デスクトップ市場で成功を収めつつある米AMDは、Intelの勢力が依然として強いモバイル市場への攻勢を強める。今回、独自の省電力技術「PowerNow!テクノロジ」をMobile K6-2+/III+プロセッサで利用できるようにしたが、次のフェイズではモバイルAthlonプロセッサとモバイルDuronプロセッサを投入する。AMDは、ノートPC市場ではローエンドのオールインワンノートPCに浸透しているだけだが、将来的には市場を上へ伸ばす。つまり、対モバイルCeleronだけでなく、対モバイルPentium IIIで戦えるようにする。うまく行けば、AMDはミニノートPC以外のノートPC市場では、Intelと戦えるようになる。
先日の発表会で、AMDは初めてモバイルDuronの計画を公式にアナウンスした。AMDは、すでにモバイルAthlonを年内に発表する計画を明らかにしており、これで、モバイルCPUでもAthlonとDuronのデュアルブランドでK7コア(Athlon/Duron系のCPUコア)が製品化されることが明らかになった。
このうち、モバイルAthlonは、コードネーム「Corvette(コルベット)」と呼ばれる次世代Athlonと見られる。AMDによると、Corvetteはサーバー&ワークステーション用Athlonである「Mustang(ムスタング)」と基本的に同じコアを使うという。また、AMDは、MustangコアがFab 30(ドレスデンのAMDの工場)の銅配線プロセスに最適化されたコアになると明かしている。銅(Cu)は、従来のLSIの配線に使われているアルミニウム(Al)系と比べると抵抗率が約半分で、配線ピッチを狭めることでCPUコアを小さくすることもできる。そのため、Corvetteは現在のキャッシュ統合版Athlon(Thunderbird:サンダーバード)やDuron(Spitfire:スピットファイア)のCPUコア(K75)よりも、さらに消費電力が小さく、CPUのダイ(半導体本体)も小さくなると見られる。モバイルAthlonは、このCorvetteを待たなければならないので、おそらく実際に搭載ノートPCが出てくるまでにまだ時間がかかるだろう。
●Thunderbirdではモバイルには放熱が多すぎる
もちろん、AMDが現在のキャッシュ統合Athlon(Thunderbird)をモバイルに持ってくるなら投入時期は早くなる。しかし、その可能性はそれほど高くない。それはThunderbirdの放熱量が大きいからだ。大手メーカーの通常のノートPCに載せるには、どうしてもCPUの熱設計電力(Thermal Design Power)を20W前後にまで下げる必要がある。これが高いと、通常のノートPCの筺体ではCPUの冷却ができないからだ。ところが、現在のデスクトップ版のキャッシュ統合Athlon(Thunderbird)のThermalDesign Powerは以下の通りだ。
最大値 典型値 電圧
650MHz 36.1W / 32.4W 1.7V
700MHz 38.3W / 34.4W 1.7V
750MHz 40.4W / 36.3W 1.7V
800MHz 42.6W / 38.3W 1.7V
これをモバイル版で、駆動電圧を現在の1.7Vから1.4Vに下げることができるとしたら、消費電力は68%になるので、計算上は下のようになる。
最大値 典型値 電圧
650MHz 24.5W / 22.0W 1.4V
700MHz 26.0W / 23.4W 1.4V
750MHz 27.5W / 24.7W 1.4V
800MHz 29.0W / 26.0W 1.4V
つまり、650MHz版でなんとかノートPCに載せられる程度の数字にしかならない。駆動電圧を1.4Vと見積もっているのは、AMDのプロセスで今のところ確認されている駆動電圧の下限が1.4Vだからだ。しかし、650MHzでは、どんどん高クロック化するIntelのモバイルPentium IIIに対抗する(今年第4四半期なら700MHz以上が必須)ことは難しい。しかも、高クロック品になればなるほど低電圧で動作させることが難しくなるので、AMDはモバイルPentium IIIに対抗できるクロックのラインナップを揃えるのは難しい。モバイルPentium IIIに現実的に対抗しようとしたら、Corvetteまで待つ可能性が高いだろう。
●モバイルDuronはSpitfireコアで登場か?
