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●ノートPCのフォームファクタに合わせて4階層になるモバイルCPU
プロセス技術が1世代(x0.7)シュリンクすると、消費電力が30%程度少なくなる。また、同じ熱設計消費電力(TDP:Thermal Design Power)でも、1.5倍程度高いクロックを実現できるようになる。それが半導体のセオリーだ。
しかし、Intelの0.13μm版モバイルPentium III-M(Tualatin:テュアラティン)は、必ずしもセオリー通りに行っていない。つまり、見込みより消費電力が高くなりそうだ。プロセスの立ち上がり時期であるため、Intelは、しばらくはTualatinの低消費電力という真価をうまく引き出せないだろう。
Intelは、今年の後半に3種類のモバイルTualatinをリリースする。通常電圧版と低電圧版(LV版)と超低電圧版(ULV)版の3つだ。3つの電圧帯に分けるところは、今のモバイルPentium IIIと同じだ。また、来年の第1四半期には、0.13μmのモバイルPentium 4(Northwood:ノースウッド)も投入する。この各CPUの電圧とTDP(TDPtyp)とクロックを比べるとなかなか面白い。
クロックは想定される最大クロック、TDPは想定される最大値。これを見ると、4つのCPUできれいに棲み分けさせようという意図がわかる。この表のデータはOEMメーカーなどからのものをベースにしている。クエスチョンマークがついているのは完全に推定の部分だ。
これに、現在の0.18μm版モバイルPentium III(Coppermine:カッパーマイン)を比較してみると下のようになる。
【Tualatin】
種別 | 電圧 | 最大TDP | クロック | ターゲット |
---|---|---|---|---|
Pentium 4 | 1.3V? | 30W? | 1.7GHz? | フルサイズノートPC |
Pentium III-M | 1.35~4V | 22~25W | 1.4GHz? | 薄型軽量ノートPC |
Pentium III-M LV | 1.15V | 12W | 1GHz? | B5ファイルノートPC |
Pentium III-M ULV | 1.1V以下 | 7W | 850MHz? | ファンレスノートPC |
【Coppermine】
種別 | 電圧 | 最大TDP | クロック | ターゲット |
---|---|---|---|---|
Pentium III | 1.7V | 25W | 1GHz | フルサイズノートPC |
Pentium III | 1.6V | 22W | 800MHz | 薄型軽量ノートPC |
Pentium III LV | 1.35V | 12W | 750MHz | B5ファイルノートPC |
Pentium III ULV | 1.1V | 7W | 600MHz | ファンレスノートPC |
●8つのモバイルCPUのスペックを比較
では、この8つのモバイルCPUをそれぞれもう少し詳しく比較するとどうなるか。それが下の表だ。Pentium III-MとPentium 4に関しては、来年第1四半期の段階での各CPUのスペックで比較している。来年の第1四半期だと、Pentium III-M ULVは750MHzが登場している予定だが、スペックに不明な点があるので、ULVだけは取りあえず今年第3四半期に登場すると言われる700MHzのままにしてある。
パフォーマンス時 | 最低電圧時 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
名称 | クロック | 電圧 | TDP | クロック | 電圧 | TDP |
Pentium 4 | 1.6GHz | 1.3V? | 30W | 1GHz? | 1.1V? | ? |
Pentium III-M LV | 866MHz | 1.15V | 10.1W | 533MHz | 1.05V | 6.1W |
Pentium III-M ULV | 700MHz | 1.10V | 7W | 300MHz | 0.95V | 3.1W |
Pentium III | 1GHz | 1.70V | 24.8W | 700MHz | 1.35V | 11.2W |
Pentium III | 850MHz | 1.60V | 18.2W | 700MHz | 1.35V | 10.2W |
Pentium III LV | 750MHz | 1.35V | 12.4W | 500MHz | 1.10V | 5.0W |
Pentium III ULV | 600MHz | 1.10V | 6.4W | 300MHz | 0.975V | 2.4W |
また、Coppermine ULVに関しては、ここに示した1.1V版のほかに、じつはIntelは、ひっそりと1.15Vのバージョンを追加している。従来の1.1V版よりも0.05V電圧が高く、TDPが従来の6.4Wから7Wに上がっているバージョンだ。つまり、7WのTDPの枠内で、電圧を上げることで製品の歩留まりを上げようとしているとみられる。しかし、現状では製品がまだ出ていないので、PCメーカーの採用状況がどうなるかわからないため、とりあえず省いている。
Pentium III-M/Pentium 4からは、IntelのモバイルCPUは拡張版SpeedStep(SpeedStep-2)になり、バッテリモードの時にはオンデマンドでスイッチングができるようになる。そのため、パフォーマンス時のクロック&電圧はSpeedStep/SpeedStep-2でのパフォーマンスモードのスペック、最低電圧時のクロック&電圧はSpeedStepでのバッテリモード、SpeedStep-2のオンデマンドスイッチングでの下のクロック&電圧を示す。また、わかりやすいように図も掲載しているので、参照して欲しい。
