元麻布春男の週刊PCホットライン

“最後のPCメーカー”Compaqの終焉


●「Compaq」はPC業界における「ブランド」だった

 9月4日、世界を衝撃が襲った。大手PCベンダであるHPとCompaqが合併すると発表したのだ。ただし合併といっても、実際はHPがCompaqを買収する形。まだ合併後のブランド戦略などは明らかではないものの、Compaqというブランドが消えていく可能性が高い。そう、少なくともある時期まで、「Compaq」はPC業界における「ブランド」だった。

Compaq Portable
 TIのエンジニアだったRod Canionが、同僚と共にTIを飛び出し、IBM PC互換機メーカーであるCompaqを立ち上げたのが'82年のこと。事実上、最初のIBM PC互換機メーカーである。その最初の製品は、歴史に名を残すCompaq Portable。ポータブルといっても、小型のCRTを内蔵したCompaq Portableは13kgを超える重量があり、今のノートPCとは比べ物にならないものだった。しかし、それまでデスクトップに設置し、動かせないものだったPCを持ち運び可能にしたことのインパクトは大きく、ベストセラーとなった。

 つまりCompaqは、その誕生時点においてすでに、単純なPCのクローンメーカーだったのではなく、IBMのラインナップには存在しない、持ち運び可能なPCという、付加価値をもたせたPCのメーカーだったわけである。こうした高付加価値路線はその後も続き、大手PCベンダとして最初に386マシンをリリースしたのもCompaqだったし、IBMのMCAに対抗して(他の8社と共に)EISAを提唱したのもCompaqだった。CompaqのPCイコール高機能かつ高性能かつ高価、ということで、PC界のBMWと称されることさえあった。

 今では、マザーボードやグラフィックスカードなどのコンポーネントを買い集めれば、誰でもPCメーカーになれる時代だ(それで成功するかどうかは別問題だが)。しかし、Compaqが創業した当時は、そうした「インフラ」などあるハズもなく、言葉通り「メーカー」でなければならなかった。そういう意味でCompaqは、会社の歴史は浅いとはいえ、IBMやHP、あるいはわが国のNECや富士通などと同様、第1世代のPC企業(製造業としてのPCメーカー)であり、最後のPCメーカーだったと言えるのかもしれない。それは、現在ナンバー1のPC「ベンダ」であるDellや、先日、日本からの衝撃的な撤退を敢行したGatewayと比べれば明らかだろう。DellやGatewayは、製造業より流通業的な色彩の強い、いわば第2世代のPC企業だ。

 Compaqが日本に上陸した直後、一部で言われたのが、「Compaqは独自」ということである。たとえばマザーボードの形状が標準的なものと異なる、メモリモジュールに専用のものが必要になる、はたまたドライブなどを固定するネジが違う、といった具合だ。一般にこれらは、Compaqに対するマイナスな評価として受け止められていたが、実はこうした点こそ、Compaqが「メーカー」であった証だったのだと思う。こうした他社にない点を魅力として訴求できなくなった時点で、Compaqの受難が始まったような気がする。これを象徴するのが'91年10月の創業者であるRod CanionのCEO解任であり、以来Compaqがエクセレントカンパニーとしての、真の輝きを取り戻すことはなかったような気がしてならない。Compaqが世界一のシェアを誇るPCベンダになり、DECを買収するのはRod Canionの後継であるEckhard Pfeiffer CEOの時代だが、筆者にとって最も輝いていたCompaqは、やはりRod Canion CEOの時代なのである。

 さて、Eckhard Pfeiffer CEOの時代、Compaqは以前にも増して規模の拡大を図ると同時に、メーカー的な色彩を薄めていくことになる。現在では、ノートPC(創業のきっかけとなったCompaq Portableの末裔にあたる)を含め、台湾企業からの調達が圧倒的な割合を占めるものと思われる。特にコンシューマー向けのPCについては、ほぼ全量が他社からの調達になっているだろう。

●メーカーから流通業へ、そしてサービス業へ

 もちろんこうした傾向は、何もCompaqに限ったことではない。ほとんどすべてのPCベンダに当てはまる話なのだが、それは第1世代のPC企業が、第2世代のPC企業への脱皮を図っている姿に重なる。興味深いのは、同じ第1世代のPC企業であるIBM(IBMを「PC企業」などと呼ぶのは失礼な話かもしれないが、話の行きがかり上、ここではそう呼ばせてもらう)が、第2世代PC企業への脱皮を早い時期に断念し、別の道を選んだように見えることだ。いわゆるサービス企業への脱皮がそれだが、ここでは仮に第3世代のPC企業、と勝手に呼ばせてもらうことにする。

 IDFでSan Joseに滞在したおり、現地のPCショップを何軒か回ったが、店頭でIBMのPCを見ることはほとんどなかった(店頭で最も目立っているのが、奇しくも今回合併を表明した2社と、ソニーである)。コンシューマー向けのデスクトップPCから撤退したことが最大の理由だが、ノートPC(ThinkPad)も店頭で見かける機会はほとんどない。直販メーカーであるDellのPCを店頭で見かける機会がないのと合わせ、店頭でPCを見かけない企業の方が、業績が良いのだから、何とも不思議な話だ。

 今回Compaqを買収するHPが、Compaqと同じ第1世代のPC企業(HPをPC企業というのも、IBMと同じく失礼な話だが、ここでは勘弁していただきたい)というのも、おそらく偶然ではないだろう。合併後の新HPが目指すのがIBMと同じ道、第3世代のPC企業なのも、必然性のある話に違いない。結局、第1世代のPC企業は、社内に抱える豊富なリソースゆえに、逆に第2世代のPC企業へは脱皮できない、脱皮しようとしても競争力を保てないのだと思う。だからといって、第3世代への脱皮が必ずしもうまくいくとは限らない。また、第3世代のPC企業に、第1世代のPC企業がもっていた「リソース」が不可欠なのかも、現時点では必ずしも明らかではない。

 その一方で、第2世代のPC企業が競争力を維持していることは、Dellを見れば明らかだ。わが国から撤退した第2世代PC企業であるGatewayも、プレスリリースなどを見る限り、第3世代PC企業への脱皮を図りたいように見える。最終的に誰が勝ち残るのかは分からないが、とりあえずPC市場においてDellのシェアが上がることは間違いないだろう。40%のシェアを目指す、というMichael Dellの言葉が急に現実味を帯びてきたように思えてならない。

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http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010904/hp_comp.htm

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(2001年9月5日)

[Text by 元麻布春男]


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