●ブッシュ支持に“変わった”ハイテク業界
米ハイテク業界は次期大統領にブッシュ氏(共和党)とゴア氏(民主党)の、どちらを望んでいるか。
答えはブッシュ氏だ。その証拠にブッシュ氏のほうがハイテク業界からの献金を稼いでいる。政治監視団体Center for Responsive Politicsの調査で見れば、差は歴然。Computer Equipment & Services産業の献金は約879,000ドル対約412,000ドルと、ブッシュ氏が2倍以上稼いでいる。Communications/Electronics業界の総額で見ても、ブッシュ氏2,654,000ドル強に対し、ゴア氏は2,089,000ドル弱だ。
ところが業界は、8年前と4年前の選挙のときは、クリントン&ゴア氏についていたのだ。特にゴア氏に関しては、「ゴアテックス」と呼ばれる熱心な支持者たちがいたくらいだ。Gore+Techを同名の布地とひっかけた造語で、シリコンバレーで最も有名なベンチャーキャピタリストJohn Doerr氏のほか、元NetscapeのMark Andreessen氏やYahoo!のJerry Yang氏などもゴアテックスに数えられていた。なのにいったいなぜ、ハイテク業界は今回の選挙戦でゴア氏を捨て(ゴアテックスも最近は減少)、ブッシュ氏をとるのだろう。
●8年前、4年前はゴア氏を歓迎
一番大きな理由は、この8年間にハイテク業界が経済的・政治的に成長し、事情が変わったことだろう。業界の政治化の経緯を見てみよう。
8年前、ハイテク業界はまだ今のように大化けしておらず、政界は、あまりハイテク業界に注目していなかった。業界のほうも特に規制や法律に患わされることがなかったため、政治に関わる必要を感じていなかった。それに西部の若いテッキー(ハイテクおたく)の業界トップたちにとって、東部の政界の人々はタイプや世代の点でも隔たりがありすぎた。
そんなとき出てきたのが世代的に近いベビーブーマーのクリントン&ゴア氏だ。なにしろ'92年の選挙は再選をねらうブッシュ(父)氏が相手だったから、ハイテクトップたちにはクリントン&ゴア氏のほうが、ずっと親しく感じられただろう。また、“ハイテク通の政治家”ゴア氏は、驚きを持って歓迎されたはずだ。
なぜなら、政治家といえばハイテク業界に無関心だっただけでなく、ふつうはテクノロジーそのものにも無理解だからだ。ところが、ゴア氏は早くから「情報スーパーハイウェイ」構想などを唱え、テクノロジーの未来を語ってきた、珍しい政治家なのだ。
つい最近の民主党指名受諾演説の中でも、ゴア氏は、「あなたがインターステートハイウェイで大型トレーラーに乗っているのであれ、インターネットでeコマースに乗っているのであれ……」とか「アポロ11号のメインコンピュータに勝るコンピュータパワーがパームパイロットにあるこの時代に……」とかいった言葉を織り込んだ。
もちろんこれらの表現はテクノロジーの理解者を強調したいための政治的ポーズではある。また、かつて「私がインターネットを発明した」などのおバカ発言を報道されたこともあり、“理解”の程度もたかがしれているかもしれない。が、それでも演説の中の表現はゴア氏のテクノロジーへの強い興味を示しているし、そうした表現のまったくないブッシュ氏とはやはり対照的だ。
だから、かつてのハイテク業界人たちは自然にゴア氏らになびいたのだ。もっともこの頃は選挙への貢献などはごくごく小さなものだった。
●政治慣れしていく業界を失望させたゴア氏
だが、'96年前後から業界は政治家とのコネクションを積極的に探り始める。インターネットの興隆とともに、通信関係などの規制を有利に変えさせる必要が増えたためだ。例えばハイテク業界のロビー団体Technology Network(TechNet)がDoerr氏を中心にして作られたり、MicrosoftがワシントンDCにオフィスを構えたりした。この頃も初めは、ゴア氏は頼りにされていた。Microsoftのゲイツ氏が自邸で開いたCEOサミットにゴア氏が呼ばれた'97年初めは、ゴア氏の絶頂期だったといえるだろう。
