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●モバイル用のCPUを開発中
IntelはついにCrusoe対抗の超低電圧版モバイルPentium III/Celeronを投入した。しかし、IntelのモバイルCPUの本命は、別にある。それは、早ければ来年後半、遅くとも2003年に登場する新設計のモバイル専用プロセッサだ。
このコラムではすでに伝えたが、Intelはモバイル専用の次世代CPUを開発している。Intelのドナルド・マクドナルド氏(Director MPG Marketing, Mobile Platforms Group)によると、これは「Pentium IIIともPentium 4とも異なる、ブランドニューのマイクロアーキテクチャを持つプロセッサ」だという。また、このプロセッサの開発を行なっているのは、従来IntelのメインのCPU開発を行なってきたオレゴンやサンタクララの部隊ではない。「モバイルプロセッサ群の開発を担当しているのはイスラエルの開発チームで、500名のエンジニアがいる。これは統合プロセッサ『Timna(ティムナ)』を開発していたチームだ」という。Timnaは、製品化こそされなかったがその性能と機能はIntel社内でも高く評価されていたという。その折り紙付きの技術力が、今度はモバイルに振り向けられることになった。
●制約がある超低電圧版モバイルCPU
Intelが今回出した超低電圧版モバイルPentium III/Celeronは、現行のPentium III/Celeron(Coppermine:カッパーマイン)の中から、低い電圧でも動作するチップを選別して製造している。そのため、1枚のウエーハから採れる超低電圧版モバイルPentium III/Celeronの数はある程度限られる。つまり、ニッチマーケットの需要を満たすことはできるが、モバイルCPUすべてを超低電圧版にすることはできない。
また、通常CPUは高電圧であればあるほど高クロックで動作する。1.1Vで500MHzで動作するCPUは、通常の電圧なら800MHz以上で動作する高価格品であることが多い。そのため、Intelは本来なら高価格で売れる高クロック品を、超低電圧版にするためにわざわざクロックと価格を落として安売りしなければならない。Intelとしては、経営上の観点からはCPUの平均販売価格(ASP)を落とす、あまり歓迎できないソリューションなのだ。
だが、イスラエルで開発しているモバイルプロセッサは、おそらく、この問題を抜本的に解決できる。初めから消費電力と発熱を下げることを前提にしたプロセッサなら、選別する必要もなく、モバイルCPU全体の消費電力と放熱を引き下げることができる。
●モバイルPentium 4は30Wの“ホット”なCPU
では、IntelのモバイルプロセッサはどんなCPUになるのだろう。
あるOEMメーカーによると、Intelはモバイルプロセッサについて、Pentium 4のようにクロックを上げることにフォーカスしたCPUではなく、消費電力当たりの性能を重視したアーキテクチャになると説明したという。これは、Pentium 4とは対極的な発想だ。Pentium 4は、クロックを引き上げることを重視し、トランジスタバジェットをクロック引き上げに使った。つまり、パイプラインを深くし、そのための複雑な制御と、ディープパイプラインによるペナルティを抑えるためにトランジスタを割いた。その結果、Pentium 4は性能当たりの消費電力、特に整数演算性能に対する消費電力が大きく上がっている。
業界関係者によると、Intelは、来年第1四半期に0.13μm版Pentium 4(Northwood:ノースウッド)のモバイル版を1.5~1.6GHzで投入する予定だという。しかし、このモバイルPentium 4はかなり熱い。駆動電圧はデスクトップ版Pentium 4より下げるのだが、それでも熱設計電力(TDP:Thermal Design Power)の典型値は30Wになると言われている。今のデスクトップ版0.18μm版Pentium 4(Willamette:ウイラメット)のTDPが1.5GHz時に54.7Wなので、NorthwoodのTDPは同クロック換算ではWillametteのほぼ50%となる。これは、プロセスの移行でキャパシタンスが×0.7に、電源電圧が×0.8になったと考えると、キャパシタンス×電圧の二乗=0.5になるので、計算上は合う。
しかし、モバイルPentium IIIが850MHzでもTDP(typical)は20Wレベル、デスクトップのスリムタワーに入れられるTDPが35W程度であることを考えると、いくら下がったとはいえ30Wはとてつもない数字だ。ノートPCと言っても極厚のフルサイズA4ノートになんとか入る程度だ。Pentium 4のアーキテクチャでは、薄型A4ノートPCに浸透できるのは、2003年後半の0.10μmプロセスからで、その段階でもミニノートやサブノートには入れにくいだろう。
●トランジスタ数の減少がカギ
CPUのTDPに大きく影響するのは、電源電圧とクロックとロジックのトランジスタ数、それにリーク電流だ。このうち電源電圧は製造プロセスである程度決まってしまうので、リーク電流を抑える工夫の他は、原理的にクロックとトランジスタ数をなんとか減らす以外にない。
