先週月曜日、Wall Street Journalのサイトに、目を引くスクープが掲載された。Microsoftが、困難な状況に陥っているAppleを助けるためのプロジェクトを密かに開始したというのだ。記事によると、Microsoftはインターネット分野でMacintosh用のソフトを開発するサードパーティに対して、ひも付きなしの10万ドルの資金援助を含めて、さまざまな援助を行うのだという。インターネット分野のソフトが揃えば、Macintoshが魅力的なプラットフォームであり続けることができるというわけだ。この記事に書かれていることが本当なら、Microsoftは見返りを求めないApple援助を始めたことになる。
えっ、Microsoftって、Apple Computerと敵対していたんじゃなかったの? げんに、OSでは非難合戦をやってたし、Apple系ソフトベンダーのWindows陣営へのリクルートもガンガンやってたのに……、と疑問に思うかも知れない。それも当然だ。しかし、話はそう単純ではない。これにはじつは裏があるようだ。
Wall Street Journalの記事によるとMicrosoftがこのプロジェクトを開始した理由のひとつには、反トラスト法への対策という面があるという。つまり、もしAppleが今回の危機を持ちこたえることができなくて、コンピュータ業界から消え去れば、Microsoftの独占が自動的に進んでしまい、その結果、反トラスト法を掲げてMicrosoftの動向を監視する米司法省の攻撃をますます強めてしまうというわけだ。
これは、結構面白いことを示唆している。それは、Microsoftにとっていちばん怖いのは、Appleなど他のライバル企業ではなく、米国そのものだということだ。連邦政府がMicrosoftの敵役という傾向は、MicrosoftのOS寡占が進むに連れてどんどん強まってきた。たとえば、Windows 95開発では、MSN(The Microsoft Network)のバンドルとその当時Microsoftが暖めていたオンラインバンキングの構想に絡んで、再三にわたり司法省などの調査を受けた。調査活動はWindows 95発売まぎわまで続き、発売日直前には司法省が調査を今後も継続するというステートメントまで出したほどだ。つまり、Windows 95では見送るが、これからも目は離さないぞと宣言したわけだ。
反トラスト法違反などに問われた場合、Microsoftは大きなダメージをこうむる可能性は高い。たとえば、3~4年前に流れたのは、OS部門とアプリケーション部門に分割させられるのではというウワサだ。分割が強制されると、互いに相手の分野への進出が禁じられ(つまりビジネス分野が限定された)、相互の関係を断たれた新会社が2つできあがることになる。もしこうした分割が実際に行われれば、少なくとも今のようなMicrosoftは消滅する。
こうした脅威があるため、Microsoftは、OS関連では、今後はやみくもに突き進むことはできない。絶えず連邦政府の動向をうかがいながら、慎重に動かざるをえないわけだ。そのためには、ライバルに塩を送ったりもするということだろう。ちなみに、Microsoftがインターネットに全力を投じている理由のひとつは、ライバルが多く自社が劣勢のインターネット市場ではそうした不安が少ないことだろう。
また、この件は、MicrosoftにとってAppleは、牙を抜かれた存在であり、もう恐れる要素がほぼなくなってしまったということも示しているのかも知れない。MicrosoftにとってのAppleの脅威というのは、OSのインタフェースなどの洗練度と、オブジェクト技術やPDAといった新分野でのR&Dだったはずだ。しかし、OSはとりあえず(異論はあるが)Windows 95で追い抜いた。そして、Apple自慢の新技術は、Newtonが鳴かず飛ばず、OpenDocもあまり話題が盛り上がらない、さらにPINK(Taligent)やKaleida Labsといったオブジェクト指向技術プロジェクトにいたっては、どこへ行ったのかわからない状態になってしまった。
Microsoftにとって、もはやAppleは真のライバルではなく、御しやすい劣勢コンペティタなのかも知れない。Appleが本当に再生したと言えるのは、Microsoftがこの伝説のパソコンメーカーをふたたび脅威と見なす日が来た時だろう。
Wall Street Journal
Citing Antitrust Fears, Microsoft Boosts Apple's Internet Efforts
8/12
http://interactive6.wsj.com/ms_regchoice.htmlでレジストレーションのうえ、https://interactive2.wsj.com/edition/resources/documents/search.htmで上記の表題でサーチ
('96/8/19)
[Reported by 後藤 弘茂]