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第101回:もうすぐ見えなくなってしまうノートPCのピクセル |
特に低消費電力プロセッサを前提に設計された、新しいコンセプトのノートPC発表が目立つ。無線LAN内蔵などのソリューションも含め、1年前は想像もしなかったほどの前進があった。今年後半には0.13μm版Pentium IIIの投入も控えており、ノートPCのラインナップはさらにバリエーションの幅を広げそうだ。
本連載でも、出来る限り開発の背景や今後の見通しも含め、ベンダーにインタビュー取材を行っていきたいと思っているが、今回はPC本体から少し外れて、液晶ディスプレイにフォーカスを当ててみたい。
●液晶ディスプレイの200dpi overはもうすぐ
先日、日本IBMの液晶ディスプレイ事業担当取締役の橋本孝久氏に話を伺う機会があった。22インチ(56センチ)ワイド型TFT液晶ディスプレイ取材のためだ。IBMが開発したこの大型ディスプレイは、920万画素204ppi(pixel per inch)という超高精細を実現。ピクセル数で言うと実に3,840×2,400ピクセルにも達する。つまり、UXGA(1,600×1,200ピクセル)のさらに4倍以上にもなる。
日立のSuperTFTにも使われているIn-Place Switching(IPS)電極と、富士通のMVA液晶ディスプレイでも使われているマルチドメイン(液晶のねじれ方向を複数方向に制御することで視野角を広げる手法)技術を同時に用いることで、上下左右ともに170度という広視野角を実現しているほか、グラススペーサ用のボール挟み込みを省略した製造プロセスでコントラストやユニフォミティ(色の均一性)などを高めた、サイズだけでなく画質的にすばらしいパネルが搭載されている。
「日本に数台しかない」という超が付く貴重品だが、この液晶パネルを採用したディスプレイを6月いっぱいまでには商品化する予定だという(価格は150万円から200万円の間とのこと)。橋本氏には「10台分の顧客を紹介してくれたら1台あげよう」と冗談で売り込みをかけられたが、さすがに10台を個人で売るのは難しい。
しかし、思わず欲しいと思ってしまう美しさであることは保証しよう。明るさ235カンデラ、コントラスト400:1、色再現域でCRTの75%というから、それはもうノートPCの液晶パネルとは異次元の美しさだ。
もっとも橋本氏によると、サイズおよび製造プロセスが同じであれば、精細度が増しても歩留まりはほとんど同じなのだそうだ(IBM社内では歩留まり一定の法則、と呼んでいるらしいと後から聞いた)。つまり、ノートPC用のディスプレイがさらなる高精細になるのはそう遠くない話ということだ。
現在、IBMは最上位機種のThinkPad A23pに15インチ1,600×1,200ピクセルの液晶パネルを採用しているが、近い将来には2,048×1,536ピクセルに達する予定とか。やっとXGAが当たり前になったところで、その4倍の画素数になるのだから驚きだが、それでもまだ通過点でしかない。そこで問題となるのが、ソフトウェア対応の遅れである。
●マイクロソフトは133dpiに対応したというが
まずは既存の一般的なディスプレイのピクセル密度を整理しておこう。XGAの場合、10.4インチだと123ppi、11.3インチで113ppi、12.1インチで105ppi、13.3インチでWindowsの論理解像度と同じ96ppiとなる。
XGAになると12.1インチぐらいはないと、仕事に使うのは辛い、と書いたことがあったが、それ以下ではWindowsが想定している解像度とかけ離れ過ぎて、文字が小さくなりすぎるためだ。CRTの解像度はシャドウマスクやアパーチャグリルのピッチをいくら狭くしても、電子ビームのスポット径を下回る解像度を出すことはできない(表示は出来るが、実際の画面上で判別は出来ない)。その限界がおよそ100ppiあたりというから、Windowsの画面設計が間違っているというわけではない。むしろ、液晶パネルの進化が急すぎたと言うべきだろう。
ちなみに、先ほど例を挙げた15インチUXGAのA22pは133ppiになる。そして、2,048×1,536ピクセルまで高精細化すると170ppiにまで解像度はアップする。200ppiオーバーはもうすぐだ。