Intelのモバイルプロセッサは登場時期から考えると、まず0.13μmで製品化し0.10μmへシュリンクすると考えられる。クロックは、市場を引っ張る要因なので「0.13μm版Pentium III(Tualatin:テュアラティン)」以上、つまり1GHz台を考えなければならないだろう。そうすると、モバイルプロセッサではロジックのトランジスタ数をある程度抑えなければならなくなる。おそらく、ロジックのトランジスタ数はPentium 4(L1を入れて2,000万個台)より少なく、Pentium III(L1入れて950万個)より多いレベルになるのではないだろうか。単純計算では、ロジックのトランジスタ数が1,500万個だとしたら1.5GHz時にTDPが20W程度になる計算になる。その代わり、L2キャッシュSRAMは比較的多めに搭載するかもしれない。
また、モバイルプロセッサでは、Pentium 4のようにトランジスタをクロックを引き上げる設計ではなく、クロックを上げなくてもある程度性能が出るような設計にするだろう。つまり、1サイクルで実行できる命令数(instruction per cycle:IPC)の向上を図ると思われる。その方が消費電力当たりの性能を向上させることができるからだ。
しかし、モバイルプロセッサはPentium 4とは命令セットは互換になる、つまりSSE2を搭載する可能性が高い。例えば、Intelのパット・ゲルシンガー副社長兼CTO(Intel Architecture Group)はモバイルプロセッサについて「Pentium 4の機能のいくつかを、低消費電力モバイルセグメントにももたらすもの」と説明している。おそらく、命令セットとシステムバス(フロントサイドバス)が互換になるのではないだろうか。
●市場の発展に合わせたモバイルCPU開発
じつは、Intelがx86 CPUで、モバイルに完全に特化したアーキテクチャを開発するのは、これが初めてだ。マクドナルド氏によるとその理由は「ノートPCの市場が世界中で拡大しており、日本のように大きな割合を将来占めるようになるとIntelが認識しているから」だという。つまり、モバイル市場が専用CPUを開発しても見合う規模になると考えているのだ。
それから、デスクトップ用に設計したCPUのTDPがどんどん上がりつつあるという技術的な背景もある。CPUのTDPは、以前はプロセステクノロジが次の世代になる2年ごとにいったん元の水準にまで落ち、次世代アーキテクチャCPUコアが2年ごとに出ると上がるという『ノコギリの刃』パターンだった。しかし、現在のCPUは、プロセス世代が次に移っても元の水準にまでTDPが下がりきらず、さらに高い水準へと上がってしまうパターンになりつつある。
◎かつてのCPUのTDPのノコギリパターン
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◎現在のCPUのTDPのカーブ
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●IA市場も視野に入れた展開?
モバイル専用のプロセッサを開発するというのは、Intelの戦略にとって大きな転機だ。Intelは、これまでデスクトップCPUをモバイルに転用するというアプローチしか持っていなかった。だが、これからは、Intelのx86 CPUはデスクトップとモバイルの2極に分かれて行くのかもしれない。
というのは、モバイルプロセッサの応用分野はノートPCに限られないからだ。いわゆるインターネット家電(IA)の上級機種では、現在x86 CPUが求められている。インターネットアクセスで、ブラウザのプラグインソフトなどでPCとの互換性が必要とされているからだ。OSはWindowsではないIAであっても、CPUがx86であれば、プラグインの移植は容易となる。
Intelのモバイルプロセッサは、ノートPCだけでなくこのエリアも視野に入れている可能性が高い。IAのエリアでは、携帯デバイスでない場合でもファンレス(ファンなし)設計のためにTDPの低いCPUが求められているからだ。また、他社も同じ市場に向けて製品を投入し始めている。PC系のチップメーカーだけ見ても、TransmetaはすでにここにCrusoe TM3xxxシリーズを持っているし、VIA TechnologiesはCyrix IIIコアの「Matthew(マシュー)」を、SiSは「SiS5xx」シリーズを今年後半に投入する計画だ。
Timnaは、グラフィックスコアとノースブリッジを統合しながら、ダイサイズ(半導体本体の面積)を極めて小さく抑えた優秀なプロセッサだった。Timnaを実際に見たことがある関係者によると、TimnaのダイはほぼCeleron(Coppermine)と同じサイズだったという。これだけのダイの縮小は、CPUコアの各機能ブロック間の配線面積を各セル(機能ブロック)の上に配線レイヤーを配置することなどで減らしたり、ゲートサイズを減らすことで実現した。
Timnaでこうしたテクニックを発揮したイスラエルチームの開発するモバイルプロセッサは、CPUコア部分のダイサイズが小さくなることが予想される。その分、ある程度大きなL2キャッシュSRAMを増量することは容易だろうし、また、将来的には再びTimnaのようなチップセットとの統合製品をリリースするかもしれない。
(2001年2月5日)
[Reported by 後藤 弘茂]