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後藤弘茂のWeekly海外ニュース

ポール・マリッツ氏が抜けてがらんどうになるMicrosoft


●キーパースンを失ったMicrosoft

 「.NET」は、Microsoftにとって最大のアーキテクチャチェンジで、同社はこれに社運を賭けている。なのに、今、その.NETのテクノロジ開発を統括してきたMicrosoftの最高幹部ポール・マリッツグループ副社長(Platforms Strategy and Developer Group 担当)が辞めようとしている。そしてマリッツ氏は、Microsoftを辞める最後の大幹部となりそうだ。というのは、Microsoftベテランの大幹部の多くがこの2~3年で同社を去っており、マリッツ氏はほとんど最後に残ったひとりだからだ。.NETのキーパースンを失ってMicrosoftは大丈夫なのか。

 マリッツ氏の辞任の意味と意外性を説明するには、Microsoftが3月に行なった組織変更にまでさかのぼらなければならない。この時の人事で注目されたのは、マリッツ氏の権限拡張だった。それまで、マリッツ氏は言語製品や開発環境を統括するデベロッパーグループの担当だった。ところが、3月の組織変更の結果、マリッツ氏はプラットフォームストラテジ & デベロッパーグループの担当となり、カバーする領域が“プラットフォーム戦略”にまで広がった。“プラットフォーム戦略”は、これまでWindowsを統括するプラットフォームグループを担当するジム・オルチングループ副社長の領域だと見られていたが、3月からは、オルチン氏はプラットフォームプロダクトグループの担当へと変更されている。

 これを文字通り受け取るなら、マリッツ氏の役割が拡大し、言語や開発環境だけでなくMicrosoftのプラットフォームの舵取りも担当するようになったことになる。実際報道でも、この組織変更でアルチン氏の権限が縮小され、.NET(当時はNGWSと呼ばれていた)を担当するマリッツ氏へとプラットフォーム開発の主導権が移ったという観測が多かった。それは、「.NET Framework」など.NETの根幹となるテクノロジは、すべてマリッツ氏のグループが開発したものだったからだ。

 そして、今後のMicrosoftの舵取りはマリッツ氏が担うという見方が決定的になったのは、.NETの技術的な概要が発表された7月のMicrosoftの開発者向けカンファレンス「Microsoft Professional Developers Conference 2000(PDC)」だった。これまでこうしたカンファレンスで、Microsoft OSのロードマップについて説明するのは、アルチン氏の役割だった。ところが今年のPDCでは、Microsoftはこのプラットフォームの大改革やMicrosoft OSの将来の解説をマリッツ氏にまかせた。そしてその間、アルチン氏はどうしていたかというと、2カ月以上の長期休暇に入ってしまったのだ。

 こうした動きは、.NETが今までのWindowsというプラットフォームを崩してしまおうという戦略であることを考えると当然とも言える。つまり、.NETが展開すると、アルチン氏の担当するWindows OSはだんだん重要性が薄くなってしまう。そのため、不可解な長期休暇に入ったオルチン氏がこのまま辞職してしまうのでは、という憶測が、この夏飛び交った。Microsoftの幹部は、しばしば長期休暇からそのまま辞職へ向かうからだ。

 ところが、フタを開けたら辞職すると言い出したのはマリッツ氏の方だったというわけだ。

●.NETを無事発表したから辞任?

 だが、事実はそんなに意外な事件ではなかったらしい。報道を見ていると、実際にはマリッツ氏は以前から辞任を考えていたようだ。マリッツ氏の辞任をスクープした「Microsoft's Paul Maritz to Retire, Adding to Long List of Departures」(The Wall Street Journal Interactive Edition,2000/9/14)は、Microsoft内部ではマリッツ氏の辞任は予期されていたと伝えている。例えば、'99年にはマリッツ氏は自分の持つ権限の多くを委譲していたという。実際、こうした動きを受けて、同年7月には、マリッツ氏が2000年に引退するという報道がメディアにあふれた。この時の記事にはMicrosoft社員のコメントが引用されているものも多く、この時点でマリッツ氏の辞意は堅く、すでに準備が始まっていたと思われる。

