第110回:バッテリ技術、その噂と真実(その2)



 先週はPCに標準的に利用されているリチウムイオン電池の仕組みについてお話をした。リチウムイオンを移動させることで電池として動作する2次電池は、端子素材の変化による容量アップはあるものの、原理的には現在の応用で少なくともあと10年はバッテリ素材の主流であり続けるだろう、と多くのバッテリ技術者は話している。

 次世代バッテリと言えば、自動車用としても注目されている燃料電池(電気分解の逆の反応を起こすことで、水素を燃料に発電するバッテリ)に注目している人も多いようだが、サイズ的な問題から当面、PC向けに実用化する見込みはないという。ノートPCのCD-ROMドライブ部分のスペースを利用したPC用燃料電池の試作も行なわれていたようだが(写真を日本IBMの担当者に見せていただいた)供給可能な電力の引き上げが厳しい。記事スペースがあれば、燃料電池については来週詳しく触れることにしたい。

 いずれにせよ、PC用のバッテリとしてはリチウムイオン電池、もしくはその派生品が、しばらくの間主流からはずれることはない。そこで、リチウムイオン電池の扱い方や特性について、さまざまな角度から調べてみた。


●メモリ効果と思われているものの正体とは?

 リチウムイオン電池は、マイナス電荷を持つイオン化されたリチウムが移動することで電池として動作する。この時、リチウムは正極、負極のどちらに存在する場合でも、常にイオン状態にあり、端子素材と結びついてイオンから元の状態に戻ることはないのだそうだ。このため、完全に放電しないまま継ぎ足し充電を行なっても、ニッカド電池やニッケル水素電池のようにメモリ効果を起こして容量が減ることはない。

 しかし、何度も使っているうちにバッテリ持続時間が短くなり、完全充放電を何度か繰り返すと元に戻った、という経験談も聞こえてくる。これをもって、リチウムイオン電池にもメモリ効果がある、という人もいる。いったいどちらが本当なのか?

 結論から言うと、リチウムイオン電池にはメモリ効果はない。しかし、電池パックとして見た場合は、メモリ効果に似た現象が発生することがある。

 リチウムイオン電池は過充電すると破裂する危険があるほか、過放電にも非常に弱く、放電しすぎると電池としての機能が著しく低下する。そこで、過充電、過放電を防ぐため、必ず電池パックに充放電を管理するマイクロコンピュータを載せ、電池の状態を管理している。

 このマイクロコンピュータは、電池のバラツキによって異なる充電容量と放電可能なギリギリのポイントを学習するようになっている。ところが、そのポイントが誤差の積み重ねで変化してしまう場合がある。どの程度放電したか、充電サイクルは何回目なのか、端子電圧はいくつか、などの情報を元にして、充放電を行なうわけだが、継ぎ足し充電の繰り返しにより、容量の予測値に狂いが生じ、それが結果として容量を減らしている場合がある。

 このため、正確な電池特性を再学習させるため、満充電から完全放電(システムがシャットダウンするまで)を2回ほど繰り返すと、バッテリ持続時間が復活する場合がある(必ずというわけではないが)。この操作はバッテリパックの出荷時には行なわれていないので、新品を購入したら一度はやっておくことを勧める。NECのLaVie MXにはBIOSに同様の操作を行なうための機能が組み込まれているが、Windows上でも簡単に行なうことが可能だ。満充電状態ですべてのパワーマネージメントを切り、放置しておくだけでいい。

 インターネットの掲示板などで、より完全な放電を行なうため、この後さらに電球やモーターなどで放電させるという話を見かけることがあるが、先に述べたように過放電を行なうと深刻なダメージを受けるため、無理な放電は行なわないのが鉄則だ。


●500回のサイクル性能は本当なのか?

