●1GHzモバイルPentium IIIはTualatinに
いよいよ、1GHzノートPCが見えてきた。デスクトップに遅れること約1年、来年第2四半期にはついに1GHz モバイルCPUが登場する。Intelが、0.13μm版Pentium III(Tualatin:テュアラティン)プロセッサで1GHz台のCPUを、夏前に投入するつもりなのだ。
今回の1GHzレースは、デスクトップの時と異なり、おそらくIntelの独走となる。省電力化技術ではIntelがかなりリードしているからだ。あるOEMメーカーによると、Intelは今回のモバイルPentium III 750MHzに引き続き、次のようなスケジュールでモバイルCPUの高クロック化を計画しているという。
◎モバイルPentium IIIプロセッサ
2000年9月 800MHz/850MHz
2001年頭 900MHz
2001年第2四半期 950MHz
2001年第2四半期後半 1GHz以上
◎モバイルCeleronプロセッサ
2000年9月 700MHz
2001年頭 750MHz
2001年第2四半期 800MHz
詳細なロードマップ図は「Intel MPUロードマップ」にアップしてあるが、じつにアグレッシブな高クロック化だ。
しかし、どうしてIntelはこんなにとんとん拍子にクロックを上げることができるようになったのだろう。昨年前半まではモバイルの高クロック化であんなに苦労していたのに……。このマジックのタネはごく単純だ。ノートPCメーカーに、放熱機能を高めてもらうことで高クロックのCPUを搭載できるようにするのだ。
●950MHzまでは熱設計基準を引き上げて実現
ノートPCに高クロックのCPUを載せにくい理由は2つある。1つはバッテリ駆動時間が短くなること、2つ目はCPUクロックの向上に従って増える発熱を処理しなければならないことだ。しかし、1つ目のバッテリ駆動時間は、SpeedStep技術によってバッテリ駆動時の消費電力を抑えることである程度は緩和された。あとは熱処理の問題だけで、それならノートPCメーカーに努力してもらおうとIntelは決めたのだ。
Intelは、各モバイルCPUごとに必要とされる冷却能力を熱設計電力という数字でPCメーカーに示している。そして、IntelはSpeedStep導入と同時にこの熱設計電力(Thermal Design Power)をどんどん引き上げ始めた。例えば、Intelによると、SpeedStepを導入した時点では熱設計電力は16Wだったという。それまでの熱設計電力は11W程度までだったので、この段階で跳ね上がったことになる。しかし、この16Wの熱設計では700MHz/1.6Vからぎりぎりで750MHz/1.6VのPentium IIIまでしか対応できない。
そこで、Intelは今年2月の技術カンファレンスIDFで、熱設計を今年後半に20Wに上げることを明かした。これにより、850MHzまでのCPUを搭載できるようになると見られる。そして、業界関係者によると、来年からの900MHz台は、22Wの熱設計で対応するように呼びかけているという。
しかし、Intelによる熱設計基準(サーマルエンベロープ)の引き上げは、ノートPCメーカーの開発者にとっては大きな負担になっている。ある開発者は「SpeedStepで10数Wと聞くとたいしたことがないように聞こえるが、ハンダごてで小さいものは15W程度。それを冷やすのと同じことで、何もしないなら、基板のハンダ部分がとけるくらいの熱になってしまう」と語っていた。実際には、PCメーカー側は、Intelの熱設計ガイドラインよりさらに余裕を見て設計をしなければならない。また、筺体の容積とファンの風量によって、冷却できる理論限界が決まるため、熱設計の基準が高まることはノートPCの厚型化も意味している。22Wの熱設計は、どうみても限界に近い。
●Tualatinでは計算上1.4GHzノートPCも実現可能
そのため、Intelは1GHzの達成では、プロセス技術を革新することにした。現行の0.18μm版Pentium III(Coppermine:カッパーマイン)から、0.13μmのTualatinに移行することで、発熱と消費電力を大きく下げようとしているのだ。Intelは、このところ最新プロセス技術はまずモバイルから利用して、モバイルCPUの発熱と消費電力を引き下げるというアプローチを続けており、0.13μmでもそれを踏襲する模様だ。
一般に、プロセスが1世代進むとCPUの発熱量は同クロックでも60~65%程度に削減されると言われている。業界筋の情報によると、Tualatinはデスクトップ版は1.2GHzクラスでスタート、電源電圧は1.25Vで熱設計電力は20Wだという。そうすると、モバイル版Tualatinの1GHz版を1.2Vで動作させることができるなら、計算上(消費電力は電圧の2乗×クロックに比例)、熱設計電力は15Wにまで下がることになる。つまり、現在の700MHzのモバイルPentium III搭載ノートPCに、そのままTualatin 1GHzを載せることができるようになるというわけだ。