200ppiという数字は、IBMだけではなくシャープなども試作パネルを制作し、展示している。なにやら意味ありげな数字だが、これはディスプレイを見る自然な距離まで離れたとき、人間の目が判別できるギリギリの解像度なのだそうだ。つまり、これを越える解像度になってくるとピクセルは見えなくなってくる。印刷のように自然な表現を行うために必要な解像度が200ppiオーバーの領域。さらに250ppiぐらいまでは高解像度化は進むだろうと橋本氏は言う。
しかし、今のWindowsで解像度が上がりすぎると、画面上の構成要素はどんどん小さくなるばかりだ。Windows 2000の画面プロパティでは、任意の論理DPIへと切り替えることが可能になっているが、スモールフォント(96dpi)、ラージフォント(120dpi)以外の解像度にすると、とたんにダイアログのレイアウトが崩れて使いものにならなくなる。
IBMはこのことをマイクロソフトに進言し、少なくとも現行製品で存在する解像度までは対応できるように交渉したそうだ。マイクロソフトはWinHEC 2001の中で「Windows XPのダイアログデザインは、133dpiまでは使い物になるように調整した」と話していたが、この133dpiとは15インチUXGAの解像度に他ならない。
●問題はアプリケーション側の対応だけではない
133ppiの液晶パネルなら、120dpiのラージフォントに設定しておけば、字が小さすぎるということはないだろう。しかし、120dpiでさえ、まともにアプリケーションが対応していないのが現状だ。
橋本氏も「よく誤解される」と話していたが、高精細化はなにも画面を広く使うだけが目的ではない。画面を広く使うためには、パネルのサイズそのものを広げていく必要があるが、同じサイズで高精細化を進めれば表示の品質、特に文字表現が大幅に自然になる。その世界の違いは、実際に200ppiを越えるディスプレイを目にしなければわからないかもしれない。次元が異なるのだ。
しかし、Windowsが内部的な解像度の切り替え機能を持っているにもかかわらず、文字はどんどん小さくなるしかない。アプリケーションがマルチDPIに対応するとしても、限界があるからだ。なぜなら、Windowsの画面を構成する要素には論理的なスケールによるサイズ、位置と、物理的なピクセル数によるサイズ、位置があるためだ。
実際に自分の使っているPCの論理解像度を切り替えてみるといい。ディスプレイアダプタの詳細設定から、フォントサイズを切り替えることができる。しかし、文字やウィンドウを構成する要素の大きさは変わるものの、ビットマップのオブジェクトがそのままの大きさになっていることに気づくはずだ。もっともよくわかる例はWebブラウザ。W3Cでは96dpiを標準解像度として採用しており、それを前提にデザインされたページは、すべてが本来のレイアウトとは異なる配置になってしまう。ビットマップ要素だけが、スケーリングから取り残されているからだ。
しかも、一部のアプリケーションはダイアログの設計において、酷いことにピクセル指定とポイント指定を混在させている場合がある。こうなると、レイアウト云々ではなく、文字やダイアログ上のオブジェクトがはみ出てしまい、操作に支障が出る場合もあるのだ。
この問題は根深い。アップルはMacOS XをマルチDPIで設計していると話していたことがあった。画面表示をPDF技術で行っているため、画面解像度に応じてスケーリングさせるのはお手の物だったハズだ。しかしそのMacOS Xでも、マルチDPIは結局実装されなかった(内部的には対応しているのかも知れないが、少なくとも現在のMacOS Xには論理解像度を切り替える機能はない)。ましてや古いGDIからの互換性を引き継ぐWindowsの場合はいわずもがな、である。
マイクロソフトによると、GDI+ではスケーリングを意識してベクトルグラフィックの機能を強化した設計にしているそうだが、Windows XPの画面設計そのものが、130dpi程度までしかスケールしないのであれば、説得力に欠ける。Windowsだけに問題があるのではないが、何らかの解決手法を見つけなければ、せっかくの高精細化という恩恵を受け損ねることになるだろう。
ドットが見えなくなり、自然な文字表現が行えるようになるのは大歓迎だが、文字が見えなくなってしまうのは困る。となれば、おのずと解像度の上昇がストップすることになる。そうならないようにする完璧な対策は、今のところマイクロソフトも持っていないようだ。
(2001年5月22日)
[Text by 本田雅一]