だが、モバイルDuronの方は話は別だ。AMDはまだモバイルDuronのCPUコアが何になるのかを明らかにしていない。もし、AMDがデスクトップ版Duron(コードネームSpitfire)のコアでモバイル版を出すなら、かなり早い時期にモバイルDuronを提供できる可能性がある。まず、現在のデスクトップ版Duronの熱設計電力(ThermalDesign Power)は下の通りだ。
最大値 典型値 電圧
550MHz 21.1W / 18.9W 1.5V
600MHz 22.7W / 20.4W 1.5V
650MHz 24.3W / 21.8W 1.5V
700MHz 25.5W / 22.9W 1.5V
これで、駆動電圧を現在の1.5Vから1.4Vに下げることができると、消費電力は87%になる。各クロックのThermal Design Powerは、計算上は下のようになる。
最大値 典型値 電圧
550MHz 18.4W / 16.4W 1.4V
600MHz 19.7W / 17.7W 1.4V
650MHz 21.1W / 19.0W 1.4V
700MHz 22.2W / 19.9W 1.4V
これを見る限り、700MHzまでならなんとかノートPCメーカーの対応できる熱設計に収まる。つまり、Duronをモバイルに持ってくるなら、AMDは十分に対モバイルCeleronで通用するクロックのCPUを早い時期に投入できることになる。 この20W前後のThermal Design Powerは、2年前なら「冗談じゃない」と言われるほど高い数字だった。しかし、現在はIntel CPUもハイエンドはThermal Design Powerが20Wにまで上がっており、ノートPCメーカーの許容範囲内に入っている。ノートPCメーカーは、より高い放熱に耐えられる筺体や冷却機構を用意するようになっているため、これでも載せられるのだ。つまり、IntelがモバイルCPUの熱設計基準を引き上げてきたおかげで、低電圧化では遅れを取っているAMDも、高いクロックのCPUをノートPCに載せられるようになりつつあるのだ。 対モバイルCeleronの場合は、クロックをそれほど引き上げる必要がないため、1.4V駆動も比較的やりやすい。つまり、1.4Vに落としても、700MHz程度までなら動作するダイをウエーハ上からある程度採ることが可能だと思われる。
●Intelの戦略に合わせて登場したモバイルDuron
じつは、AMDが顧客に説明しているモバイルCPUの戦略には、少なくとも今年頭まではモバイルDuronは存在しなかった。PC業界関係者によると、モバイルCeleronには、Mobile K6-2+を600MHzまで伸ばして対抗する計画になっていたという。
しかし、IntelがモバイルCeleronの高クロック化を急ピッチで進めたため、AMDはK6-2+で対抗することが難しくなってしまった。もしIntelが順調に700MHzのモバイルCeleronを今年のクリスマス商戦向けに出してくると、せいぜい600MHzが上限と見られるK6-2+では勝負にならない。Intelは、ローエンドノートPC向けCPUも550MHz以上にシフトさせるつもりでいるので、このままではせっかくK6ファミリで取ったシェアまで失ってしまう可能性がある。そのため、モバイルDuronの早期投入が必要なのだ。AMDがモバイルDuronで700MHzまでを投入できれば、とりあえず来年前半までバリューノートPC市場での地位は確保できるだろう。
Duron(Spitfire)コアを使うことで、モバイルDuronを早期に投入できる展望があるAMDだが、チップセットはどうなっているのだろう。複数の情報筋によると、モバイル用チップセットは台湾Acer Laboratories社(ALi)が担当している(サウスブリッジがモバイル対応)という。ALiが予定通り年末商戦に間に合う時期までにチップセットを完成できれば、モバイルDuronノートPCがデビューできるだろう。
ところで、AMDはまだこのモバイルDuronのコードネームを明らかにしていない。AMDはコードネームにクルマの名前をつけると言っているので、これまでの例から見て、また、派手なクルマの名前になると思われる。Thunderbird、Mustang、Corvetteと来ているのだから、次は「Camaro(カマロ)」あたりだろうか。
(2000年6月28日)
[Reported by 後藤 弘茂]