プレイステーション2(PS2)は、先代PlayStationと同じように百花繚乱のコンテンツが咲き乱れる花園になるのだろうか。それとも、コンテンツ不足で、PS以上の成功を収めることができない状況に陥るのだろうか。PS2の成功のカギを握る開発環境の展望が、今月に入ってかなり見えてきた。
ここへ来ての大きな変化は、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)がPS2用のグラフィックスライブラリの提供を発表したことだ。PS2上で3Dオブジェクトの表示を可能にする3Dグラフィックスライブラリ(3Dエンジン)は、ゲーム制作には欠かせない。しかし、これまではSCEIからグラフィックスライブラリが提供されておらず、各ゲームベンダーは自社でライブラリを構築するか、ライブラリを買うしかなかった。しかし、PS2のCPU「Emotion Engine(EE)」は非常に複雑なアーキテクチャでグラフィックスライブラリ開発が難しい。それが、中堅以下のゲームデベロッパにとって、PS2向けゲーム開発の大きな障壁になっていた。
SCEIは、まず、EEのVU(ベクトル演算ユニット)のサンプルコード集を今月中にリリースする予定でいる。このサンプルコードは、現在β版が出ているという。そして9月にはさらに高レベルの3Dグラフィックスライブラリを、ライセンシに提供する見込みだという。開発ツールを最初に配布してから1年遅れだが、これで待望のグラフィックスライブラリが揃うことになる。また、SCEIはこの夏に、通信関連のライブラリもリリースするという。
じつは、SCEIのライブラリのプラン自体は、少し前にアナウンスされていた。しかし、これまでは、実際にどんなレベルのライブラリが提供されるのか、サードパーティのミドルウエアとどんな関係になるのかがいまひとつ見えていなかった。しかし、SCEIが6月21~23日に開催した「Tools and Middleware Expo 2000」で、ある程度の状況がうかがえるようになってきた。
●PS2のライブラリはPSとは位置づけが異なる?
今後の展開は、9月に提供されるグラフィックスライブラリに左右される。初代PSではSCEIからライブラリが提供されており、その上でゲームデベロッパが“PS水準”のゲームを比較的(他のプラットフォームと比べて)容易に制作することができた。中小のデベロッパがPSプラットフォームに参入しやすかったのは、こうした技術的な要因も大きい。もし、SCEIがPS2用に提供するライブラリが“PS2水準”、つまり、ユーザーがPS2ゲームとして期待するレベルのグラフィックスを実現できるものなら、PS2のハードルは一気にPS並に低くなることも考えられる。
しかし、業界関係者の間では、SCEIのライブラリがそこまでのレベルのものではないだろうと見る人が多い。つまり、そこそこのタイトルは制作できるかもしれないが、それ以上ではないだろうというわけだ。
こうした見方にはうなずける部分もある。というのは、PS2では最初の開発ツールとともにグラフィックスライブラリが提供されなかったため、すでに大手ゲームデベロッパは自社でライブラリを構築してしまっているからだ。そのため、SCEIは、大手の要求にも応えるだけの高い水準のライブラリを用意する必要はない。
しかし、SCEIのライブラリがPS2水準ではないとしても、どの程度ゲームメーカーにとって実用的なレベルなのかはまだわからない。SCEIは、サードパーティにも、PS2向けの3Dグラフィックスライブラリ市場への参入も呼びかけ、数社がすでにライブラリやライブラリ構築を支援するツールを投入している。SCEIのライブラリが、ローエンドのゲーム開発に十分な水準なら、これらのベンダーとの棲み分けが難しくなる。
ミドルウエアベンダーにとっていちばん理想的なのは、SCEIのライブラリが、音ゲー(音楽ゲーム)のようなグラフィックス品質を求めないゲームで採用できる程度の場合だろう。このケースでは、ゲームデベロッパには、原理的に言って次のような選択肢がある。
まず、グラフィックスにあまり依存しないゲームを短い開発期間で製作したい場合は、SCEIの標準ライブラリを使って制作する。比較的水準の高いグラフィックスは欲しいが、自社向けにガリガリにパフォーマンスチューニングをする気はない場合は、サードパーティのグラフィックスライブラリを使う。自社のニーズに合わせてチューンしたライブラリを最初から欲しい場合には、完全にゼロからライブラリ構築を始めるか、それがきつい場合にはライブラリ構築を支援するようなツールを使う。
