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後藤貴子の 米国ハイテク事情

そして誰もいなくなったMicrosoft


●もう人がいない

 あなたが大金持ちで、Microsoftをまるごと買うつもりなら、今が買い時だ。3,200億ドルほど必要だが、このお値段は昨年末の約半額。もちろん、これは株価が下落したからだが、下落の理由はMicrosoftを支える人材がすっかり枯渇したことにある。ソフトウェア企業の唯一の資本である“人”がいなければ、将来は暗い。この2年ほどで、Microsoftから有名な幹部がどれだけ減ったかを見れば、会社の値段が前と同じでいいはずがないのだ。

 例えば最上級幹部で辞めたのは、

 CTO (Chief Technology Officer)だったネイサン・ミアボルト氏
 CFO (Chief Financial Officer)だったグレッグ・マフェイ氏
 Windows 95部門統括者だったブラッド・シルババーグ氏
 Interactive Media Groupを統括していたピート・ヒギンズ氏など。

 それから、その下のクラスの幹部でも、

 MicrosoftにWebTVをもたらし、統括していたスティーブ・パールマン氏
 BackOfficeのマーケティングを統括していたリッチ・トン氏
 Developer Marketing and Platforms Solutions Group統括だったトッド・ニールセン氏などがいる。

 そしてこの9月にはついに、そのリストに、Platforms Strategy and Developer Group 担当グループ副社長のポール・マリッツ氏と、Microsoftの共同創設者のポール・アレン氏が加わる。

 9月半ばに辞任を発表したマリッツ氏は、“Microsoftの未来”「.NET」の統括責任者であり、ゲイツ氏、バルマー氏に次いで、ほぼNo.3的地位にあった人物だ。IntelからMicrosoftに移り14年間、Microsoftのほとんどすべての主要プロジェクトに関わってきた。

 11月の株主総会を最後に退任するというアレン氏は、社員ではなく取締役会の役員だが、それでも社外からさまざまな形でゲイツ氏やMicrosoftを助けてきた。また彼はコンピュータ業界の生きた伝説であり、役員会に在籍しているだけでMicrosoftが他社と別格化されるだけの影響力があった。

 もちろん他の流出幹部も、みな優秀で、重要な役割を担った、Microsoftには不可欠の人材ばかりだった。
 例えばミアボルト氏は、もとは、あのスティーブン・ホーキング博士のもとで研究をしていた宇宙物理学者。請われてMicrosoftに来てからは、ゲイツ氏に同社の将来戦略のビジョンを与え、先端技術研究に携わってきた。

 シルババーグ氏はBorlandのエンジニアリング部門副社長の地位を捨て、'90年にMicrosoftに移ってきた。それ以来、Windows 3.1、Windows 95、さらにInternet Explorerなど、困難な大プロジェクトを次々とまとめ上げてきた。Microsoftに今日の成功をもたらした功労者だ。

 中堅幹部でも、パールマン氏のように自らWebTV Networksを興すだけの開発力も経営力もあったのに、WebTVをMicrosoftに売却後、幹部となってMicrosoftに残っていたという逸材もいた。


●燃え尽きた幹部たち

 さて、役員のアレン氏は別として、去った社員幹部らはMicrosoftに来たときのようにライバル会社に移籍したのか。そうではない。彼らは燃え尽き、全然違う生活を送りたくなったのだ。おもな転身パターンは3つある。

 ひとつは“若隠居”。辞任後の予定を探った報道を総合すると、とにかくのんびりしたいという幹部たちの渇望が伝わってくる。

 マリッツ氏は故郷ジンバブウェの牧場で家族と過ごすという。

 ミアボルト氏は、家族と恐竜の化石探しに出かけると言って1年間の休暇を取り、休暇後も完全復帰せずに、パートタイムのアドバイザーになったという。

 シルババーグ氏もミアボルト氏同様、長期休暇で自転車旅行などに興じ、Microsoftのパートタイムアドバイザーになったという。

 「さぼりたいんだ」という名セリフを残したヒギンズ氏も、「Microsoft's Interactive Media Group Loses Chief, Clouding Unit's Future」(The Wall Street Journal,'98/11/11,有料サイト、http://interactive.wsj.com/から検索)に、子どもたちを学校まで送り、ゴルフスクールに通い、1日1冊本を読む生活をしたいと語った。

 ふたつ目は“半ビジネス”。第一線で汲々とするのではなく、IT産業の熱気を間接的にだけ楽しみたいというわけだ。

 これにぴったりなのがベンチャーキャピタリストで、シルババーグ氏、ヒギンズ氏、パールマン氏などが転身している。

 3つ目は“趣味ビジネス”。
 「プロボウラーになる」と言って辞めた元オフィス部門の副社長クリス・ピータース氏がそうだ。彼は、自分に実力がないと悟ると、全米ボウリング協会を買い取り、人気薄のボウリングの改革に乗り出してしまった。

 スタートアップ(新興企業)などに転職した者もいるが、一般的であるはずのこのパターンは、Microsoftの大幹部では少数派だ。これを見れば、Microsoft幹部は燃え尽き症候群としか思えない。その理由は何だろう。


