後藤貴子の 米国ハイテク事情

「ポストPC」に必要だが欠けているモノ

●成功するIAにはビジネスモデルがある

 TVがどんな家庭にもあるのはなぜだろう。それは、どんなに番組を見てもお金がいらないからだ。VCRがほとんどの家庭にあるのはなぜだろう。それは、300~400円でいつでも映画を楽しめるからだ。日本では携帯電話のブラウザフォンも急速に、誰もが持つものになりつつある。それは、高機能の端末でも、ちょっと古い機種なら数千円で買えるからだ。

 もちろん私たちは、本当はもっとお金を払っていることを知っている。TVの視聴料はCMの商品の中に、携帯の端末料は利用料金の中などに含まれている。でも、直接料金をとられないので感じにくいのだ。

 これが意味しているのは、新しいジャンルの製品をフツーの消費者に浸透させるためには、直接払わせるお金はできるだけ少なくし、残りはできるだけ見えにくい形で徴収するのが、条件のひとつだということだ。現に、TVでもBSなどのペイパービューはやはりそれほど普及していない。ブラウザフォンの有料コンテンツも月極めで100円、300円程度の安い料金だからこそ、支持されているのだろう。

 言い換えると、日本であれ米国などほかの国であれ、メーカーは、「こんな技術が可能になったから、こんなものを作ってみました」ではなく、初めからできるだけトータルなビジネスモデルが必要だということだ。つまり、消費者にどうやって買わせるか、事業者はどうやって儲けるか、サードパーティ(販売者やコンテンツプロバイダなど)をどうやって巻き込むかといった普及戦略。例えばiモードでは、コンテンツは自前でなくサードパーティに提供してもらうことでバラエティをもたせる方策をとったことは有名だ。

 そして「新しいジャンルの製品」とは、まさに「ポストPC」製品のことだ。

 多くのインターネット端末/情報端末(インターネット・アプライアンス/インフォメーション・アプライアンス=以下IA)がホームPCの地位に追いつき追い越そうとして、うまくいっていない。その理由の少なくとも一部は、ビジネスモデルを作れていないからではないか。インターネット冷蔵庫を普通の冷蔵庫と同じ売り方をして売れると考えるほうが、そもそもおかしい。

 逆にビジネスモデルがよければ、もともとビジネスモバイル向けだったブラウザフォンが、家庭で使われるメールや情報の端末になったりもする。つまり、今比較的ビジネスモバイル向けのPDA/ポケットPCだって、よいビジネスモデルを構築することでホームIAになるかもしれない。

 家庭で使われることを想定しているWebタブレット/Webパッドなども、デジタルモノ大好きな家庭以外に入り込むには、やはりそれなりのビジネスモデルが必要だろう。例えばエアボードを見ても、「面白い製品でしょ」という以上の仕掛けがないように見える。いや、仕掛けというより、エアボードがネットを含めたビジネスモデル全体の一部、くらいでないとスタンダードなIAにはなれないのではないだろうか。

●一度作れば終わりじゃないビジネスモデル

 ただ、ビジネスモデルの難しいところは、1度作って動き出せばそれでおしまい、というわけではないことだろう。

 例えば携帯電話は、普及に成功したことで、電子財布やGPSの機能を載せてさらに利用法を広げようという動きが活発化している。すると、ビジネスモデルも新しいものが加わらないとならない。

 もし携帯が今の成功をジャンプ台にしてユビキタス・インターネット(ネット津々浦々)を実現しようとすれば、高齢者などの、ほとんどいつも家にいる人まで取り込まないとならない。すると、利用料金やコンテンツの体系もまた新しいものを考え出す必要がある。

 一方、誰もが携帯でメールのやり取りをするようになれば、インタラクティブTVにメールは必要なくなるから、CATV業者はそれを考慮しないとならない。このように、「いいビジネスモデル」は絶えず変化しているのだ。

 ビジネスモデルは、作ってから回り出すまでに時間がかかることも多い。

 例えば米国でデジタルCATVが以前から有力なIA候補と言われているのは、CATVでは新しい機能を持ったデジタルSTB(セットトップボックス)を無料リースすることにより、業者の一存で、人口の3分の2に達するCATV加入家庭にIAを入れてしまえるからだ。業者は、CATVをインタラクティブにしたからといって料金をあまり高くすることはできないが、広告はもちろんのこと、オンライン・ショッピング/予約/バンキングなどで、これらのコストを回収するという筋書き(ビジネスモデル)を描いている。

 直接、製品を買わせるのでなく、中に入れてしまい、見えない形でお金を取るというシナリオはいい。だがこれが相変わらずシナリオのままなのは、ブロードバンドケーブルの整備に、膨大なコストと時間がかかるためだ。

 面倒なことはほかにもある。文化が違うとビジネスモデルは変わる可能性があるのだ。例えば以前このコラムで書いたように、米国ではブラウザフォンが受け入れられる素地が日本ほどなく(コストコンシャス、車社会など)、日本よりPDAが売れている。日本で成功したから米国でも、とはいかないわけだ。

 さらに、ネットを使うIAでは、ビジネスモデル作りはひとつの企業で実現できることではない。これも面倒なポイントだ。通信/放送業者、機器メーカー、コンテンツプロバイダなどが関わり、誰がイニシアチブをとるか、どうやって消費者の財布を分け合うかが問題になる。

 どんなに大変でも、ビジネスモデル作りはこれからますます重要になっていくだろう。

 ビジネスモデルを出来るだけシンプルに、早く立ち上げるため、今後は企業のバーティカルな統合というのがもっと進むかもしれない。例えばMicrosoftは以前からCATV会社への出資、MSNでのコンテンツ制作、ホットメールやインスタントメッセージ技術の取得など、自分の意向が届きやすい体制作りを進めている。ソニーも同様に、ISP、CATV、映画、音楽、ゲームなどに進出している。AOLタイムワーナーの狙いもここにあった。このような動きが他の企業でももっともっと見られるようになるかも知れない。

(2001年4月11日)

[Text by 後藤貴子]


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