●EEのデバッガやパフォーマンス解析ツールが登場
SCEIは、今回のTools and Middleware Expo 2000で、PS2用のツールやミドルウエアが揃いつつあることを示した。PS2上でのコンテンツ開発のハードルは、まだ低いとは言えないものの、以前と比べるとかなり改善されつつある。
例えば、代表的な開発ツールであるメトロワークスの「CodeWarrior for PlayStation 2」では、VUのデバッガソフトウェアが提供される(現在β)。SCEIの標準の開発環境では、EE内部で3Dジオメトリ処理などを担当するVUとEE内部のデータ転送をハンドルするDMAコントローラのデバッガソフトウェアが提供されていない。そのため、VUのコーディングはほとんど手探り状態という開発者も多く、開発効率が非常に悪かった。しかし、CodeWarriorのデバッガは、VU内部のメモリやレジスタの表示が可能で、コードを1行づつ実行したり特定のブレークポイントで停止させて状態を見ることができる。メトロワークスではDMAのデバッガも計画中で、これらが揃うとEEでのプログラミングは、容易とは言えないまでもかなりラクになることは確かだ。
また、メトロワークスではEE用のパフォーマンス解析ツール「CodeWarrior Analysis Tools(CATS) for PlayStation 2」も8月に提供する予定だ。CATSは、関数毎に処理にかかった時間や全体の処理時間に占めるパーセンテージを解析する。そのため、ボトルネックになっている処理がどこかを容易に突き止めることができる。EEは、アーキテクチャが複雑であるためパフォーマンスチューニングが難しく、ちょっとしたことでガクっとパフォーマンスが落ちてしまうことが多い。そのため、このツールは非常に有用だ。
●ミドルウエアも進展
グラフィックス系のライブラリの提供も進展している。
例えば、ゲームデベロッパのアートディンクが販売している開発ツール・ミドルウエア「アガサ(Agatha)」は、グラフィックスだけでなく、I/O回りやメモリーカード、サウンドなどのライブラリやアイコンエディタも提供している。これは、SCEIから基本的なライブラリの多くすら提供されていなかった(例えば、メモリーカードの3Dアイコンのコンバータもない)ためで、アガサを使うと制御ライブラリ作成の手間も省くことができる。ゲームデベロッパがリリースしているだけに、ゲーム制作に必要なライブラリをトータルで揃えたパッケージとなっている。Agathaの場合は、自社のゲームがライブラリの性能・品質を示す見本となっている。
一方、3Dグラフィックスライブラリでは古くからある「RenderWare」(クライテリオンソフトウエア)は、クロスプラットフォームを売り物にする。RenderWareは現状でPS2、Windows、Dreamcastなどに対応しており、APIを基本的に共通化している(一部プラットフォーム依存のAPIもある)ため、プラットフォーム間の移植が容易となる。これは、ゲームタイトルの開発コストが高騰している現状では、開発リスクの分散という重要な意味がある。アスキーから発売される「サーフロイド」がRenderWareを使っているという。
また、PC向け3Dモデラー/アニメーションツール「3D Studio MAX」を発売するオートデスクのディスクリートグループは、MAXでPS2でのゲーム開発を容易にする「MAX Game Tool for PlayStation2」を提供している。これは、同社が公開しているソースコードを活用してグラフィックスライブラリの開発を容易にできるようにするツールだ。PS2上のビューア(カスタマイズ可能)を用意、サンプルコードとしてベジェパッチやフレックスなども付属する。MAX R3のユーザーには、無償で提供されている(PS2のライセンシであることが条件)。
このように開発ツールやミドルウエアも発展はしているものの、SCEIがグラフィックスライブラリを提供することになったため、状況はやや複雑になっている。状況が見えないゲームデベロッパは、とりあえず9月まで様子見をするケースも考えられる。秋まで待つデベロッパからは、タイトルが出るのは早くても来年中盤になる。まあ、それでもプラットフォーム立ち上げから1年半後なわけで、5年というゲーム機の世代寿命から見ればちょうどいいのかもしれない。
(2000年6月23日)
[Reported by 後藤 弘茂]