■企業向けとコンシューマ向けで異なるNC/インターネット端末
9月に入り、いよいよ大手メーカーのネットワークコンピュータ(NC)やインターネット端末の発表がラッシュになりはじめた。米IBM社やソニーだけでなく、年末までには米Oracle社や米Sun Microsystems社も製品を投入、大騒ぎになる。そこで、怒濤に飲み込まれる前に、ここで簡単に現状を整理しておきたいと思う。
NCやインターネット端末と呼ばれる新しいコンピューティングデバイスには、大きく2つの流れがある。ひとつは企業向けのイントラネット端末などで、もうひとつはコンシューマ向けのインターネット家電などだ。このふたつの潮流は、市場もユーザーも要求される機能も想定されるビジネスモデルも、全く異なる。これがごっちゃになっているのが、今のわかりにくさにつながっていると思う。
■ニーズの違いは明確
まず、2つの流れそれぞれのニーズを分析しよう。
企業用端末は、企業の情報システム部門の要求から産まれた。その要求とは、クライアントの管理コストの削減だ。
背景には、現状のクライアント/サーバー(C/S)システムの問題点がある。企業情報システムでは、ホスト-ダム端末に代わってC/Sシステムが浸透してきた。C/Sは、低価格のパソコンやワークステーション、サーバーを使うことで、情報システムのコストを削減できるとうたっていた。ところが実際には、導入してみると低コスト化がなかなか果たせないことがわかった。それは、クライアントのパソコンの管理コストがかさむからだ。パソコンのソフト・ハードのアップグレードやインストール、機種別のクライアントソフト開発、トラブル対策、データ管理などに情報システム部門が追いまくられ、一体、どこが低コストなんだという話になってしまったわけだ。そこで、悪いのは何かと考えてみたら、元凶はハードディスクだとなった。つまり、各クライアントごとにOSやアプリケーション、データが分散して格納されているから管理ができないというわけだ。
それで、OSとアプリケーション、データをクライアントからサーバーに移して一元管理しようという発想が当然浮かび上がった。それが企業向けのNCだ。NCメーカーがこぞって強調するのは、パソコンだと年間8,000~12,000ドルかかる管理コストがゼロとか半分になるという点。なんだか、ダム端末みたいだが、パソコン並のインテリジェンス――つまりアプリケーションを実行できるある程度のパフォーマンスのMPUとGUIなどを備える点が違うわけだ。
これに対して、コンシューマ向け端末は、ホームの潜在需要を掘り起こすために産まれた。潜在需要というのは、インターネットを使ったさまざまなサービスの利用だ。
その背景には、まず、家庭にパソコンが入っていないという事実がある。米国でパソコンの家庭への普及率で50%とかいうような高率の数字がよく出るが、そのほとんどはホームビジネス(独立事業の人が多い)や残業マシン(会社でなく家で残業する人が多い)、子どもの教育用(パソコンが使えないと将来就職も困るという危機感が強い)などだ。つまり、パソコンが家庭に入ったと言っても、やっていることは、これまでのパソコンの使い方と変わらない。コンピューティングが生活に浸透しているとは、まだまだ言えないのが現状だ。
そこで、この状況を根本から変えて、ふつーの人がふつーにインターネットのデジタル情報にアクセスできるしようという発想で、コンシューマ向け端末は登場した。つまり、パソコン代わりではなく、テレビや電話のようなインフラとしてコンシューマ向けインターネット端末を浸透させようというわけだ。そして、そのために必要なのはというと、低価格で単機能で使いやすいデバイスだとなったわけだ。当然の話、インターネットの利用も今のパソコンユーザーのような情報の収集ではなくて、オンラインショッピングやら有料エンターテイメントになる。つまり、新しいマーケットの創造というのも考えているわけだ。
■ハードウェアやシステムの形態も異なる
このように、そもそものニーズと市場が異なるこのふたつの潮流では、機器やアプリケーションの形態もまったく異なる。
企業用端末は、はっきり言ってコンピュータそのものだ。パソコンとの大きな違いはハードディスクなどのストレージを持たないことと、パソコン用OSを搭載しないことだ。
ハードディスクを持たないために、企業用端末では、OSもアプリケーションもサーバーからダウンロードするタイプが主流だ。OSもアプリケーションも、サーバー上でアップグレードすれば自動的にクライアントすべてがアップグレードできる。しかし、その端末をブートしてユーザー環境を設定して使えるようにするには、対応するサーバーソフトが必要になる。つまり、A社の端末を使うにはA社のサーバーソフトが必要といった具合に、組み合わせが必要となるわけだ。これは、ベンダーにとっては囲い込みができるということでかえって好都合だ。アプリケーションはHTMLベースだけでなく、基本的にJavaをサポートしてJavaベースのカスタム/パッケージアプリケーションを利用できる。また、リモートで、既存のWindowsアプリケーションなどをアプリケーションサーバー上で動作させることができる機種も多い。
ハードウェア的には、組み込み向けあるいはコンピュータ用RISC型MPUかX86系MPUに、8MB程度のメモリ、イーサネット、キーボードなど。価格は500~700ドル程度だ。
対するコンシューマ向けのインターネット家電の形態は、はっきり言ってまだ手探り段階だ。第1弾で出てきたPiPPiNのようなCD-ROMプレイヤタイプもあれば、Segaのようにゲーム機にソフトを供給するケースもある。また、今年後半の流れでクローズアップされているのは、インターネットセットトップボックス(STB)とインターネットTVだ。