ところが、このようにハイテク業界が政治にコミットするようになるにつれ、変化が起きる。まず、多くの政治家が、ハイテク業界が新しい金ヅルになると気が付いた。そしてハイテクが経済の中心となって、全米各地でハイテク企業の誘致が行なわれたり、ネットサーフィンがかっこいいことの代名詞になるにおよび、政界のハイテクへの関心がますます高まった。このため、ハイテク業界にとって、ゴア氏だけが自分たちに注目してくれる特別な政治家というわけではなくなった。ハイテク業界が政治家を選べる立場に変わったのだ。
しかも、こういう変化が起きている間、ゴア氏は業界の期待を次々と裏切ってきた。クリントン&ゴア政権は、法案や規制などをハイテク業界の望む方向にドライブしなかったのだ。例えばゴア氏らは、'96年初め、悪名高き通信品位法(CDA)を成立させた(後に骨抜きになった)。また、暗号輸出規制の緩和も渋ったし、いまだに、不足するハイテクエンジニアを外国人移民で補うためのビザ枠拡大でももたついている。
もっとも、これはゴア氏の責任ばかりではない。彼一人ではどうにもならない、民主党の事情、政府の事情があったからだ。
CDA成立は子供の教育などにやかましい中流の突き上げを食ってのことだ。中流層が弱い民主党は、彼らの支持を失いたくなかった。暗号輸出規制緩和には国家安全保障局などの官僚の強力な反対があった。また、ビザ枠拡大には民主党の伝統的支持層である、労働組合の反対がある。
●産業は成長すると共和党寄りになる
ここでちょっと目をハイテク業界の外にやってみよう。ゴア氏よりブッシュ氏に多くの献金を貢いでいるのは、じつは、ハイテク業界だけではない。米国のほとんどの主要産業業が民主党のゴア氏より共和党のブッシュ氏に、はるかに多額の献金をしているのだ。
というのも、前回ちょっと書いたように、労働者の福祉などに力を入れる民主党はもともと企業向けの政党ではない。企業活動への政府の介入や増税を嫌う共和党のほうが、ずっと企業寄りだ。
だからゴア氏が副大統領として苦戦したのは仕方ない点があるし、企業のトップやエグゼクティブなら、共和党支持になるのがむしろ自然な流れだと言える。それなのに以前はゴア・民主党支持のトップらが多かったのは、それだけハイテク産業のビジネスと政治とが無関係だったこと、ゴア氏個人が魅力的と思われていたことの証拠だろう。そして共和党寄りになったのは、それだけハイテク業界が政治的に“成熟”してきた証拠なのだ。
●半可通の大統領などいらない
しかし、ゴア氏からブッシュ氏に好みが移った理由は、所属政党のせいだけではないだろう。
まず、どんな理由があったにせよ、ゴア氏の“失敗”は、「ハイテク通を自認する政治家を応援しても、結局思うように動いてくれない」という幻滅を生んだ。
そもそも二大政党制の米国ではひとつの政党だけを支持してもう一方は無視というわけにいかないし、法案の議決などの際は、議員が党中央の意向より自分の選挙区や支持団体の利益を優先しがち。だからハイテク業界の政界対策としては、党にこだわらず個々の議員に働きかけたほうが有効だ。
それなら、生半可にハイテク通で自分の意見を持った政治家より、業界の説明を素直に信じてくれる、ハイテクコンプレックスを持った政治家のほうが御しやすくていい、政治慣れするにつれ、業界人らは、こう学習したのではないだろうか。
つまり、ハイテク音痴だからこそ、ブッシュ氏がハイテク業界に好まれるというわけだ。
●チェンジを求めるハイテク業界の気風
だが、ブッシュ氏支持に傾いた一番の決め手は、ブッシュ氏が新顔候補だということだろう。
米国民には常に、「チェンジ」を求める性質がある。仮に米国の好景気を導いたのが現政権の功績だったとしても、8年も政権にいたゴア氏と民主党にそのまま次の4年もゆだねることを、米国民は嫌う。彼らの感覚では、そろそろチェンジのときなのだ。
イノベーションが何より大切なハイテク業界では、こう思う傾向は特に強いはずだ。去年から今年初めにかけ、民主党内で大統領候補の指名争いをしていたときでさえも、ゴア氏でなく新顔のブラッドレー候補を推すハイテクトップが多かった。これが何よりの証拠だろう。
'92年には、民主党のクリントン&ゴア氏が、共和党からのチェンジだった。'96年も、相手は超古参議員のドール氏だったから、ゴア氏らはチェンジの側のままだった。それが今度こそ、ゴア氏が古いほうに回ってしまったのだ。
このようにハイテク業界に離れられてしまっては、ゴア氏が「(ハイテクで)好景気を維持できる候補」のイメージを一般国民に持たせ続けることも、困難かもしれない。
[Text by 後藤貴子]