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第60回 : 改良された? ポケットPCの課題



 単に私的なPC選びの話に、何人の読者がついてきてくれるものだろうかと思いつつも書いた先週の話だったが、意外なほど多くのメールを頂いて驚いてしまった。その多くが日立関係者からのメールなのにも驚いた。通常、我々のような立場の人間に、大企業の製品開発や製品の企画担当者が直接連絡をすることは(これまでの経験から言うと)あまりない。日立というと、大企業を絵に描いたような会社だと思っていたが、意外にもオープンなところなのかもしれない。
 差し支えのない範囲で、それらから得た情報を公開しておこう。日立のCrusoe搭載機はDVD-ROMドライブを標準搭載する。またバッテリは通常アプリケーション動作時に8時間、DVDの連続再生で2時間以上が目標とのこと。試作機はオンボードメモリにDDR SDRAM、拡張スロットにSDR SDRAMを採用していたが、これはメモリ供給状況を見ながら検討するとのことだから、製品版での参考にはならないようだ。

 サブノートPCの市場は、一時のような拡大傾向ではなく現状維持の状態がここしばらく続いている。この原因は、薄く軽量な製品はバッテリー持続時間が短いなどの制限があるからなのか、それとも、B5サブノートというパッケージングそのものの市場性が低いのか。前者であればCrusoeで改善できるが、後者であれば解決できない問題である。日立は価格とバッテリー寿命に起因している、と見ているそうだ(今のサブノートは値段が高価。同じ価格帯で仕様が上のA4ノートが買える。バッテリ寿命が短く、AC電源なしの環境で安心して使うことができない、など)。

 この辺りの話を他のメーカーに話をしてみると「その辺りが見えにくいから、今ひとつCrusoeに積極的になれない」といった意見も聞かれた。そう思っているメーカーが多いのであれば、Crusoe搭載機にヒット商品が出たとたんに、サブノート市場再度拡大の方向へ、といった状況になるのかもしれない。
 またタイトルとは無関係のところで長くなってしまったが、本日のメインテーマはマイクロソフトのポケットPCについてである。


● 前回までの反省を踏まえた……だよね?

 結局のところ、マイクロソフトのPalm-size PCは商業的な成功を得ることはできなかった。プログラミング環境の関係で、企業向けにはいいのではないか? と以前、書いたことがあったのだが、実際にバーティカル市場ではかなり強い製品だったと、マイクロソフトのマーケティング担当者は話す。

 Visual Basicで書かれたフロントエンドのDBアクセスプログラムを、そのまま簡単な移植で再利用できるというのだから、Palm OSよりも売りやすいとは言えるだろう(ただし、あくまで日本での話である。あるPalm開発者によると、日本には企業向けにPalm OSのソリューションを提示できるプログラマが非常に少ないそうだ)。
 もっとも、コンシューマには受け入れられなかったのは明らか。また米国では既に企業向けにPalmが浸透してしまっているため、なかなかPalm優位の市場を覆すことができない。しかも、使いにくい、遅い、同期ソフトにバグ有り、などと言われては、全くお話にならなくても致し方ないとことだろう。

 そんなわけでマイクロソフトはポケットPCのソフトウェアを開発するにあたって、Palmが受け入れられた原因や、Palm-size PCで不満のあった点を徹底的に洗い直したのだという。おかげでレスポンスはPalm OS並とまではいかないまでも、不満のないレベルにまで向上しているし、予定表ボタンを繰り返し押すとビューのモードが変更されるといった些細な使い勝手まで、大幅に改良されたことは認めたい。
 ダブルタップや階層メニューといった、PCで使われているGUIのメタファーをそのまま採用することも見直し、それぞれポケットPC独自のインターフェイスへと変更することで操作性全体がブラッシュアップされている。加えて、もともとネットワークに対して強い適応力のあるアーキテクチャが、PDAをネット端末化しようという時流にも合っているようには思う。

 しかし、本当にポケットPCには、高機能が求められているのだろうか? 前回までの反省は、確かに踏まえられているように見えるのだが、どこか重要な点を見落としているようにも思える。


● PCから抜けきれない高機能端末

 話の途中だが、僕はポケットPCの機能は非常に高く、それなりに使いやすく、手のひらサイズのPDAとしては、もっとも多くの使い方ができる製品(になろうとしている)と思う。電子メールやブラウザを含め、これほど充実した機種は少ないと思う。Palm OSの場合、ソフトウェアを追加することで様々なアプリケーションを利用できるが、基本機能だけでできることは少ない。その点、ポケットPCなら“PC”の名に恥じないアプリケーションが揃っている。