現在のところ共通しているのは、家庭に普及しているモニタであるテレビに接続すること。つまり、リビングに置くテレビでWWWアクセスと電子メールをできるようにするというコンセプトだ。ネットワークは公衆回線などを前提としているから、OSや基本のアプリケーションはネットワークからのダウンロードではなく、ROMまたはフラッシュメモリに載せるか、CD-ROMで供給するのが主体だ。そのため、起動にサーバーは必要がない。また、CD-ROMドライブを持っているタイプ以外は、基本的にソフトのアップグレードは行わないか、ディストリビュータのサポートなどにまかせる。Javaサポートも後回しだ。ワープロのような重いオンラインアプリケーションの利用もあまり考えていない。 ハードウェア的には組み込み向けRISC型MPUかRISCコアのASIC(特定用途向けIC)、2-4MB程度メモリ、モデム、リモコンなど。コストは150~500ドルで、米国では家電の普及価格帯が300ドル程度と言われているので、それが中心になると見られている。
もっとも、コンシューマ向け端末では、このほかに、電子メール電話だとか携帯電話とかPDA、ポケベル、クルマ、電子レンジなど、それこそありとあらゆる形態が考えられている。インターネットの利用といってもWWWだけを指しているのではない。単に、インターネットというネットワークインフラを使って提供するサービスの受け皿となる端末というだけの話だ。電子メールポケベルとかなら女子高生にも流行りそうな気がするし、また、ネットワークの太さにも寄るだろうけど、インターネット有線カラオケ専用端末とか、インターネットテレビ電話、インターネットラジカセとかもアリだ。そういう意味では、コンシューマ向け端末としてひとつにくくることが間違いかも知れない。
■ビジネスモデルの違い
企業用端末のビジネスモデルははっきりしている。基本は、ソリューションビジネスだ。ハードウェアとしては、同じ規模ならパソコンを売るより販売額は減るわけだから、さまざまな付加価値をつけてソリューションとして提供して行かないと儲からない。また、メーカーとしては、サーバーのソフトやハードで儲けることになるわけだ。企業用の端末自体は、むしろおまけ。今、メーカーによってはダム端やダム端代わりのパソコンをタダ同然でくっつける場合があるけれど、あれと同じような展開になる可能性だってある。いずれにせよ、これも従来のビジネスの延長線上である程度は見えやすい
ところが、コンシューマ向け端末ではビジネスモデルはどうなるか見当がつかない。家電店で売る場合もあるだろう。また、インターネットプロバイダがインターネット利用料込みで月々いくらでレンタルするというサービスも有望視されている。また、WebTVのように、自分たちはプロバイダをやって、ソニーなどハードウェアメーカーがSTBを売るという形態もある。また、銀行が大口の顧客向けにバンキング端末としてインターネット端末を配るといったような形態もアリだ。これも、また、コンシューマ向け端末で見えない部分だ。
■推進メーカー
こうした状況から、推進メーカーも企業用とコンシューマ向けでは異なる。
企業用端末メーカーは、IBM、Sun、Oracleと、いずれもどちらかと言えば"重い"コンピュータ系企業と、X端末メーカーなどが中心勢力だ。つまり、クライアント/サーバーシステムとかを知り抜いた企業が推進しているというわけだ。
対する、コンシューマ向けインターネット家電では、WebTVやDibaなどの新興ベンチャや米Navio Communications社などが、ソニー/フィリップスやZenith Electronicsといった大手家電メーカーに技術を提供するというパターンが目立つ。このほか、テレビメーカー、ゲーム機メーカー、通信機器メーカーなど、ともかく、いろんな勢力が入り乱れている。
ややこしいのは陣営によって、この両方を視野に入れている場合があることだ。OracleのNC構想が典型的な例で、この場合は、ホームにまで本格的なオンラインアプリケーションの提供やサーバー上のストレージの提供などを考えている。つまり、企業用端末のフィーチャをコンシューマ向けにももたらそうというわけだ。それから、JavaOS端末も、コンシューマ向けまでカバーする。
■市場の可能性
さて、こうやって見ると、企業向け端末市場というのは、かなり見えやすい市場だというのがわかる。C/S化すら進んでいない日本ではわかりにくいが、米国のCIO(コーポレイトインフォメーションオフィサ)にとって、NCというのは結構魅力的だ。たとえば、1万台の端末を毎年購入する企業なら、PCをNCに変えれば、うまくすれば8,000ドル×1万台=8,000万ドル(約80億円)の管理コスト削減になるわけだ。ダメモトで、とりあえずNCを検討したくなるのは当然だろう。米国大手企業で採用のウワサがどんどん出てきているのは、このあたりからだ。もちろん、だからと言って、簡単に浸透するわけはないのだが、とりあえず、市場がある程度は見えているというわけだ。
それに対して、コンシューマ市場は見えにくい。可能性はずっと大きいし、当たればテレビのように数億台という市場になるかも知れないが、リスキーなのも確かだ。というのも、企業用端末のように、何かのコストを削減できるというわけではなく、新しいニーズを掘り起こそうというのだから難しいのも当然だ。また、現状の貧弱なネットワークインフラも、コンシューマ市場への展開が見えない理由だ。日米どちらも、インフラがこのままでは、爆発的な発展は望めない。
ただ、長い目で見れば(ネットワークインフラが改善されるとしたら)、ネットワークを利用したサービスとそのためのデバイスというのが、徐々に浸透する可能性はある。ただし、その場合はもうインターネット端末というわかりやすい形をしていないかも知れない。
('96/9/9)
[Reported by 後藤 弘茂]