1.13GHz版Pentium IIIのリコールで、また黒星を重ねてしまったIntel。ライバルのAMDは笑いが止まらないに違いない。Intelは、1.13GHzを限定出荷にしてまでAMDより先行したのに、それがリコールでかえって黒星になってしまったのだから。Intelにとって、1.13GHzリリースは、Intelのイメージをさらに悪化させただけに終わったと言ってもいい。
1.13GHz版の問題がIntelの言うように、熱設計だけなら問題はまだ解決がつく。しかし、P6コア(Pentium Pro/II/IIIのCPUコア)のクリティカルパスつぶしが限界に来たとなると話はやっかいだ。1GHzプロセッサの1サイクルは1ns、1.13GHzの1サイクルは約0.9ns。つまり、1GHzから1.13GHzに向上すると、これまで1ステージを1nsでパスすれば済んでいたのが、0.9nsでパスしなければならなくなる。通常は、ひっかかるクリティカルパスをつぶしていくことで高クロック化を図るわけだが、クリティカルパスを見つけるのは非常に大変で、また限界もある。0.18μm版Pentium III(Coppermine:カッパーマイン)の高速化はこのあたりで頭打ちなのかもしれない。
●ビジョンを示せないIntel
1.13GHzのリコールは、“迷走するIntel”の姿をさらに鮮明にしてしまった。Intelの行き詰まり感は、この1.13GHz事件に限らずいたるところで見られる。それは、Intelが業界に向けて同社の姿勢を打ち出す最大のイベントである「Intel Developer Forum(IDF)」(8月22~24日、米サンノゼ)ですらそうだった。
Intelは、今回のIDFでは、将来のビジョンをほとんど何も示さなかった。CPUの将来も、PCハードウェアの将来も、今回はほとんど語っていない。これまでのIDFは、こうではなかった。例えば、昨春のIDFでは、Pentium IIIによって開かれるPCの可能性をとうとうと説き、また、PCの将来は斬新なデザインにあると謳ってPCのファッションショウを開いた。PCがどうなるか、CPUがどうなるかのビジョンを説くのがIDFだった。
ところが、今回のIDFでは、それが一切ない。報道だけを見ると、Pentium 4がフィーチャされたように見えるが、実際はそうではない。Intelは、リリース直前のCPUにしては、不気味なほどPentium 4について語らない。また、将来のPCのテクノロジもいろいろ打ち出したように見えるが、実際にはそうではない。AGP 8xのような断片的なテクノロジは出てくるのだけど、それらが何をもたらすかの大きなビジョンはない。かつて強力に打ち出していたデザインPCが、会場の隅にひっそりと展示されている様子は、ビジョンの見えない今回のIDFを象徴しているようだった。
●新CPUが不在のIDF
Intelが今回のIDFでうまくビジョンを展開できなかった背景にはいろいろな事情があると思われる。そもそも今回のIDFは、Intelにとって華々しいイベントになるはずだった。新プロセッサの洪水で、Intelの未来を見せるはずだったのだが、そうはいかなくなってしまった。
まず、IDFまでの間には、Intelの未来を開くIA-64プロセッサ「Itanium」が“正式”デビューしているはずだった。ところが、Intelは初期ユーザーが試験導入できる段階にきたという、あいまいな発表しかできなかった。プロセッサそのものより、インフラの準備が整わない状況だ。
それから、Pentium 4も、当初はIDFに近い時期にリリースされると見られていた。もともとは、IDF直後に発表を考えていたのではないかと思う。しかし、リリースは後ろへずれ込み、年内の出荷も30万個程度と言われており、ちょっと冴えない状況だ。さらに、来年のチップセットのしきり直しもあり、Pentium 4の将来ビジョンを明確に打ち出しにくい。
また、Intelは、CPUにグラフィックスとチップセットを統合した「Timna(ティムナ)」も、このIDFまでに発表するつもりだった。ところが、これもTimnaのRDRAMインターフェイスをSDRAMインターフェイスに変換するMTH(Memory Translator Hub)チップのトラブルで2四半期後ろへいってしまった。
つまりIntelは、IDFでは将来ビジョンのカギとなるプロセッサが3つもあったのに、どれも、遅れるか、強く打ち出せない状況に陥ってしまっていたのだ。
●しかしIntelの方向転換は見えてきた
では、IDFでIntelのビジョンはまったく見えなかったのかというと、じつはそうでもない。IDFでの、Intel幹部のQ&Aセッションやインタビュー、あるいは技術セッションからは、Intelの次のダイレクションが見えてきている。それは、右肩上がり一辺倒のこれまでのIntel戦略からの転換だ。
IntelのCPU戦略は、486以降はともかく高パフォーマンス化を目指すというものだった。次々に高パフォーマンスCPUを繰り出し、プロセステクノロジの進化とともにその新CPUを普及価格帯へおろし、PCユーザー全体を高パフォーマンスへ誘ってゆく。それがIntelの戦略だった。ひたすら高クロック化を目指すPentium 4はその象徴と言っていい。
しかし、今回のIDFでは、Intelは明らかに高パフォーマンス一辺倒ではない、新しい方向性を示し始めた。
例えば、Intelは、低消費電力のCPUを実現するためのグループを社内に編成した。IntelのモバイルCPUは、クロックを著しく向上させる一方で、熱設計電力(Thermal Design Power:TDP)も向上させており、そのため、ノートPC設計が難しくなっていた。しかし、今後は、TDPを下げる方向も目指し、アプライアンス市場をターゲットに入れるという。
また、IntelはTimnaの開発の概要について述べ、低コスト化を追求した再設計を行なったことを明らかにした。また、当面はTimna後継の統合CPUはP6コア(Pentium Pro/II/III/CeleronのCPUコア)のまま残るようだ。これは、Intelが高パフォーマンス/高付加価値CPUだけでなく、ローコストCPUにも本気になっていることを示している。Timna系列の統合CPUは、PCだけでなくPCアプライアンスの領域もカバーするようになるらしい。
それから、Intelは次の情報機器の波となるモバイル端末にも「XScale」という切り札を用意していることを、今回のIDFで見せた。XScaleは、今後必要となるハイパフォーマンス&超低消費電力CPUの最有力候補だ。XScale自身は幅広い領域をカバーするが、特に携帯端末で大化けする可能性が高い。
こうしたIntelの“次の手”を見ていると、この会社が自社の製品の方向を上だけでなく下へと広げようと動き始めたことがよくわかる。Intelは、これまで利幅の大きなPC向けのハイパフォーマンスCPUだけに集中してきた。かつて、Intel自身が切り開いた組み込みCPUの世界は、利幅が狭いため、ほとんど置き去りにしてしまった。だが、アプライアンスとPCの境目があいまいになる時代を目前にして、Intelは再び下の市場へ向けての展開を強めてきたように見える。
半導体の場合、企画から製品が出るまでに1年以上、CPUなら設計から数えれば最低でも3-4年のタイムラグができる。そのため、半導体企業の舵取りは、いかに前もって市場を予測して決定を下すかにかかっている。Intelは、今回、そのタイムラグを見越して次の手を打っていることは示した。当たるかどうかは、まだわからないが。
(2000年8月31日)
[Reported by 後藤 弘茂]