大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

充実していたIBMの2度の記者発表会


 今回から、コラムを担当させていただくことになりました大河原です。私は、現在、コンピュータ・ニュース社が発行する業界専門紙「BCN(ビジネスコンピュータニュース)」で編集委員をつとめる傍ら、各誌で取材、執筆活動を続けております。
 そうした日々の取材活動のなかで接するパソコン産業のキーマンたちの言動などから、パソコン産業では何が話題となっているのか、そして、産業全体がどんな方向に向かおうとしているのかを、このコラムで浮き彫りにできたらと思っています。月1回のコラム執筆となりますが、よろしくお願いします。



●少なくなった製品発表会

 毎日原稿を書いている身としても、新連載の第1回目というのは、それなりに緊張するものである。そんな緊張感をもちながら、取材メモなどをめくっていたら、最近、パソコンの製品発表会が大幅に減少していることに気がついた。

 ちょうどこの時期は、3月の年度末需要に向けて、パソコンの新製品が相次いで発表される時期である。NECやソニーは、すでに1月の段階で新製品を発表、これらの製品が早くも秋葉原の売れ筋パソコンの上位に名を連ねている。今後は、2月下旬にかけて各社が新製品を五月雨式に投入、Macworld前後でアップルが新製品を投入するという手順だ。

 以前のように、Intelの新CPUの発売時期や、Microsoftの新Windowsの発売にそれほど影響されることなく、各社からハードが発売されるため、発売日を特定することは難しくなったが、逆にメーカー各社のマーケティング戦略が明確化されて、端から見ている方は楽しい。

 新製品の発表会が減ったという事実は、今年に入ってからマスコミを対象にした新製品発表会を行なったのは、いまのところ日本IBMだけであることからも明らかである。あとは、通称「投げ込み」と呼ばれるリリース配布だけで終わっている。

 製品発表会が少なくなったのはこの1~2年の傾向だ。NECも昨年後半に、インターネットを利用した個人支援サービス「121ware」を記者会見の形で発表したが、「パソコン関連で会見をやるのは、1年ぶりぐらいじゃないかなぁ。しかも、パソコンじゃない会見というのがいいだろう」と、NECソリューションズの富田 克一執行役員常務が冗談まじりに語っていた。パソコンの新製品は四半期に1度は登場しているのに、その会見はほとんどやらなくなったのが現在の傾向というわけだ。

 パソコン産業内においては、「時代はソリューションへ」と叫ばれているが、製品会見の減少は、これを具体化したものともいえ、いわば、箱(パソコン)売りからの脱却を目指す業界の流れに合致したものとみられる。メーカー側にも、「箱」の機能をいくら説明しても仕方がない、という意識があるからこそ、パソコン新製品の発表会は減少している。だが、企業の方向性を明確に打ち出す場としての活用は極めて重要だ。各社の方針のようなものが以前ほど紙面に露出しなくなったのも、会見数の減少が少なからず影響しているはずだ。

 まぁ、それは、記者が積極的に取材活動をしていない表われということもできるのだが……。


●高齢者市場を狙う日本IBM

 ところで、唯一今年に入ってパソコンの製品発表会を行なった日本IBMだが、なんと、1月23日、1月31日と2度も製品発表会を開催している。前者は、ITry(アイトライ)キットという、画面文字を大きくするなど高齢者でも使いやすい環境にパソコンを自動設定するためのソフトとAptivaシリーズの新製品の発表。後者は、モバイル環境での利用などを想定したThinkPad i Series 1124などThinkPadシリーズの新製品発表である。製品発表会の数を少なくするという各社の方向性には逆行しているが、2つも日本IBMが力を注いでいることがよくわかる充実したものだった。

 1月23日の会見については、昨年12月中旬の時点から、日本IBMの堀田一芙常務取締役が、「1月に記者会見やるから楽しみにしていてよ」と親しい記者にもらしていたし、その内容についても、「通称、踊り場会見」と、なんだかわけのわからないことをいって、記者の期待感を煽っていたほどだ。

 さて、その「踊り場会見」の内容だが、先にも触れたように、ITryという高齢者などを対象にしたソフトの発表がメインであった。堀田常務いわく、「このまま20歳代、30歳代を対象にしたパソコンばかりを出していても、パソコン産業は踊り場を迎えるだけ。高齢者層を開拓するパソコンを用意しなくてはパソコンメーカーは行き詰まりをみせる」というわけだ。

 もともと、日本IBMはキャラクターにSMAPの香取慎吾さんを採用するなど、若者を対象にした戦略をとってきた。かつて、高倉健さんをキャラクターに使って「俺にもできた」というセリフで展開していた富士通に比べても、高年齢層の購入比率は低いといえる。

 日本IBMの読みは、「20歳代は年代別で最もインターネットの普及率が高い上に、携帯電話への投資比率が高く、これ以上、市場を開拓するには、携帯電話の価格帯や普及率を意識した戦略を打ち出さなくてはならない。だが、50歳を越える年齢層は、パソコンやインターネットの普及率が低く、しかも資金的余裕もある。ここに向けたパソコンがあれば、一気に需要が増加するはず」(堀田常務)というわけだ。

