Click


第65回 : Intel、モバイル向け事業部設立



 先週、1スピンドルのサブノートPCならということでお話をしたが、そこで登場した“とあるメーカーのとあるノートPC”が昨日、正式に発表された。日本IBMのThinkPad X20は、フルサイズに近いキーと12.1インチ液晶パネルの操作性、6セルバッテリー搭載で1.7キロを切る軽量設計が魅力だ (先週、見た目と使用感でフルサイズと書いてしまったが、実際には19mmではなく18.5mmピッチだった) 。詳細は28日のPC Watch記事を見ていただきたい。これから来月にかけては、魅力的な新製品が登場するが、今年は1スピンドルの秀作が多いように思う。

 ところで先週、僕はIntelの開発者向け会議「Intel Developers Forum 2000 (IDF) 」に参加していたのだが、ここしばらく、ひたすらに高性能化のみを目指していたIntelのプロセッサも発熱に対して本格的に取り組む方向を示したのだ。これは後藤弘茂氏がレポートしたように、Intelの上級副社長のアルバート・ユー氏が、消費電力と発熱を抑えるための研究開発部署をごく最近、新設したと発言したもの。
 IDFの期間中に行なわれた技術セッションで配布された資料を注意深く見ると、これが単純なTransmeta対策ではなく、必要に駆られてのものであることが伺える。


● プロセッサの消費電力とは?

 マイクロプロセッサは、回路の規模が大きいほど消費電力が大きくなってしまう。たとえばPentium IIIよりAthlon、AthlonよりPentium 4の方が、同じ製造プロセス、同じクロック周波数でも消費電力は大きくなる。一方、クロック周波数が向上しても、やはり消費電力は上がってしまう。

 少し前までは、高性能化とともに製造プロセスが微細化し、それに伴って電圧も下がるため、消費電力をある程度は維持しながら高性能化が進んできた。だから、大仰な冷却装置などなくとも、民生機器として十分なスペックを維持してこれた。
 しかし、このところのx86プロセッサは、IntelとAMDが性能競争を繰り広げ、消費電力を維持することが難しくなってきている。特にモバイル向けプロセッサは、その影響が著しい。Intelが市場を独占していた時代には、Intel自身が性能の伸びを消費電力に合わせてコントロールすることができた。

 しかし、この分野にもAMDが進出してきたため、ライバルに対抗してクロック周波数を向上させずにはいられなくなったからだ。AMDは、それまでIntelが上限としていた9.2Wもしくは10Wという定格熱設計電力 (TDP Typical) を超える16W程度のモバイルK6を投入してきたのだ。現在、両社のプロセッサは、TDP Typicalで24W前後まで増大している。そして、この値はクロック周波数の上昇とともに更新されるだろう。
 TDP Typicalというのは、フルパワーで動作させても通常の利用ではこれ以上の電力は使いません、という値のこと。TDP Maxという値もあり、こちらは突発的な原因で最大限消費する可能性がある理論値のようなものだ。これらの値は筐体や冷却機構を設計するときに用いられるため、TDPが減少すると筐体サイズを小さくできたり、冷却機構にコストをかけなくてもよくなる。

 これに対してIntelが最近強調しているのが、平均消費電力だ。Windows 98以降でサポートされているACPIでは、電源オンの状態 (プロセッサのデータシートにはACPI S0ステートとして記載されている) で何段階かの省電力モードがサポートされており、動作状況に応じて細かくモードを切り替えている。そして、モバイルPentium IIIでサポートされているS0ステート用でもっとも消費電力の低いQuickStartでは、消費電力は数100ミリワットのオーダーにまで下げることが可能だ。
 このため、ワープロで入力を行なっている時などは、キー入力の瞬間以外はほとんど電力を消費しなくなるため、平均消費電力が低下する。Intelは以前、消費電力の値としてTDP Typicalを公表していたのだが、大きくなる一方のTDPに対して、実際のバッテリー消費はそれほど大きくなっていないことを強調するため、実際の利用環境で消費される電力ということで、平均消費電力を前面に押し出してきたわけだ。
 Intelの計画では、薄型や小型のノートPC向けには1W、フルサイズのノートPC向けには2Wの平均消費電力を目処に、モバイルプロセッサの開発を行なうとしている。


● TDPを下げなければならないのはモバイルプロセッサだけではない

 しかし、平均消費電力をいくら維持しても、高性能化を進めるうえでTDPの上昇は避けられない。来年、0.13μmへ製造プロセスが進むことで、一旦はTDPが低下するハズだが、それも現在の高性能化ペースを考えれば一時的なものになるだろう。そしてTDPが上昇し続ければ、だんだんと小さなフォームファクターにプロセッサを入れることが困難になってくる。

