Microsoftはコンピュータソフトメーカー?
あと5年もすると、誰もそんな風に考えなくなってしまうかも知れない。というのは、Microsoftが新しい分野に事業の手を広げ始めたからだ。それは、メディア産業だ。
先週、Microsoftは全米3大TVネット局のひとつNBCとの共同でMSNBCをスタートさせた。すでにご存じと思うが、MSNBCはCATVのフルタイムニュース局で、インターネット上でもTVと連動したニュースを提供するというものだ。Microsoftは米TV業界のトップランナーと手を組んだこのプロジェクトで、いよいよCATVという未知の分野に足を突っ込んだ。この動きは、当然先行するCNNと衝突するもので、そのため、先週はCNN対Microsoft+NBCという比較記事がニュースサイトにあふれた。
だが、Microsoftにとって、CNN対抗のCATVニュースというのは,たんなる前哨戦にすぎない。MSNBCの最終的なゴールは、TVとインターネットを完全に融合させたインタラクティブな情報提供サービスに違いないからだ。ただし、動画を家庭まで配信するには、以前このコラムで紹介したADSLやケーブルTV網などによる高速データ通信サービスやインターネットバックボーンの強化が必要になる。インフラが整うまでの数年間は、CATVの映像とWebのテキストの2本立てで行こうというわけだ。
そもそも、昨年5月にMicrosoftとNBCが発表した提携の内容は、広範なマルチメディアプロダクツについてであって、MSNBCはあくまでもその一部に過ぎない。将来、ニュース以外にどんなプロジェクトが姿を現すかわからない。
それに、Microsoftのメディア事業の戦略自体、NBCとの提携にとどまらない。まず、Microsoft独自の展開では、ウェブジン(Webzine)がある。Microsoftは、6月24日から立ち上げた「Slate」に続き、9月3日にはトラベル&アドベンチャWebzine「Mungo Park」をデビューさせると先週17日に発表した。
Mungo Parkは、エベレスト登山やアフリカの秘境探検などを扱うWebzineで、米国ではこの手のアームチェアトラベラ(書斎派旅行者)マガジンは意外と人気が高い。MicrosoftはSlateでは有名ジャーナリストのマイケル・キンズレイ氏をスカウトしたが、今回も有名探検家リチャード・バングス氏を編集長に迎え入れた。Webの特徴を活かし、バングス氏が世界各地を探検する様子を、衛星通信経由のテキスト・画像・音声でリアルタイムに発信するという。お堅い政治&カルチャWebzineのSlateとは違ってなかなか楽しめそうだが、ただし、これはMicrosoftのオリジナルアイデアではない。昨年終わりくらいから、探検とWebを連動させる試みは行われており、バングス氏自身、TerraQuestという探検サイトを成功させて、Microsoftにスカウトされたのだ。
毛色の違うWebzineを次々に立ち上げるMicrosoftだが、同社がインターネット上で提供するのはなにもWebzineに限らない。先週からしきりといろいろなニュースサイトで取り上げられているのは「CityScape」と呼ばれる新プロジェクトだ。これについては、Microsoftからまだ正式な発表はされていないが、どうやら全米の主要都市ごとにエンターテイメントやレストラン、アートのガイドやマップなどを提供するローカルニュースサービスらしい。
よく知られている通り、米国には全国紙と呼べる新聞は薄っぺらなUSA Todayくらいしかなく、新聞は基本的に地域密着型で、そのエリアの生活ガイドに力を入れている。CityScapeというのは、その生活ガイドの部分をインターネット上に載せてしまおうというものだ。このプロジェクトの魅力は、情報がオンライン化されるだけでなく、どこに住んでいても各地のコミュニティの情報にアクセスできるようになることだ。また、Microsoftにとっては、パイが大きい地域広告を得られる利点がある。
ただし、その内容上、CityScapeは新聞と利害がぶつかるかも知れない。もっとも、ノウハウを持たないMicrosoftは、CityScapeではローカル新聞と提携して展開するらしいので、共存する可能性も高いだろう。
MSNBCからCityScapeまで、どれだけの金額を投資するのか見当がつかないMicrosoftのメディア戦略。ビル・ゲイツ会長は、Microsoftはメディア企業を目指しているのではないと繰り返しているが、それは旧来メディアでの話。この展開を見ると、新しいインフラの上の新しいメディア産業では、Microsoftが重要なポジションを得ようとしているのは間違いない。
ところで、CityScapeやMungo Park関連の記事を読んでいると、メリンダ・フレンチという人物がMicrosoftのキーパースンとして浮かび上がる。言わずと知れた、ゲイツ会長夫人だ。これらのプロジェクトを推進しているのが、本当にミズ・フレンチだとしたら、ゲイツ氏はうってつけのパートナーを手に入れたのではないだろうか。
('96/7/22)
[Reported by 後藤 弘茂]