 もっとも、ヘビーに使っていると半年ぐらいで電池がへたるという人もいる。リチウムイオン電池のサイクル性能は約500回と言われるが、それならば2年以上使えるはず。メモリ効果のないリチウムイオン電池はなぜへたるのだろう?

 ソニーエナジーテックによると、電池単体で500回というサイクル性能は間違いないとのことだが、いくつかの問題があってそれよりも少なくなることがあるという。そのうちの1つは熱で、熱が加わることで劣化が早まり、容量の低下が進むという。

 へたりの主な原因は、負極材料として使われている炭素の分子構造が徐々に変化することで、炭素内に収められるリチウムイオンの量が減ってくるためだそうだが、その変化に熱が加わることで加速される。もっとも、ソニーエナジーテックの話では、経年変化により端子電圧が下がり、まだ容量が残っているのに、過放電を防止するために放電がシャットダウンされ、それが持続時間短縮に繋がるのではないか、と話してくれた。


●未使用バッテリの保存方法は?

 長期間バッテリ駆動を行なわない時には、バッテリパックを外したほうがいいという話はよく聞く。バッテリパックをつけっぱなしだと、自然に少しづつ容量が減り、ある程度(たいていは95%ぐらい)まで減ったところで自動的に再充電が行なわれる。この繰り返しを年中繰り返していると、バッテリがへたるというわけだ。

 そこでバッテリメーカーやPCベンダーは、長期間利用しない場合はバッテリを取り外して保存することを勧めている。保存する場合、満充電状態は内部の化学的なバランスが悪いそうで、半分程度の容量で保存するのがいいそうだ。50%程度の容量で取り外し、涼しい場所に置いておくのがいい。

 これだけで、サイクル性能は飛躍的に伸びるとか。ただ、実際にそれを実行するのは難しい。いざ使う時に、バッテリ残量が50%を切っていると使い物にならないからだ。あくまで長期間AC電源で駆動する場合にのみ使える方法と言えるだろう。

 リチウムイオン電池の自己放電率は比較的少ないそうだが、バッテリパックには前述したように制御用マイコンなどが組み込まれているため、それらが動作するための電力を消費する。というと、そのうち自己放電と制御回路の消費で、過放電状態になるのでは? と思うかもしれないが、数年は放置しても大丈夫だとか。自己放電は容量が減って端子電圧が下がってくると減ってくるため、放置することによる電池の劣化は無視しても大丈夫という。

 日本IBMでは、バッテリ駆動時間に対してシビアではない製品に関しては、バッテリパックを満充電状態にせず、80%ぐらいを上限に充放電を行なわせることも検討しているそうだ。満充電にしないことで、バッテリ寿命が大きく延び、バッテリによる環境負荷を減らすのが目的である(もちろん、バッテリ駆動時間も80%になってしまうが、機種によってはこちらの方がいい場合もあるだろう)。


●ヒビ割れバッテリパックは使うべからず

 リチウムイオン電池で絶対に行なってはならないのが過充電だ。過充電を行なうとバッテリが破裂し、バッテリパックのケースが熔けてしまう。ある1つのセルが過充電で破裂すると、中から電解液が流れ出し、それが原因で内部的にショートしてほかのセルを巻き込んで破裂が繰り返され、有機溶剤でできている電解液がショートした時に流れる大電流による熱で発火するためだ。

 たとえば落としてケースがヒビ割れたバッテリパックを使うのは絶対にやめたほうがいい。もし、少しでも電解液が漏れ、バッテリ制御回路をショートさせると、バッテリ状態の計測が狂い、満充電状態にも関わらず充電を続け、過充電状態に陥って破裂する可能性があるからだ。

 このように書くと、かなり危険なもののように思えるかもしれないが、さまざまな工夫を凝らすことで、現在のリチウムイオンバッテリパックは安全なものになっている。正しく使えば、決して危険なものではない。その具体的な中身に関しては、バッテリの安全性をテーマに来週お伝えするつもりだ。

[Text by 本田雅一]


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