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来年後半には熱設計で行き詰まるIntelのモバイルCPU


●増殖しているIntelのモバイル分類項目

IntelのモバイルCPUと熱設計電力(6月29日の再掲)
高解像度版TDP(1.51MB)

 ノートPCの場合、フォームファクタごとに搭載できるCPUのTDP(Thermal Design Power:熱設計電力)がある程度制限される。基本的に、薄くて軽いノートPCにしようとすればするほど、TDPが低いCPUが必要となる。そこで、Intelはフォームファクタ別に4段階のTDP枠を設定、その枠内でCPUを提供して行くことをOEMメーカーに約束している。

 「IntelのモバイルCPUと熱設計電力(6月29日掲載)」は、IntelのTDP枠と、それに対応したCPUのTDPを図解したものだ。基本的な対応は、次のようになっている。



フォームファクタTDPtyp対応CPU
フルサイズノート30WモバイルPentium 4
薄型軽量ノート22W→25WモバイルPentium III-M
ミニノート12WモバイルPentium III-M LV
サブノート7WモバイルPentium III-M ULV

 モバイルPentium III-MはTualatin(0.13μm版Pentium III)のブランド名。LVは低電圧版、ULVは超低電圧版だ。TDPは典型値(TDPtyp)のスペックとなる。

 現在、4段階のモバイルCPUのTDP枠だが、これはこれまでどんどん増殖して来た。そもそも、Crusoeが登場するまでは、IntelのモバイルCPUには通常モバイル向けとミニノート向けの2種類しかなかった。それが、昨秋から、Crusoeへの対抗のためにサブノートというさらにTDPの低いカテゴリを設けた。つまり、ライバル登場で捨てていた市場へと慌てて手を伸ばしたわけだ。

 そして、今年になってからは、モバイルセグメントが薄型軽量(Thin & light)ノートとフルサイズノートの2つに分かれた。薄型軽量ノートが従来のモバイルのTDPで、フルサイズノートが30Wという新しいハードルになるので、実質的に、よりTDPの高いセグメントが加わったことになる。つまり、TDPが上へ伸びたわけで、PCメーカーにとっては熱設計の負担が増えることになる。もっとも、30Wは今のところモバイルPentium 4(Northwood:ノースウッド)専用のTDP枠のようだ。



●TDPと電圧とクロックの複雑な関係

 CPUのTDPは、「電圧の二乗×クロック×キャパシタンス(+リーク電流)」で決まる。同じCPUコアの場合にはキャパシタンスやリーク電流は変わらないので、クロックと電圧で調整することになる。つまり、電圧を下げればTDPを一定に保ちながらクロックを上げられることもできるわけだ。

 ところが、CPUのクロックは電圧と相関関係がある。つまり、一般的に供給する電圧を上げれば上げるほど、クロックが上がる傾向がある。言い換えると、同じCPUでも、高い電圧をかけると高クロックで動き、逆に低い電圧しか供給しないと低クロックでしか動かない。

IntelのモバイルCPU クロックと電圧の関係(7月2日の再掲)
高解像度版(1.13MB)

 これは図「IntelのモバイルCPU クロックと電圧の関係」を見るとよくわかる。例えば、1.4Vの時に1.2GHzで動作するTualatinチップは、1.15V時に800MHzで動作、1.1V時に700MHzで動作、0.95V時に300MHzで動作できるといった具合になる。つまり、同じチップでも、1.4Vで出荷するものが通常電圧版で、1.15Vで出すものが低電圧(LV)版、1.1Vで出すものが超低電圧(ULV)版となったりするわけだ。こうした関係にあるため、CPUのTDPとクロックと電圧の関係は非常に複雑怪奇になる。

 そして、CPUメーカーにとって問題なのは、比較的低い電圧でも高クロックで動作するチップは、1枚のウエーハから限られた個数しか採れないことだ。低電圧の高クロック品が十分な量採れるようになるには、通常、それなりに時間がかかる。何回かステッピングアップし、プロセス技術にも改良を重ねることでようやく実現している。

 しかも、そのチップは、通常電圧をかければ非常に高いクロックで動作できる=高く売れるチップだ。つまり、LV版やULV版は、本来高値で売れるチップを、安く売らなくてはならない、分の悪い商品ということになる。経済的な面からも、難しいわけだ。


●電圧が同じでも1.4GHz程度までは可能

IntelモバイルCPU TDPロードマップ(7月2日の再掲)
高解像度版(1.64MB)

 「IntelモバイルCPU TDPロードマップ」に、IntelのモバイルCPUとTDPの関係をロードマップとしてまとめてみた。

 まず、現状ではIntelは薄型軽量ノートに関しては22Wの枠を守る姿勢を見せているらしい。Tualatinは、1.2GHzですでに22Wに達してしまうが、来年頭に登場する見込みの1.26GHzでは電圧を1.4Vから1.35Vに落とすことでTDPを再び20W程度に押さえ込むと言われているからだ。もし、1.26GHz以上のTualatinの電圧が1.35Vになるなら、計算上はTualatinは22Wの枠内で1.33GHzを達成できることになる。また、もしIntelが1.26GHz以上のTualatinの電圧を、やはり1.4Vに引き上げてしまった場合でも、25W枠なら1.4GHz程度までは行けることになる。

