 後藤 弘茂]