 しかし、その“PC”の名がPDAとしての使い勝手をスポイルしているように思う。たとえばPocket WordやPocket Excelを使うと、どうしてもファイルシステムがユーザーに見えてしまう。しかし、PDAでファイルを扱うことは、操作上あまり好ましくない。情報はファイルシステム上のファイル単位で扱うのではなく、PDAの中にあるデータベースとして一元管理し、ユーザーがファイルひとつひとつを意識せずに利用できるのがスジではないだろうか。
 ポケットPCの主要な機能はPocket Outlookで構成されている。ここで管理されている情報は、意識して保存をしなくても常時データベースが更新されるため、ユーザーがファイルを意識することはない。ところが、他のアプリケーションを使い始めたとたん、単に使っている機能を切り替えている(アプリケーションを起動するという行為は、別の機能を呼び出しているという行為に他ならない)だけなのに、情報管理の方法がファイルシステムに急変するのだ。これは少々不自然ではないか。

 たとえばPocket Outlookで受信したExcelのファイルがあるとしよう。今のポケットPCは、これをファイルシステムの中に保存し、そのファイルを探してPocket Excelで読み出すとそのデータを利用できる。しかし添付されたExcelファイルを、その文書属性などをデータベースに登録し、簡単な操作で目的の情報を検索できるようにしたい。
 PCを使い慣れた人間なら、ファイルシステムの概念ぐらいは知っているはずだが、使いやすいキーボードやマウスを活用できるPCと、スタイラスペンだけで利用するPDAとでは根本的に必要なユーザーインターフェイスが異なるはずだ。

 将来的に「Microsoft.Net」対応が進んでくれば、XMLリポジトリをポケットPC内に複製して管理するといった手法で、ファイルシステムの概念に依存しない、単一データベースを元にした操作環境が実現されるだろうと、マイクロソフト関係者は答えてくれた。しかし、XML対応でなくてもファイルシステムを隠蔽するように開発ライブラリを構成しておけば、ポケットPC内での操作性改善には役立っただろう。


● 機能の多さは是であり非でもある

 製品レベルでの使いやすさは、実際に製品が登場した後、様々な形で比較されるだろう。それは別として、OSやその上に載せている標準アプリケーションは、Palm OSよりもポケットPCの方が遥かに優れている。単純な比較ではマイクロソフトの圧勝だ。

 しかし何でもやらせよう。何でもできるプラットフォームにしよう。そんな開発方針が、多くのユーザーに受け入れられるものなのだろうか。将来を見据えれば、ネットアクセス機能と汎用性を重視したプラットフォームの必要性は明らかだが、今現在、購入するユーザーニーズを外していたら、決してヒット商品にはならない。将来のビジョンと、現在必要とされるものは異なる。

 Palm OS搭載機は遅いプロセッサによる限界を指摘されることが多いが、ユーザーが低速プロセッサに不満を持っていない間は問題とはならない。OSの汎用性や機能の高さも、それが活かされる時までユーザーが意識することはないのだ。高速のRISCプロセッサがなければレスポンシブに動作しない高機能なOSでも、機能を限定させながらカリカリにチューンしたOSでも、ユーザーがPIMしか使っていないならあまり関係がない。
 むしろ機能の多さが複雑さやハードウェアの大型化、高価格化を呼び、コンシューマに対して受け入れにくいものになるかもしれない。実際、ポケットPCは以前のものよりは小さい製品が多いものの、Palmほど小型・軽量ではない。

 僕には、消費者が必要としていない機能まで購入してくれるとは思えないのだ。“モバイル”という言葉に強く反応する消費者の多くは、何らかの形でインターネットを利用できる携帯電話を持っていると思う。誰もが持っている携帯電話でメールを使い、ネットサービスを利用可能だ。
 とすれば、それを補完するだけのシンプルな機器でイイや……と思わないだろうか。少なくとも僕はそう思っている。細かな操作性に関してポケットPCはかなり改良され、個人的には一度使ってみようとも思うのだが、万人にお勧めできるかといえば、まだ完全にイエスとは言えないように思う。

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http://k-tai.impress.co.jp/news/2000/07/13/ppc.htm

[Text by 本田雅一]


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