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第108回:PC業界はモバイルPentium 4のユーザーニーズを創出できるのか |
しかし、果たしてモバイルPentium 4はユーザーに受け入れられるのだろうか。ユーザー(特に企業ユーザー)の多くは、まだまだPCのパワーを欲しているという調査結果もあるが、人々の興味がクロック周波数だけにあった過去と、製品パッケージとしての完成度を求める割合が増えている現在では、多少事情が異なるかもしれない。
先日ニューヨークで開催されたTECHXNY/PC EXPOでは、最新のモバイルプロセッサであるモバイルPentium III-Mを搭載した機種が数機種展示された。ニュースサイトでの報道を見る限り、派手に注目を集めたように感じるかもしれないが、実際にはそれほどでもなかったのだ。
●デスクトップとは事情が異なる理由
Pentium 4に関しては、性能面でさまざまなことが言われている。ここでそれをほじくりかえすことはしないが、1つ言えるのは、デスクトップPCに関してPentium 4への移行が止まることはないということだ。
0.13μm版Pentium 4のNorthwoodによって2GHzクラスのプロセッサが投入され、価格競争力も高くなれば、間違いなくPentium 4は普及する。コンシューマ向けではIntelからシェアを奪っているAthlonも、企業向け市場では苦戦していることから考えても、年末以降にPCの導入を控えている企業はPentium 4を選択することが多くなると思われる。コンシューマ市場でも、Windows XPリリース後の買い換え需要に応じてPentium 4の採用率は現在より改善されるはずだ。
しかし、これはPentium 4がNorthwoodになることで消費電力と価格が下がり、Pentium IIIの後継として市場が認め始めるから(またIntelも自身の製品であるPentium IIIを駆逐するために努力しているから)であって、“Pentium 4でなければならない”理由があるからではない。
この問題は実に深刻だ。Intelにとってだけではない。AMDにとっても、PCベンダーにとっても、そして僕らのようにPCの記事で飯を食っているものにとっても、業界の繁栄を揺るがす一大事だ。
デスクトップPCの市場では、とりあえずこの問題を先送りすることができる。いつも通り、Intelが価格戦略を推し進めることで、徐々にPentium 4への移行が進むからだ。
この移行はユーザーニーズに基づいたものではない、少々強引な進め方かもしれないが、問題先送りの必要性(言い換えるとソフトウェアが新しいアプリケーションを創り出す時間を作る必要性)を考えると、現時点ではそれほど悪くないと思う。
しかしノートPCはそうはいかない。デスクトップよりも細かくシビアなさまざまな要素をバランスさせることで、ノートPCは成り立っているからだ。
●デスクトップPCよりも多様なノートPCのニーズ
僕は昨年、熱設計電力(TDP)の重要性について訴えてきたが、“TDPこそすべてでありCrusoeこそがモバイルに必要なすべてを兼ね備えたプロセッサ”とは思っていない(そのような趣旨の質問を受けたことがあるので、この機会に書いておきたかった)。
ユーザーのニーズは多種多様であり、そうしたニーズをいくつかに集約し、物作りを行なう際に必要なコンポーネントが提供されるべきだと考えているだけなのだ。ユーザーニーズの中に小さく軽い機器が欲しいというものもあれば、サイズや重さに関係なくパフォーマンスが必要であるという人もいるだろう。
これらのニーズの中には「Pentium 4をノートPCで提供して欲しい」というものもあるに違いない。小型軽量のノートPCを指向する人の中には、フルサイズフル機能のノートPCを肯定的に見ない人も少なくないが、かといって否定できるものでもない。
たとえば僕の場合、先日の出張は2週間にわたる長いもので、その間に捌かなければならなかった仕事の量も半月分+αだった。こうした時には、少々重くて大きくとも、ハイパワーで高解像度のディスプレイを備えたノートPC(つまり自宅での環境になるべく近いPC)を使いたいと感じる(もちろん、2週間のためだけに大枚をはたくつもりはないが)。シチュエーションによって最適な製品のタイプは異なるということだ。
ただし、ノートPCに求められるものは性能だけではない。静粛性であったり、筐体の発熱も抑えられていたり、キーボードやディスプレイなどのユーザーインターフェイスに気配りがされている、などの要素も加味しなければならない。もちろん、サイズが大きいなりに、少しでも薄型軽量である方が競争力も高いと言えるだろう。
これらを含めたノートPC全体のパッケージが優れていなければ、単に性能を良くし、価格を引き下げただけでは主流になり得ない。モバイルPentium 4を搭載した時に、低発熱で高性能と予想されるモバイルPentium III-Mに対して、どの程度のアドバンテージを持てるのだろうか?
同じ問題はデスクトップPCにも存在したが、パッケージのまとめ方に対する要求はノートPCの方が遙かに高い。おそらくトータルバランスでモバイルPentium 4がモバイルPentium III-Mに対抗するためには、製造プロセスがもう1段階進む必要があるはずだ。
●新アプリケーション登場が鍵
思い起こせば、同じ問題はモバイルMMX PentiumからモバイルPentium IIへの移行時にもあった。低発熱のモバイルMMX Pentiumで登場したさまざまなノートPCのパッケージはその後、モバイルPentium II以降の発熱増加で徐々にサイズや発熱などが大きくなって現在に至っている。
このときには、日常的に利用するアプリケーションにも「もっと高速化が必要」と思わせる面もあり、それらがパッケージングのしにくさというデメリットを補って余りある利益をもたらした。もちろん、プロセッサパッケージや熱処理技術の面で、さまざまな努力が行なわれたからこそ、Pentium II/IIIへの移行がモバイル市場でも可能になったわけだが、その奥底にはプロセッサパワーへの強いデマンドが存在したわけだ。
では現在、プロセッサパワーに対するデマンドは、どれほど大きくなっているのだろうか? ご存じのように、モバイルPentium III-Mは2次キャッシュメモリが512KByteに増量され、クロック周波数も1GHzを超え1.13GHzに達する。さらに来年までには上限も引き上げられると考えれば、モバイルPentium 4は2GHz程度のクロック周波数を実現しなければ、モバイルPentium III-Mに対する明確なアドバンテージを示せないのではないか。
それでも、Pentium 4のパワーに対するユーザーのニーズが存在しているなら、モバイル市場でもPentium 4化が徐々に進むことだろう。だが、デスクトップPCと同じように自然に切り替わるかどうかは疑問だ。ニーズがなくとも価格戦略で新アーキテクチャに移行させようとしても、全体のパッケージングが悪くなるようでは総合的な魅力が落ちてしまう可能性もある。たとえば、筐体が熱くなりすぎたり、冷却ファンの音が耳に付くようなノートPCを必要もないのに使いたいとは思わないはずだ。
おそらくIntelは、モバイルPentium 4になってもなるべくユーザビリティを落とさないように、さまざまな技術をPCベンダーに対して提案していくだろうが、一方のユーザーニーズを掘り起こす(停滞しているソフトウェア進化や応用分野開発の手助け)のは相当に難しい。彼ら自身、Pentium IIIが登場した頃から“プロセッサパワーの必要な理由”として話していることが変化していないのだから。
PC業界は新しいアプリケーションを見つけることができるのか。できることなら「あの本田ってヤツ、馬鹿だよね。パフォーマンスの要求が終わることなんてないんだから」と馬鹿にされ、浅はかな心配も杞憂に終わることを願いたいものだ。
[Text by 本田雅一]