 それなのに、なぜマリッツ氏は、権限拡大のように見える役職まで引き受けてMicrosoftを続けてきたのだろう。「Another star jumps ship: Microsoft loses backbone of developer relations」(The Seattle Times,2000/9/14)は、Microsoftのインサイダーからの情報として、.NETを開発するまでは辞任を待ってくれとスティーブ・バルマー社長兼CEOに慰留されたという。これはいかにもありそうな話だ。.NETを無事発表して重荷を下ろしたところで辞任の意向を明らかにしたというなら、時期的にもピッタリ当てはまる。


●Microsoftの切り札的存在

 だが予期されていたとしても、マリッツ氏の辞任はMicrosoftにとって大きな痛手だ。それは.NET戦略をハンドルさせるのに、マリッツ氏がうってつけの人物だったからだ。

 マリッツ氏は、一見して、Microsoft幹部の一般的なイメージに合わない。カンファレンスでスピーチを何回か聞いたことがあるが、アグレッシブで機関銃のようにしゃべるビル・ゲイツ会長兼CSA以下のMicrosoftスタイルとは対照的に、穏やかに落ち着いて語る。実際、マリッツ氏に関しては、控えめで思慮深く常に冷静なリーダーの中のリーダーといった人物評が多い。元Intelマンというのも、イメージにぴったり合っている。

 もっとも、温厚なだけの人物ではないことは、Microsoft裁判の記録や報道を見ているとよくわかる。あの裁判では、マリッツ氏も証人として出廷。マリッツ氏の過去の発言とされる「彼ら(Netscape)への空気供給を断つつもりだ。彼らが売るものはなんでも我々は無料で配る」などについて、攻防が繰り広げられた。本当にマリッツ氏がこう言ったのかどうかはヤブの中だが、マリッツ氏が容赦なくライバルを叩く点ではきっちりMicrosoftスタイルを身につけているのは確かだ。

 そして、マリッツ氏はあの裁判の中で、不用意な証言や証拠で墓穴を掘らなかった数少ないMicrosoft幹部のひとりでもある。激しい尋問に落ち着いて対処し、ミスターノーと呼ばれるほど相手に言質を与えなかった。つまり、これまでにない事態に直面しても、うろたえてボロを出さないような冷静さを持っているということだ。


●数少ない開発リーダーのひとり

 冷静でミスがないマリッツ氏が、Microsoftの.NETにとって重要なのは、これまでMicrosoftの開発リーダーとして何度も大型プロジェクトを切り回してきた経験を持つことだ。初代Windows NTを始め、マリッツ氏が舵取りをしたプロジェクトは多い。.NETのようにOS規模のプロジェクトになると、いちばん大切なのはプロジェクトが迷走しないように舵取りをするリーダーだ。これまでも、リーダーが欠けたために結局モノにならなかったプロジェクトはヤマのようにある(CoplandとかPinkとか)。.NETのようにやらなければならないことが膨大だと、トップクラスのリーダーが必要になる。経歴からすると、マリッツ氏はMicrosoft社内で、そうした舵取りができる数少ない人物だ。

 また、.NETは新しいプラットフォームを立ち上げるプロジェクトだ。そして、新プラットフォームの立ち上げで重要になるのは、どれだけ多くのサードパーティから支持を取り付けるかだ。サードパーティの支持集めに失敗したプラットフォームは衰退してしまう(OS/2のように)。その点でも、Microsoftの最大の強みである開発者との緊密なリレーションシップを保ってきたデベロッパーグループの担当者マリッツ氏は適任だ。

 しかし、ここまでに指摘してきたこと以上にマリッツが重要なのは、彼が、Microsoftにとってほとんど最後に残ったトップ幹部だということだ。Microsoftからは、この2~3年で主要な幹部がぼろぼろと抜けていった。例えば、CTOだったネイサン・ミアボルト氏、Windows 95の父ブラッド・シルババーグ氏、インタラクティブメディアグループを統括していたピート・ヒギンズ氏などがMicrosoftを辞めている。社外的にも知られる有名な人材で残っているのは、ゲイツ氏本人とスティーブ・バルマー社長兼CEOを除けば、数えるほどしかいない。中堅幹部もボロボロと抜けていることを考えると、後継人材もそれほど充実しているとは思えない。

 Microsoftにとって切り札と言うべきマリッツ氏の辞任は、Microsoftが苦境にあることを決定的に浮き彫りにした。


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(2000年9月22日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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