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後藤弘茂のWeekly海外ニュース

EE+とGS+を搭載するプレイステーション2ワークステーションが見えてきた


●昨秋にワークステーション構想をぶちあげ

 プレイステーション2(PS2)アーキテクチャベースのクリエイティブワークステーションを投入する--ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEIは、'99年9月の東京ゲームショウでこう語り、10月に米国サンノゼで開催されたMicroprocessor Forumで詳細を発表した。あれから8ヵ月、半導体技術の進歩によって、いよいよPS2ワークステーションが見えてきた。

 Microprocessor Forumのキーノートスピーチで、SCEIの久夛良木(くたらぎ)健社長は2000年中に、最初のワークステーションを発表する計画を明かした。それによると、この“フェイズ1”ワークステーションは、PS2のCPU「Emotion Engine(EE)」とグラフィックスチップ「Graphics Synthesizer(GS)」のそれぞれを進化させた「EE+」と「GS+」を搭載するという。両プロセッサをクロックアップするほか、マルチチップ構成にして性能を引き上げる。フェイズ1ワークステーションの性能はPS2の開発ツールの10倍で、2,000×1,000のグラフィックスを60フレーム/secで表示する能力を持つとされた。

 当初から、半導体業界関係者の間では、このEE+とGS+は、次世代製造プロセスにEEとGSが移行する段階で実現されると言われていた。現行のEEとGSは、0.25μmプロセス(ゲート長0.18μm)で製造されており、高クロック化や混載DRAMの大容量化(高解像度表示に必要)などが難しいと見られていたからだ。つまり、プロセッサの0.18μm化が、SCEIのワークステーション計画の大前提だったわけだ。

 ところが、PS2の場合、簡単には0.18μmにマイグレートできない。それは、チップ生産を他社に委託している他のゲームプラットフォームメーカーと異なり、SCEIはあくまでもPS2の心臓チップを自社の目の届くところで生産しようとしているからだ。

 具体的には、EEはSCEIと東芝がPS2のために合弁で設立したティーエスセミコンダクタ(OTSS)で、GSはソニー国分で生産されており、0.18~0.15μm化はOTSSとSCEIの長崎諫早に新設した自社工場「Fab1」で実現する。ちなみに、SCEIはさらにOTSSで設備を新設、長崎にもFab2を建設する。こちらの2工場は来年4月から稼働予定だ。半導体工場には膨大な投資(昨年今年で2,550億円)が必要で、そこにあえて踏み込んでしまうSCEIは、PS2の生産をコントロールすることに執念を燃やしていると言っていい。そして、ワークステーション戦略は、この半導体自社製造という戦略から必然的に産まれてくる。


●夏からいよいよ0.18μmプロセスへ移行が始まる

 SCEIは6月1日に、両プロセッサともこの夏から0.18μm版を量産出荷することを明らかにした。つまり、OTSSとFab1の0.18μmの準備が整ったというわけだ。これにより、SCEIは、3つのことを実現する。

 (1)に、EEとGSのチップサイズを縮小し、1枚のウエーハから採れるチップ個数を増やして生産数量を倍増する。SCEIの発表では、今年秋以降のPS2の生産数量は140万/月に跳ね上がる(ウエーハの投入枚数自体も増やす)という。(2)に、0.18μm化による小型化・低消費電力化により、基板やヒートシンクなどの小型化を図り、HDDなどを内蔵できるようにする。これは、北米版PS2としてすでに発表済みだ。完全に全てのEEとGSが0.18μmに移行したら、日本版PS2も北米版と同様にHDDなどを内蔵できるようになると思われる。そして、(3)が、すでに述べたワークステーション用のEE+とGS+を生産することだ。

 通常、PC業界では半導体のプロセス技術が進歩すると、その分生産性だけでなくスペックも向上する。つまり、より高く売れるチップが採れるようになる。しかし、ゲーム機であるPS2用のEEとGSは、ゲーム機の宿命としてスペックは固定される。それぞれクロック周波数は294MHzと147MHzで、GSに混載するDRAMの量は4MBで、これはおそらくPS2の寿命である5年間、変わらない。

 しかし、それではせっかくの(膨大な投資の)先進プロセス技術がもったいない。そこで、PS2のためにわざわざ自社で工場まで建てたSCEIは、それをより高く売れるワークステーション事業への展開にも振り向けるというわけだ。もちろん、他のアプリケーションにも転用するし、チップの外販も行なう。そうしないと、Fabへの投資が回収仕切れないという事情もありそうだ。

 EE+は、マルチプロセッサ対応にするとなるとクロックが向上するだけでなくかなり手が入ると思われる。現行のアーキテクチャでは1個のEEと1個のGSが専用ポートで結ばれているが、このアーキテクチャも変更になるかもしれない。GSは、現行の4MBの混載DRAM量ではワークステーション用途には到底足りないため、混載DRAMの大幅な増量が行なわれるだろう。ワークステーション用途なら、ダイサイズ(半導体本体の面積)が多少大きくなっても十分元が取れるからだ。


●ワークステーション発表はこの夏か?

 壮大なSCEIによるワークステーション構想。半導体の準備も整ったところで、問題はいつ発表されるかだ。以前ウワサされていたのは、7月23~28日に米国ニューオリンズで開催されるコンピュータグラフィックス関連イベント「SIGGRAPH 2000」で発表されるというものだった。時期的にはまさにぴったりだが、今のところ情報はない。

 PS2アーキテクチャをワークステーションに持ち込むことは、PS2のための半導体工場の生産力の有効利用以外にも様々な意義がある。まず、SCEIの本業であるゲーム機PS2にとっては、アルゴリズムが移植されるという利点がある。

 現在の先端3Dグラフィックスは、単純にポリゴンにテクスチャを貼り付けるというアプローチだけを取っているわけではない。例えば、動物の毛の表現のように、ポリゴン+テクスチャでは到底リアルには表現できない(あるいは表現しようとするととてつもない計算量になってしまう)ものは色々ある。3Dグラフィックスワークステーションの世界では、そうした表現に対しても適したアルゴリズムが開発されているという。

 PS2のリアルタイムCGがいかにスゴイとは言え、まだグラフィックスワークステーションで制作されたCGムービーに及ばないのは、そうしたアルゴリズムが移植されていないためだとも言われている。だが、もし、PS2アーキテクチャをベースにしたグラフィックスワークステーションがそこそこでも成功すれば、そうしたアルゴリズムやライブラリの移植が進む。

 SCEIのワークステーション構想が成功するかどうかはまだわからない。しかし、ソニーはもともとワークステーション「NEWS」で一世を風靡した企業であり、その技術陣のかなりの部分が現在SCEIに加わっているという情報もある。つまり、素地は十分あるわけだ。さらに、それにLinuxコミュニティの力が加わるとなれば、あなどることはできない。

 また、やじうま的視点から見ても、SCEIのゲーム機とワークステーションという2輪戦略は面白い。それは、グラフィックスワークステーションの雄、米SGIのグラフィックスハードウェアスタッフは、現在NVIDIAに吸収されており、そのNVIDIAがPS2に対抗するMicrosoftのゲーム機「X-Box」のグラフィックスチップ開発を担当しているからだ。



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(2000年6月19日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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