Microsoftくらい、予測のつかない動きをする企業はない。毎回それを思い知らされるのだが、それでも、あいも変わらず、Microsoftの戦略には驚かされ続けている。
今回のMicrosoftのサプライズは、ActiveXのオープン化だ。
Microsoftは先週金曜日、同社のインターネット戦略の中核技術であるActiveXを、独立した標準化団体に移管する計画であることを発表した。標準化団体は、ActiveXのカスタマやソフト会社、プラットフォームベンダーなどで構成され、Microsoftもその中の決定権を持つ多くの企業のひとつとして加わるという。つまり、ActiveXはMicrosoft一社が仕様を決定してそれを押しつけて行くものではなくなり、業界の関係各社の協議によって仕様の策定やインプリメンテーションが行われるものに変わるというわけだ。
前後の事情がわかっていないと、ここまで聞いただけでは、それに何の意味があるの?....と思うかも知れない。だが、これは、インターネットの勢力争いを左右する大きな布石なのだ。
昨年から始まったインターネットの覇権抗争は、WWW上でのインタラクティブ技術のスタンダード争いに発展した。Netscape NavigatorとJavaという2つの要素を核としたインターネットからの挑戦に対して、MicrosoftはActiveXという回答を示した。よく知られている通り、これは、Windowsのコンポーネント技術であるOLEを核に、同社の開発するインターネット関連技術を集大成したシロモノだ。そして、MicrosoftはこのActiveXを、インターネットの標準技術として推進する戦略を、急速に組み立ててきたのだ。
しかし、Microsoftの力をもってしても、ActiveXをインターネットのスタンダードの本流とするのは簡単ではない。それは、ライバルの存在に加え、業界に反発があることだ。ActiveXに対する批判の最大のポイントは、クローズドな色彩が濃いこととクロスプラットフォームがまだ実現されていないことだ。とくに、Microsoftだけが仕様を決定するMicrosoft固有の技術だということに対する反発は意外と根強い。そのため、OLEが浸透しつつあるWindows用デスクトップアプリケーションはともかく、企業のカスタムアプリケーションやWWW上のインタラクティブアプリケーションでは、JavaやNetscapeのAPIに準拠したアプリケーション(プラグインなど)への支持が厚いという状況になっている。
MicrosoftがActiveXを手放すという今度の動きは、こうした批判を封じ、反発を消し去るためのものだ。Microsoftとは分離した標準化団体でさまざまな調停作業が行われ、互換性などの認証もここで行われるとなれば、Microsoftと利害が対立する企業にとっても支持しやすい。オープン性という意味では、これでライバルを追い抜いた格好だ。
考えて見れば、これまでMicrosoftが、これほど重要な技術を完全にオープンにしたことはなかった。たとえてみれば、WindowsのAPIやユーザーインタフェースをみんなで決めてくださいと言っているのと同じようなことだ。
もちろん、実際にどうなるかはフタを開けてみなければわからない。標準化団体にしても、既存のオブジェクト技術標準化団体の中にそうした場所を設けるのではなく、新団体を作るわけなので、新団体でもMicrosoftが大きな影響力を持ち続けることになるかも知れない。また、現状のx86ベースのActiveXコントロールがどうクロスプラットフォーム化されて行くのかも、いまひとつ明瞭ではない。それでも、これで、ActiveXがより広範囲に受け入れられやすくなるのは確実だ。
ActiveXがインターネットの世界に浸透することは、Microsoftにとって大きな利点がある。JavaやNetscapeがスタンダードになるとMicrosoftがこれまで築いてきた世界の崩壊につながる可能性があるが、自社のプラットフォームとの親和性の高いActiveXがスタンダードになれば、そういった心配はない。Windowsとインターネットの世界を地続きにして行くという戦略を、安心して進めることができるわけだ。また、Microsoftが自社技術でインターネットの覇権を握ろうとしているのではないかという『Microsoft帝国主義』への疑惑と警戒心は薄らぎ、次の手も打ちやすくなる。そのためなら、ActiveXのコントロールを手放してもいいということだ。
言って見れば、肉を切らせて骨を立つMicrosoftの戦略。これでまた一歩、インターネット勢力の側はMicrosoftに詰められてしまった。
Press Release
('96/7/29)
[Reported by 後藤 弘茂]