 ただし、TualatinのTDPには多少謎の部分があり、計算通りになるかどうかわからない。例えば、OEMが受けた説明によると、Tualatinの1.2GHz/1.4VのTDPは22Wで、1GHz/1.4VのTDPは20.5Wだという。つまり、1GHz版に対して1.2GHz版は、同電圧時にクロックでは20%高いのにTDPでは7%しか高くないのだ。これは、Tualatinの高クロック版が単純にクロックを引き上げただけでなく、何か別の省電力策(電流量など)を行なっている可能性が高い。そのため、図にあるように、Tualatinの866MHz~1.13GHzは、クロックに違いがあるにも関わらず、TDPで表すと19~22Wに固まってしまう。


 その上のフルサイズノートの30Wという枠は、モバイルPentium 4が使う。モバイルPentium 4は1.6GHzで登場、その後、さらにクロックを引き上げる予定だという。0.18μm時に60Wクラス(1.6GHz)のPentium 4を、0.13μm時にどうやって30W枠に納めるようにするのか。それは、おそらく低電圧化によってだ。

 Pentium 4は、マイクロアーキテクチャ的にPentium III系よりも高クロック化が容易であるため、比較的低い電圧でも高クロック駆動ができる。例えば、1.15GHzで動作させることができれば、計算上は電圧低下分だけでTDPを45%に引き下げることができる。ただし、Intelの0.13μmプロセスは予想より低消費電力化の割合が少ないため、それでも30W枠に押し込むのは難しいだろう。

 いずれにせよ、Intelが採れる方法のうち、メインとなりそうなのは低電圧化だ。だとすれば、モバイルPentium 4は実質的に低電圧版モバイルPentium 4ということになる。これは、AMDのモバイルAthlon 4が実質的に低電圧版Athlonであるのと同じアプローチだ。


●Tualatin LV版は1GHzが理論上可能に

 次に12W枠のミニノート(B5ファイルサイズノート)だが、これも同様に当面は枠が守られる見込みだ。866MHz時でも10W程度になるとIntelは説明しているというから、まだ余裕がある。計算上は、1GHz/1.15Vでもギリギリ12W枠に収まりそうだ。ただ、1GHzを達成するためには、Intelは1.15Vで1GHz動作を実現しなければならない。これには、やや時間がかかるだろう。

 問題は、最後の7W枠だ。この枠に向けて、IntelはULV版Tualatinを1.1Vで投入するつもりだと言われている。この1.1Vという電圧は、じつは0.18μm版Pentium III ULVと変わらない。そのため、Tualatin ULVのTDPは高い。700MHz版で7W枠にちょうど収まる程度と言われている。だとすると、出だしからすでにTDP枠ぎりぎりということになる。

 そうすると、IntelがTualatin ULVで750MHzや800MHzを投入しようとすると、何らかの消費電力低減策が必要になる。いちばん想定できるのは、電圧を下げつつクロックを引き上げることだ。例えば、1Vにまで落とせば、計算上は700MHz/1.1Vと同じTDPで850MHzまでを達成できる。しかし、電圧を下げるとクロックが落ちてしまうという半導体の特性から、これはかなり難しい。そのため、IntelがULV版のクロックを順調に向上させることができるかどうかはわからない。それと言うのも、前回レポートしたように、Tualatinは0.18μm版Pentium III(Coppermine:カッパーマイン)と比べて、それほど省電力化されていないからだ。

 こうしてTDPのロードマップを作ると、IntelのモバイルCPUは来年後半には再びTDPの壁に当たってしまうことがわかる。通常電圧版とLV版も、来年後半には、単純にクロックを上げるとTDP枠を突破してしまうようになる。ところが、モバイルはこれからますます競争が激化するわけで、Intelとしてはクロック向上をやめるわけには行かない。とすると、2002年後半には何か手を打つ必要がある。

 1つの方策はもちろんTDP枠を引き上げることで、おそらく、薄型軽量ノートやフルサイズノートではこの手法を取るだろう。例えば、薄型軽量を25~30W枠に引き上げて、PCメーカーに努力を強いることで、クロックは20%ほど引き上げられる。しかし、サブノートやミニノートではこれは難しい。というか、PCメーカーにとって迷惑となる。ではどうするのか。

 そこで登場するのが、Intelの次期モバイル専用CPU「Banias(バニアス)」だ。最初からモバイル専用に設計されたBaniasは、Tualatinよりもクロック当たりのTDPが低い可能性がある。Baniasは2002年から2003年の登場で、スケジュール通りなら滑り込みセーフで、この状況に間に合うことになる。もっとも、それまで、IntelのモバイルCPUは再び苦しい熱との戦いを強いられることになる。

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【6月29日】【kaigai】 じつは“超”低電圧ではない超低電圧版Tualatin--図解Tualatinシリーズ(1)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010629/kaigai01.htm
【7月2日】【kaigai】クールじゃないTualatin、どうして熱設計消費電力がこんなに高いのか
--図解 Tualatinシリーズ(2)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010702/kaigai01.htm


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(2001年7月4日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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