 調査会社である日本ガートナーグループのデータクエスト部門では、「米国における家庭でのパソコンの限界普及率は76%だとみている。だが、日本では、高年齢層の利用が少ない分、10ポイント程度低い限界普及率になるだろう」という。つまり、米国ほど、高齢者のパソコン利用は多くないと読んでいるわけだ。

 こうした調査会社の発表とは裏腹に、日本IBMはここにパソコンの潜在需要を見いだし、シェア拡大を図ろうというわけだ。

 この戦略は、まずはズバリ的中したといえる。日本IBMによると、発表からわずか1週間で同社には5,000件を越える問い合わせがあったという。

 「読売新聞が、大和の事業所の電話番号を掲載したものだから、ここの担当者が電話に追いまくられた」(関係者)というこぼれ話もあったようだが、いずれにしろ、日本IBMの予測を上回る数の問い合わせが殺到しており、狙い以上の効果を発揮しているようだ。

 発表では明らかにされなかったが、日本IBMでは、キーボードの改良にも取り組んでいるとのことで、「社内ではおむつキーボードと呼ばれる、通常のキーボードにカバーをして、必要なキーだけを操作できるようなものも試作してみた」という。おむつキーボードが最終的に商品化されるかどうかは未定だが、高齢者向けの改良キーボードは、なんかしらの形で発表されることになりそうだ。


●超低電圧版Pentium IIIは忠誠の見返り?

 もうひとつの会見である1月31日のThinkPadの製品発表は、23日とは打って変わって、20歳代、30歳代が主要ターゲットとなる製品。米Dataquestが、2000年の全世界のノートパソコンの出荷実績でIBMがトップシェアを獲得したとの発表直後だったこともあって、日本IBM幹部も気合いが入った会見だったようだ。

 ThinkPadが日本で生まれた製品であるという自信の表われの一方で、その本拠地・日本において苦戦している点は大きな反省材料。そうした意味で、今回発表したThinkPad i Series 1124は、「いまのところ、日本での発売しか予定していない」(日本IBM)と、日本での起死回生をねらった製品ともいえるものだった。

 この会見で目玉となったThinkPad i Series 1124は、Intelの最新CPUである超低電圧版Pentium IIIを世界で初めて採用、これにより従来モデルと比較して電力消費を31%低減、標準バッテリで5時間、オプションのフルデイバッテリを利用することで約7.5時間の駆動時間を実現した。

 「本当に使っていながら、標準で5時間の駆動が可能。パソコンが『動く』ということと、パソコンが『働く』という差を感じてもらえるはず」と自信のコメントを発するところにも、完成度の高さを感じさせる商品だ。

 業界関係者の間では、「今回の新CPUは、いの一番にCrusoe搭載中止を決定したIBMへの優遇措置。Crusoe搭載パソコンを矢継ぎ早に投入した国産メーカー各社は後回しにされた」という噂がまことしやかに流れている。その真偽のほどはともかく、最新CPUを搭載した長時間駆動パソコンの売れ行きには大きな関心が集まっている。

 もうひとつ注目されるのが、この製品の価格だ。このスペックを実現していながらIBMダイレクト価格で198,000円という価格は、モバイル環境で使いたいというユーザーには魅力的だ。


●オプション部品を重視

 だが、注意しなければならないのは、オプション製品である。

 ThinkPad i Series 1124は、本体付属のソフトを、HDDにインストールするには別売りの外付けCD-ROMドライブが必須だ。また、飛行機のなかでも利用できるようにエアラインアダプタを用意、そのほか、企業データを保護するためのセキュリティキー、データの保管や機種間移動を容易にするための8MBのメモリーキー、1GBのmicrodriveなどのオプションの充実を図っている。つまり、モバイルで本格的に活用しようとすれば、いくつかのオプションの購入が必要になるわけだ。

 これはIBMに限ったことではないが、パソコン本体の価格競争によって、パソコン本体ではメーカー、販売店ともに収益を計上しにくい体質になっており、オプション製品の強化に目をつけはじめている。

 オプション製品は、それほど値引きをしなくてもユーザーは納得して購入する傾向が強いのに加え、専用製品となることから競合が参入しにくいというメリットもある。競合の激しいパソコンは安く見せておき、競合の少ないオプションで儲けるというわけだ。その際たるメーカーがソニーで、VAIOのカタログが、AV機器をはじめとするVAIO周辺機器のオンパレードといった様相で構成されているのを見ても明らかだろう。

 日本IBMの幹部も、「米国IBMに比べて、日本IBMはオプションの売上比率が低い」と語っており、オプション製品の販売増加がパソコン事業全体の収益拡大に結びつくと考えている。

 そうした意味では、パソコンを購入する際には、本体の価格だけに惑わされずに、自分が活用したいオプションを含めた価格で比較検討することをおすすめしたい。

 話はやや横道にそれたが、2回の日本IBMの新製品発表会見を通じて、同社のパソコンの製品コンセプトが多くの記者に伝わったのは事実だ。しかも、きっちりとした説明に終始していただけに、IBMの戦略が、他社に比べて「地に足がついた」ものという印象を与えた。

 この高齢者向け、あるいはモバイル環境向けという製品コンセプトを、ユーザーにどう浸透させることができるかを、見守っていきたいと思う。

(2001年2月15日)

[Reported by 大河原 克行]


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