IntelのモバイルCPUと熱設計電力 | IntelのモバイルCPUとクロック周波数 | IntelのモバイルCPUと電圧 |
高解像度版TDP(1.51MB) | 高解像度版クロック(1.12MB) | 高解像度版電圧(1.06MB) |
●通常電圧版は0.13μm化で85%電圧を引き下げ
このチャートを見ると、いくつか面白いことがわかる。供給電圧から見て行こう。
まず、Tualatinの電圧だが、Intelは以前は通常電圧版Tualatinを1.35Vで供給するとしていた(そのさらに前は1.3V予定だった)という。しかし、現在は上のチャートにある最高クロックの1.26GHzだけが1.35Vで、866MHz~1.2GHzまでは1.4Vに引き上げられたらしい。
これは、製品ミックスを上げるためだと思われる。同じチップでも高い電圧をかけた方がより高クロックで動作するケースが多いからだ。つまり、1.35V時に1GHzでしか動作しなかったチップが、1.4Vかけると1.06GHzで動作したりする。そのため、電圧を上げると高クロック品の比率をより高くできるというわけだ。それなのに、1.26GHzだけ電圧を落としたのは、TDPを22W以下に下げるためだ。しかし、Intelだから、このスペックも製品出荷前に変わる(つまり1.4Vに上がってしまう)可能性がある。
これをCoppermineと比較すると、Coppermine通常電圧版は1.6~1.7V(パフォーマンス時)だった。Tualatinで1.35~1.4Vになったことで、85%以下にスケールダウンしたことになる。電圧は二乗でTDPに効いてくるので、これだけで理論上は70%も消費電力が下がる。
しかし、85%という低下率は、0.25μmまでの電圧低下率70%より明らかにスケーリング比率がダウンしている。つまり、0.13μm化では、以前のようなプロセスの移行による大幅な低電圧化と低消費電力化は見込めないことになる。ちなみに、IntelのRobert Chau(ロバート・チャウ)氏(Intel Fellow, Director, Transistor Research, Technology and Manufacturing Group)は、「今後10年程度は85%のスケーリングが続くと見ている」という。
●ULV版は0.13μmになっても電圧が変わらず
Intelの通常電圧版とLV版、ULV版の3階層の電圧区分だが、Coppermineの場合はじつにロジカルな設定になっていた。通常電圧版(850MHzまで)は1.6Vと1.35Vの間でスイッチ、LV版は1.35Vと1.1Vの間でスイッチ、ULV版は1.1Vと0.975Vの間でスイッチする。つまり、通常電圧版の最低電圧がLV版のパフォーマンス時の電圧で、LV版の最低電圧がULV版のパフォーマンス時電圧となっていた。図「IntelのモバイルCPUと電圧」だとこれがよくわかる。
ところが、Tualatinではこの原則が崩れている。通常電圧版とLV版ではその通りになっているが、ULV版の電圧は1.1Vで、LV版とはわずかに0.05Vの差しかない。しかも、Tualatin ULVの1.1Vというスペックは、Coppermine ULVの1.1Vと同じだ。つまり、Tualatinになったことで、何も低電圧になっていないのだ。超低電圧というのは、ほとんど看板に偽りの世界だ。
ULV版が超低電圧化されていないのは、プロセスの立ち上げ時期だと、まだ低電圧駆動が難しいからだ。あまり低電圧にすると動かなくなってしまう。通常、低電圧で高クロック駆動のバージョンの提供は、通常電圧版より遅くせざるをえない。それを、今回は短いタイミングでリリースするために、安全パイで1.1Vにしたと見られる。そのため、今後、IntelはULV版に関してはさらに電圧を下げてゆくと見られる。ただし、急激にではなく、1.05V→1V→0.975Vといった、ゆったりペースで進むのではないだろうか。電圧は二乗でTDPに効いてくるので、0.1V程度下がっただけでもかなり大きく省電力ができる。
ちなみに、ULV版の最低電圧も同様だ。Tualatin ULVは下の電圧が0.95Vだと言われている。これは、Coppermine ULVの0.975Vとわずか0.025Vしか変わらない。苦しさがにじみ出ているようなスペックだ。こちらの電圧も、今後下がってゆくだろう。ただし、Intelは0.13μmプロセス「P860/P1260」では、リーク電流を減らすために、トランジスタのしきい電圧(Vt)を比較的高くしている。そのため、電圧を下げられる下限はそれほど下がっていないはずで、0.18μmプロセス時の0.975Vの85%に当たる0.825Vまで下げられるかどうかはわからない。
また、低電圧化すると歩留まりは悪くなるため、難しい問題もある。つまり、低電圧で一定以上のクロックで動作できるチップの数は少なくなる。そのため、Intelは、クロックの高い製品の電圧だけを下げて、クロックの低い製品の電圧は上げることで、一定のTDPを守るという方向に向かう可能性もある。
一方、モバイルPentium 4(Northwood:ノースウッド)だが、これは製造プロセス技術自体はTualatinと同じ0.13μmだ。しかし、Pentium 4の方が、マイクロアーキテクチャ的にはPentium III系よりも高クロック化が容易であるため、比較的低い電圧でも高クロック駆動ができると見られる。Intelは、OEMメーカーにはモバイルNorthwoodが1.6GHzで登場すると伝えているという。その時点で、デスクトップ版Northwoodは1.45V程度で2.2GHzで動作しているはずだ。だとすれば、1.3Vかそれよりも低い電圧で、1.6GHzのモバイル版は動作できるのではないだろうか。
(2001年6月29日)
[Reported by 後藤 弘茂]