 たとえばソニーのVAIOノートC1。このフォームファクターには、すでにモバイルPentium IIIは入らないのだ。だからこそ、TransmetaのCrusoeが採用されたわけだ。IDFのモバイルプラットフォームトラックでは、今後、薄型や小型のフォームファクターが世界的に増え、フルサイズのノートPCは現状維持になるだろうとの予測をIntel自身が披露している。ここで言う薄型・小型とは、日本で言うものよりは大きいのだが (たとえば薄型はA4の薄型を示し、小型はB5からB5ファイルサイズ程度を示す) 、それにしてもTDP上昇の問題が出ることは避けられないだろう。
 またたとえ薄型・小型のノートPCに、今よりも高いTDPのプロセッサを搭載できるようになったとしても、熱を分散させる速度には物理的な制限がある。冷却ファンが回り続け、筐体を持つと“アッチッチ”となるノートPCが、民生機器として正しいとは思えない。そんなわけで、IntelもTDP引き下げの取り組みを専門部署で行なうことになったと思われる。

 が、単にモバイル向けだけのためにTDP引き下げに取り組むわけではなさそうだ。というのも、Pentium 4の消費電力が非常に大きなものだからだ。Pentium 4の詳細なスペックは不明だが、どうやら60Wを大きく超える消費電力になりそうなのだ。このため、Pentium 4マシンには450gもある巨大な銅製のヒートシンクと専用の冷却ファンが組み合わされる。
 今後、クロック周波数が向上していくことを考えると、この先が思いやられると思うのは僕だけではないはずだ。IDFではプロセッサの冷却に関する技術セッションが設けられていたが、そうしたセッションを設けなければならないほど、熱処理が大変なものになってきているのだと思う。
 しかもPentium 4には、モバイルPentium III 750MHzに採用されているIMVPと同等の技術が採用されているという。IMVPは動作クロックのタイミングに合わせ、動的に電圧を変化させる技術。トランジスタのスイッチングが発生するタイミング以外では、電圧を引き下げて消費電力を抑える。これにより、TDPを10%程度引き下げることができる。逆にいえば、この技術で引き下げても、大掛かりな冷却が必要なのだ。

 今後、Intelが性能アップのペースを落とさないためには、TDPを引き下げる技術を開発しなければならないだろう。この問題はモバイルプロセッサだけにかかわるものではない。たとえば、日本で人気の高い省スペース型デスクトップPCに入れることを考えれば、デスクトップPC向けのプロセッサにもTDP引き下げ対策は必要だ。


● 省電力に価値を見出すマーケティングを

 いまさらクロック競争の責任をIntelに問うつもりはない。クロックの上昇は、PCが進化する上で必要なことではあった。現在、1GHzクラスのプロセッサを生かす一般ユーザー向けのアプリケーションが乏しいことは認めざるを得ないが、無駄ではない。また、クロック競争を煽った我々、それを求めたユーザーなどにも責任の一端はあると思う。

 しかし、少なくともモバイルプロセッサに限ってみれば、省電力であることに価値を見出すマーケティング戦略を取ってもいいと思う。現在、パフォーマンスと平均消費電力を重視するモバイルPentium III、コストパフォーマンス重視のモバイルCeleronという2つの製品ラインナップを持つIntelだが、これに加えて省電力プロセッサをシリーズ化してもいいのではないか。
 これは以前、この連載でも指摘したことだが、単発で低電圧版プロセッサをリリースしても、タイムリーに省電力のプロセッサをリリースし続けなければ、なかなかそれを生かしたノートPCは開発できない。
 またモバイルCeleronがマーケティング上の理由から低価格で販売されているように、価格にも新しい戦略を打ち出す必要性がある。たとえば1.1Vで動作するモバイルPentium III 500MHzは、1.35Vでは600MHzで動作する。おそらく1.6Vで動作させたなら、700MHz以上でも動作するだろう。計算上のコストで計れば、1.1VのモバイルPentium 500MHzはモバイルPentium III 700MHzと同等の価格にならなければならない。では1.1VモバイルPentium III 500MHzをPCベンダーが700MHzと同じ価格でも採用するか? と言えば、答えはおそらく“No”だ。
 しかし従来のモバイルPentium IIIとは別のブランディングを行なうことで、500MHzなりの価格設定を行なうことは可能ではないだろうか? 省電力プロセッサの価値を高めるマーケティングと併用すれば、通常の500MHzよりは高めの価格設定をした上で、パフォーマンス重視のモバイルPentium IIIよりは低い価格にすることも考えられなくはない。

 ユー氏の語った新部署の成果は、来年の後半と言われる0.13μmプロセスの製品以降で現れてくるものと思われるが、技術開発以外にも、同時進行でユーザーの意識改革をIntel自身が率先して行なうことを望みたい。

[Text by 本田雅一]


【PC Watchホームページ】


ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp