第92回:日本のPDAに欠けるもの



 新入学、就職シーズンを狙ったのか、この春はPDA関連の動きがあわただしい。先週あたりからPalm OS搭載機の新モデル発表や、Pocket PC機の新モデル発売の噂など、PDA関連のニュースをよく耳にする。

 PDA市場はキーボード付きのH/PCを含めて年間150万台の市場と言われ、それをWindows CE搭載機、Palm OS搭載機、ザウルスシリーズで(ほぼ)三等分しているという。正直な話、インターネット接続機能付きの携帯電話に比べれば、微々たる市場と言われても仕方がない。

 たとえばPDAの使い方の第1段階をスケジューラなどの電子手帳的機能ととらえるなら、第2段階で使いたくなるのはコミュニケーション機能だろう。コミュニケーションを行なうためにはネットへの接続手段を確保する必要があるが、現状ですばらしい手法があるかと言えば、残念ながら見あたらないというのが正直な感想だ。

 ずっと昔から比べれば、この市場も成長したと言えるのかも知れないが、まだまだ通信インフラを持つ事業者に対して魅力的なものではないのかもしれない。NTTドコモは各社のモバイル機器をカスタマイズし、自社ブランドで販売を行なっているが、サービス内容そのものを、こうした小型の情報デバイスに特化したものにしようとは考えていないようだからだ。

 数年間、PDAと呼ばれる機種をいくつも使ってきたが、今のPDAにもっとも欠けているのは、PDAの身の丈と振る舞いに合わせたちょうどいい通信サービスではないかと感じている。


●たとえばiモードが切り離されていれば

昨年のLinuxWorld展示のiPaq
写真:塩田紳二
 たとえば米国では、特に企業向けで人気の高いコンパックのiPAQの場合、企業内のシステムと統合する際にはPCカード用のジャケット(iPAQに取り付けることができる拡張ユニット)を使って無線LAN経由で情報システムにアクセスしたり、ワイヤレス通信のカードをコンパクトフラッシュジャケットに取り付けてインターネットを通じた情報アクセスツールとして使ったり、ジャケットを用いずに単なる情報ツールとして活用したり、と色々な使い方が提案されている。

 中でもAirCardと呼ばれるワイヤレス通信カードとインターネットを絡め、ネット上で展開するiPAQ.netとともにエンドユーザーにアプリケーションを提供しようという考え方は、デスクトップPC版やデジタルオーディオプレーヤ版のiPAQ(日本ではデスクトップPC版のみリリース)とともに使ったとき、新しい世界を垣間見ることができる。

 言うまでもなく、ネット上のサービスと僕らが普段利用するデバイスがシームレスに融合するために、ネットワークをうまく活用することは、今後のモバイル環境を考える上で非常に重要なことだ。AirCardは高速な通信こそできないが、月額固定で自由にネットへのアクセスを行なうことができる。

 しかし、今の日本のワイヤレス通信環境を見ると、PDAにフィットするような通信サービスが提供されていない。PHSは高速なデータ通信を実現するが、ダイヤルアップベースでの運用しか行なえないため、メールを自動配信したり、インスタントメッセージングへの応用という面で不満が残る。逆に携帯電話はパケット通信による擬似的な常時接続環境を実現できるが、PDAに内蔵あるいはカードなどで増設させるとした時、料金体系に対する不満が出てくる。

 たとえばiモードやPacketOneなどの無線パケット通信網だけを利用できるような契約が可能になれば、何らかの形でデータ通信専用の拡張ユニットでPDAをネット端末に仕立てられる。しかし、電話に対してさまざまな機能を集約しようとしている携帯電話キャリアに、そうしたサービスを行なうメリットはないだろう。

 Bluetooth対応が進めば、PDA自身にワイヤレス通信機能を内蔵しなくてもいいじゃないか、という議論もあるだろうが、ワイヤレス内蔵による「常に疑似ネット接続、必要なときにアクセス」というiモードライクな使い勝手と、使いたいと思ったときに携帯電話やPHSとケーブルなしで接続できる(これはこれで便利なのだが)、というのは使い勝手として異なると思う。


●携帯電話からはパケット通信だけを取り出せない

 しかし、携帯電話のパケット通信機能だけを取り出し、PDAなどのデジタルデバイスで利用するというのは、技術的に可能であっても、マーケティング的には実現されないだろう。携帯電話会社はデータ通信ではなく、音声通信による収入で事業を成り立たせているからだ。携帯電話の魅力の1つとして育てているサービスを、それだけが必要だからと言って音声サービスを切り離して販売するメリットはない。

 これは2.5Gや3Gの携帯電話ではより顕著だ。2.5Gや3Gでは高速のパケット通信を実現できるようになる。しかし3Gになって周波数帯が変わっても、基地局コストが同じならばビットレートあたりのコストは現行携帯電話の半分にしかならない。

 音声サービスに必要なビットレートが同じとすれば、3G化によって同一セルで2倍の回線をサポートできるようになり、携帯電話会社はよりローコストで音声サービスを実現できるというメリットがある。しかし、高速になったからといってデータ通信で帯域を食われてしまうと、そうしたメリットが相殺される可能性がある。ビットレートあたりのコストは半分でしかないのに、速度は数十倍になるからだ。増加が予想されるトラフィックのコスト負担を、どのように振り分けるか難しい問題だろう。

 PDAに超高速のワイヤレス通信サービスを提供しろと言っているのではない。たとえば3Gへの移行が進んだ後に、現在のiモードサービスを切り離して提供するというシナリオもあるかもしれない。しかし、いずれにしろ今すぐに何かが起こりそうな気配はないのだ。

 悲観的な話になったが、僕はもっとシンプルなワイヤレスサービスでもいいんじゃないかと思っている。たとえばページャ(ポケットベル)サービスを通じて、ちょっとしたメッセージの交換をインターネットとの間でできるだけでも、かなり有用ではないだろうか。


●PHSのパケット通信に期待

 PDAに内蔵するワイヤレス接続機能という意味では、携帯電話よりも、やはり消費電力が低く、ビットレートあたりのコストを低くできるPHSの方が期待できるだろう。DDIポケットは昨年から、PHSを使ったパケット通信サービスの開始をアナウンスしている。

 現在のPHSは回線交換方式のデータ通信しか行なえないが、パケット通信をサポートすることで、PDAなどでの使い勝手が大きく向上する。DDIポケットの計画では、32Kbpsのパケット通信と64K~128Kbpsの回線交換を組み合わせ、アプリケーションごとに接続方式をシームレスに切り替えることが可能なサービスを提供する。

 このサービスが実現され、またCF型の通信カードが提供されるようになれば、インスタントメッセージやメールなどが常時パケット通信で届き、さらにWebアクセスを始めたり、大量のデータダウンロードを始めると回線交換に自動的に切り替わる、といった使い方が簡単にできるようになる。

 またPHSが携帯電話の場合と大きく異なるのが、データ通信専用でPHSを利用することを考えた料金プランが、現時点でも用意されていることだ。データ通信専用に契約するデバイスに、数千円の基本料金など誰も払いたくはない。その点、PHSならデータ通信専用に1,000円を切る料金プランが存在しており、実質上、音声サービスが切り離されているのだ。

 まだ対応端末が出ていない状況で期待感だけ煽るのは時期尚早かもしれないが、PDAの身の丈に合う快適な通信サービスを利用するためのデバイス(通信カード)とサービスが提供されることを期待しようではないか。

[Text by 本田雅一]


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