そして、同じ計算を当てはめるとPentium III 950MHz搭載ノートPCには、Tualatin 1.4GHzを載せることができるようになる。電圧を下げることができれば、さらにクロックは上がる。また、IntelはWillametteの0.13μm版である「Northwood(ノースウッド)」もモバイルに投入するつもりだ。ただし、こちらはTualatin以上のクロックでTualatin以上の発熱で登場するだろう。少なくとも、IntelのモバイルCPUのクロック向上は来年中盤以降もまだまだ続くことだけは確かだ。
●低電圧版モバイルPentium IIIはなぜ見あたらない
しかし、これらの“ホット”なモバイルCPUは、当然筐体容積が少なく熱処理能力が低い薄型軽量ノートPCには載せられない。薄型軽量ノートPCはどうなるかというと、Intelは低電圧版モバイルCPUファミリで対応する。その最新版が、20日に正式発表になった低電圧版モバイルPentium III 600MHzだ。
IntelのモバイルCPUの、今年前半の“目玉”製品であるこのCPUは、低電圧CPUファミリで初めてSpeedStepを利用したことで、これまでにない低消費電力を実現する。AC電源に接続する最高性能モード時には1.35Vで600MHz、熱設計電力は9.5Wになる。電池駆動のバッテリモード時には1.1Vで500MHz、熱設計電力は5.4Wだ。従来のモバイルPentium IIIは、バッテリモード時でも駆動電圧は1.35Vだったわけで、新Pentium IIIの1.1Vのバッテリモード時の消費電力・発熱量はこれまでのどのPentium IIIよりも低くなる。薄型軽量ノートPCには理想的なCPUというわけだ。
ところが、この低電圧Pentium IIIを搭載したノートPCが、なかなか出てこない。CPU発表時点では1社しか見あたらない。どうしてなのか?
じつは、このCPUも、Intel CPUの最近の例に漏れずやはりゴタゴタ続きだった。まず、低電圧Pentium III 600MHzは、そもそも5月末までに出荷する予定だったのが、6月20日まで遅れてしまった。サンプルの出荷も遅れ、ぎりぎりになって仕様も変更があった。例えば、当初は、バッテリモード時には450MHzで動かすことになっていたのに、それが500MHzに切り替わった。そしてなによりも供給量が少ない。これらの要因が重なって、低電圧Pentium III 600MHzは立ち上がりそこねてしまったようだ。
低電圧版Pentium IIIの生産量が少ないのはなにも不思議ではない。それはCoppermine全体の高クロックシフトと生産量の拡大が遅れているからだ。そもそも低電圧版CPUは、特別な低電圧設計を施したチップではない。1枚のウェハから採れたCoppermineのダイから、低い電圧でも動作するものをモバイルCPUとして選別しており、その中で特に低い電圧で動作するチップを低電圧版モバイルCPUとしてより分けただけの話だ。
一般に低い電圧でも比較的高クロックで動作するCPUは、通常の電圧で動かした場合に高クロックで動作するハイエンド品であることが多い。そして、高クロック品は、1枚のウエーハからそれほど数が採れない。そのため、Coppermineの生産が順調に進展し高クロック品の比率が高くならないと、原理的に低消費電力版もなかなか採れないことになる。
●Tualatinの低電圧版に期待
とはいえIntelも、秋冬モデルの頃にはある程度潤沢に低電圧Pentium III 600MHzを出すことができるようになるだろう。しかし、そのあとはどうなるのか。薄型軽量ノートPC向けCPUは、継続してどんどん出てくるのか、それともまたしりつぼみになってしまうのだろうか。
一応、Intelは、次の薄型軽量ノートPC向けCPUとして、低電圧版Pentium III 700MHzを来年第1四半期に向けて計画していると言われている。しかし、このCPUは700MHz(1.35V)/550MHz(1.1V)だと言われており、熱設計電力も実際の消費電力も、低電圧版Pentium III 600MHzより高くなってしまう。つまり、600MHz版と同じ熱設計は使えない。どうも、モバイルでノートPCを使いたいユーザーにとって、先行きはあまり明るくない。
しかし、もしIntelがTualatinを低電圧版Pentium IIIラインに持ってきたら話は違ってくる。例えば、Tualatinを1.1Vで駆動できれば、800MHz時の熱設計電力は計算上10W程度になる。つまり、低電圧Pentium III 600MHzとそれほど変わらなくなる。そして、もし1.0Vで駆動できれば800MHzは8.5Wになる。IntelがTualatinをこうした方向へ使えば、薄型軽量ノートPCも、発展が続くだろう。もっとも、低電圧版Tualatinが出てくるとしても、1年後の話だが。
(2000年6月20日)
[Reported by 後藤 弘茂]