●燃え尽きの理由は何か

 Microsoftには「n-1の法則」という有名なルールがある。これは、ある部署でn人の人材が必要な場合、そこから1を引いた数を充填するという法則だ。つまり、Microsoftは少ない人数をがむしゃらに働かせてきた。エグゼクティブも同じことで、むしろ幹部になればなるほど忙しかった。忙しすぎれば燃え尽きるというのはわかる。でも、忙しいのは今に始まった話ではない。

 忙しさが理由でないとすれば、彼らが若くなくなり、リッチになりすぎたのが理由だろうか。
 たしかに、これら有名幹部は、大体30代後半~40代。働きづめの前半生にふと疑問を抱く時期ではある。しかも、彼らのように後半生を遊んで暮らすだけの大金があれば、働くモチベーションが減るのは不思議ではない。でも人一倍エネルギッシュな彼らにとって、40代は“まだまだ”の年代でもある。もし仕事に十分充実感があれば続けられるはずだ。

 ヒントは、VCに転身したシルババーグ氏のコメントにありそうだ。「High-tech executives offer start-ups guidance, access to cash」(The Seattle Timesm, 4/25/2000)で、投資先のドットコムについてこう言っている。
「(同社は)“これが私の生涯を捧げたいことだ”と琴線にふれた。スタートアップは楽しくエキサイトメントだ。生まれ変わるようだ。10回くらいやってもいい」。

 裏返すと、Microsoftが楽しくエキサイトメントでなくなったために、彼は疲れ果て、離れたくなったと言っているわけだ。身の振り方から見て、他の幹部もこの気持ちは同じだろう。

 では、Microsoftがエキサイトメントでなくなったのはなぜだろう。
 組織が巨大になり、硬直化してしまったのか。裁判など、本来の仕事をそぐものがありすぎるのか。それもあるかもしれない。でも、裁判や大組織の弊害もまた、今に始まった話ではない。以前の幹部たちは、そんなマイナスをはねのけていた。


●トップ自身がビジョンを失ったMicrosoft

今年初め、ゲイツ氏はCEOから退き、Chief Software Architect(CSA)になった。経営の第一線から引いて、次世代テクノロジーの開発指揮という、自分の好きなことだけをやるようにしたのだ。この人事とMicrosoftの人材流出は、密接に関係しているように見える。

 かつてのMicrosoftの特徴は良くも悪くもナード(ハイテクおたく)なゲイツ氏が率いていたことにあった。ちょっと青臭い言い方だが、彼はハイテクの未来を語って熱くなるリーダーで、だからナードが自然に惹かれて会社ができたのだ。Microsoftのごく初期には、ゲイツ氏自身がプログラムを書いて会社の机の下で寝るような少年だったわけで、その後のMicrosoftの忙しさもアグレッシブさも、ゲイツ氏の性急な性質を投影してきた。最初の著書「未来を語る」でも、ゲイツ氏はまさに(彼なりの)未来を熱く語っており、ナード少年の面影を見せていた。

 だがゲイツ氏は3年くらい前から変わり始めた。世界的大企業の長、大富豪にふさわしく行動することが求められるようになったからだ。より普通のCEOらしくふるまうことが対外的に必要になった。彼はゴルフをし、スーツを着て議会で証言をするようになった。2冊目の著書「思考スピードの経営」は企業経営の仕方などを説くものに変わった。それとともに未来のビジョンをしゃべりまくるナードの影は薄れていった。
 そしてこのゲイツ氏の変身と幹部の流出が始まる時期は大体一致する。つまり、この頃から、Microsoftは有能なナードたちに対する求心力を失ってきたのだ。

 Microsoftの出す製品や戦略の影響力低下も、この頃から始まったように見える。

 例えばWindows 95が出たときは、日本でも米国でも、一般のメディアが社会現象として大きくこれを報道した。製品発売時のMicrosoft自身の入れ込みもひとしおで、本当にこれでコンピューティングが変わるかもと、思わせてしまう迫力があった。だが、Windows 2000はもはや、一般メディアが取り上げる社会現象的な製品ではない。

 ゲイツ氏がCEOを退いたのは、この数年の失敗の原因に気づいたせいではないだろうか。つまり、最高経営責任者というナードらしからぬ器に自分を押し込めたことで、ゲイツ氏自身が仕事をエキサイトメントと感じられなくなり、そのために、幹部を惹きつけられなくなったことに気づいたのだ。

 だが、今年に入っても幹部流出が止まらず、しかも第一線にいるわけではないゲイツ氏の盟友アレン氏までもが去るのを見ると、ゲイツ氏のナードへの回帰はうまくできていないのかもしれない。.NETは、Microsoftは、この先どうなるのだろうか?

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【9月29日】Microsoftの共同創設者、ポール・アレン氏退任
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000929/ms.htm
【9月22日】ポール・マリッツ氏が抜けてがらんどうになるMicrosoft
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20000922/kaigai01.htm

[Text by 後藤貴子]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp