第109回:バッテリ技術、その噂と真実(その1)



 改めて言うまでもなく、バッテリ技術は電子機器にとって重要なデバイスだ。バッテリ技術の進歩がなければ、携帯電話、デジタルビデオカメラ、PDA、そしてノートPCが、現在のような性能や使い勝手を実現することはなかっただろう。

 しかし、一方でバッテリは常に日陰の存在だった。一部のマニアを除けば、バッテリは単純に「何時間使えるのか?」という視点でしか見られていない。現在主流のリチウムイオンバッテリが、約10年の間に2倍の性能になっているにもかかわらず、ほとんどの人はそのことを知らないのではないか。

 また、先日ソニー製携帯電話、その少し前にはデル・コンピュータのバッテリリコールが話題になったように、リチウムイオンバッテリの安全性に関する疑念を持つ人も少なくないと思う。

 こうしたバッテリに関するさまざまな件について、ある雑誌向けに記事を作成することになったが、初級者向けの限られたページの記事だけでは、伝えられないことがたくさんある。そこで、数回に分けて少し詳しく(しかし技術者向けではない)バッテリに関する情報を掲載していきたい。今週はリチウムイオンバッテリの基礎からはじめたい。

 なお、今回の記事ではソニー・エナジーテック、日本IBM、日本電気の各社に取材や情報提供の協力をいただいた。


●リチウムイオンバッテリとは?

 リチウムイオンバッテリに関しては、その仕組みについてさまざまな解説がインターネット上に掲載されているため、ここではごく簡単に触れることにしたい。

 リチウムは高エネルギー密度のバッテリを作るために有効な元素で、1次電池(充電不可のバッテリ)としてリチウム電池が従来から実用化されていた。カメラ用などで今も使われているリチウム電池は、一般的なアルカリ電池の数倍の寿命を誇る。

 このリチウムを2次電池(充電可能なバッテリ)として利用できないか? と考えて、さまざまな研究が行なわれていたが、金属のリチウムを電解液でイオン化して充放電を繰り返すと、金属リチウムが粉状あるいは鋭利化して電極間のセパレータ(絶縁を行なっている部分)を突き破ってショートするなどの問題があったそうだ。

 そこでリチウムを常にイオン状態で保つ(つまり金属化させない)ように工夫を凝らしたのが、リチウムイオンバッテリである。正極にコバルト酸リチウム、負極に炭素素材を用い、有機電解液でイオン化させたリチウムをエージング行程で負極に移動させる初期充電を行なうことでイオンを活性化させる。充電時には電流を流すことでイオンを移動させて炭素分子に閉じこめ、放電時にはそれが正極に戻ることでバッテリとして動作する。一度エージングを行なうと、正極にリチウムイオンが戻った時にも金属化せずイオン状態のまま保持される。このため、原理的にメモリ効果が存在しない。

 リチウムイオンバッテリの性能を考える上でのポイントは、負極に使う炭素素材の分子構造にあるそうで、いかに多くのリチウムイオンを閉じこめることができるかによって、容量が変化する。とはいえ、この分野で急激な進歩があるわけではなく、実際にはバッテリ内部の電極サイズを規格ギリギリまで大きくするように工夫したり、電極やセパレータの厚みを薄くすることで電極数を増やす、など製造面での進化との組み合わせで進化してきた。


●リチウムイオンバッテリ、今後の性能向上は?

 PCで使われているもっとも一般的なリチウムイオンバッテリのサイズは「18,650(このPCは6セルバッテリを搭載している、などと言われる時の1セルは、丸形バッテリの場合このサイズを指す)」というサイズのバッテリセルだが、最初に製品化された時の容量が1アンペア時だったのに対して、現在は2アンペア時にまで向上している。プロセッサの速度向上カーブなどと比べるべくもないが、明らかに容量は上がっているのだ。ここまでの容量上昇を振り返ると、ほぼ直線的に毎年容量がアップしてきている。

 もっとも、このまま容量向上のグラフが上に向けて伸び続ける可能性はない。現在、負極に使われているソフトカーボン(グラファイト)素材を用いる限り、2.4アンペア時あたりに物理的な限界があり、2004年には限界点を迎えると予想されている。

 ただし、正極、負極の材料を改良することで、エネルギー密度を向上させようとい研究が、世界中で行なわれており、近い将来、現在のコバルト酸リチウムとグラファイトの組み合わせに取って代わる可能性はある。

 どのような素材を研究しているか、その最前線の部分は社外秘とのことだが、業界ではコバルト酸リチウムはそのままに、リチウムイオンを充電時に収納しておく負極素材にリチウム合金を利用することが有効であると知られているという。中でもリチウムとすずの合金を負極に使ったリチウムイオンバッテリは何社かが試作を行なっている。

 リチウムすず合金はグラファイトの2倍のリチウムイオン収納力を持っているそうで、正極側のコバルト酸リチウムを変更せず、そのまま使った状態でも1.4~1.5倍程度の容量を実現できるそうだ。ただし、実用化までにはまだ時間が必要なほか、端子素材を変更すると端子電圧が変わってしまうという問題があるという。


●リチウムポリマーバッテリとは?

 ところで、携帯電話、PDAや薄型ノートPC用バッテリとして、PC業界でも注目されているリチウムポリマーバッテリとはいったい何なのか? 実は基本的な仕組みはリチウムイオンバッテリと全く同じなのだ。正極や負極に使われている素材も全く一緒。異なるのは電解液の代わりに、ゲル状電解質を使っていることである。液体の代わりに固体の高分子素材(ポリマー)を使っていることから、リチウムポリマーバッテリと呼ばれている。3ミリ程度の薄型バッテリなどバッテリ形状の自由度が高く、携帯電話やPDAなど、まずは筐体形状ありき、の用途で使われ始めている。

 形状の自由度が高い理由は、電解液と比べて封入が容易なためだ。リチウムイオンバッテリは落下時などのショックが与えられても液漏れが発生しないように、丈夫な金属製の殻で覆った上で蓋をし、ガスケットで封じてある。これに対してゲル状電解質を用いるリチウムポリマーバッテリは薄いアルミ製ラミネート素材に封入できる。

 リチウムポリマーバッテリは(形状によっても異なるが)同一容量なら通常のリチウムイオンバッテリよりも軽量と言われているが、これは外側の殻の重さが異なるためなのだとか。また、電解液とゲル状電解質では後者の方が容積が大きくなるため、重量あたりのエネルギー密度には優れるものの、体積あたりのエネルギー密度ではリチウムイオンバッテリに劣るという。

 リチウムポリマーバッテリ最大の欠点は、最大の利点でもある「自由な形状を実現できること」だと指摘する声もある。従来の丸形、角形のリチウムイオンバッテリは、PCで利用するバッテリ形状の業界標準が決まっているため、量産化することで価格を下げやすい。しかし、リチウムイオンバッテリは自由度が高いが故に標準品が存在しない。バッテリメーカーでは、製造ラインの償却が進み、需要が増えてくればコスト的な差は縮まると話しているが、業界標準の形状を決めなければ、同じコストにはならないだろう。そしてそれは、リチウムポリマーバッテリの特徴を1つ殺してしまうことでもある。

 また、PC用のバッテリパックとしてとらえたとき、手軽にユーザーがバッテリパックを交換できないことが欠点にもなる。薄型軽量のリチウムポリマーバッテリも、バッテリパックとして殻をつけてしまうと、軽さや薄さがスポイルされる。

 これらのことを考えると、リチウムポリマーバッテリは現行のリチウムイオンバッテリを完全に置き換えるのではなく、適材適所で使われたり、両方を併用することで長所を引き出せるバッテリと言える。バッテリの高性能化という視点で考えると、次世代バッテリはリチウムポリマーバッテリではなく、リチウムイオンバッテリの端子素材を改良して容量を増やす方向に未来がある。

 未来のバッテリと言えば燃料電池を思い起こす人も多いだろうが、PC用としては大きすぎるという問題がある。すでにPC用燃料電池の試作が行なわれた報告もあるが、これらについては次回以降に報告することにしたい。


 今回はリチウムイオンバッテリの基礎情報を記した。来週は、こうした基礎知識を元に、メモリ効果がないハズのリチウムイオンバッテリに“メモリ効果と誤解される”現象が起こるのはなぜか、リチウムイオンバッテリの“へたり”、そして安全性、環境負荷についての話をすることにしたい。

□間連記事
【5月16日】au、ソニー製「C406S」の電池パックを無償交換へ(ケータイWatch)
http://k-tai.impress.co.jp/news/2001/07/04/c406s.htm
【5月5日】デル、Inspiron 5000のバッテリをリコール
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010505/dell.htm

[Text by 本田雅一]


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