●SGIとしては初めてLinuxがプライマリOSに
5月23日、日本SGI株式会社(旧日本シリコングラフィックス)は、Intelアーキテクチャに基づいたビジュアルワークステーションの新製品3シリーズ4機種を発表した。同社は'99年の1月、従来のMIPSアーキテクチャとIRIXによるワークステーションから、Intelアーキテクチャによるビジュアルワークステーションシリーズへの路線転換を図っており、Intel製プロセッサを用いたワークステーションはこれが初めてではない。だが、'99年1月に発表されたSilicon Graphics 320および540が、独自開発のグラフィックス統合型チップセット(Cobalt)を採用していたのに対し、今回の新製品はチップセットを外部調達に切り換えた、という点で大きな違いがある(詳細は後述)。
加えてOSも、昨年1月時点において、同社がワークステーションOSの中核に据えていたのがMicrosoftのWindows NTであったのに対し、今回発表された新製品では、Windows NTのサポートは継続されているものの、明らかに重点がLinuxへと移っている。SGIは、'99年の4月にLinuxのサポートを表明したが、まずサーバーOSとしてのLinuxサポートの比重を高め、今年に入ってワークステーションOSとしてのLinuxサポート、Linux上でのOpenGLサポートに力を入れた。そして、今回の新製品は、同社にとってLinuxをプライマリOSに据えた最初の製品、と言うこともできる。
●チップセットはApollo Pro 133A!
さてその新製品だが、ハードウェア面での最大のトピックは、前述の通りチップセットの自主開発路線を断念し、外部調達に切り換えたことだ。だが、これは決して意外なことではない。'99年8月に、SGIが自社の3Dグラフィックスエンジニア部隊をNVIDIAへ移管させたことからも、こうしたハードウェア路線の転換は十分予期されていた。また、Windows NTに加えLinuxをサポートOSに加えた時点で、自社開発路線を継続することは、サポートコストの点で難しくなっていた(SGIはWindows NTのサポートを止めたわけではない)。Intelアーキテクチャの利点の1つである複数OSのサポートという特徴を生かすためにも、標準アーキテクチャの採用(外部チップセットの調達)は避けて通れなかった、と考えられる。
それでも今回発表された新製品が衝撃的なのは、3シリーズの主な仕様をまとめた表を見てもらえばわかるハズだ。そう、ローエンドとミドルの2シリーズ(silicon graphics 230および330)に採用されたチップセットが、VIA Technologies製のApollo Pro 133Aなのである。別に筆者はApollo Pro 133Aが悪いといっているのではない。もちろん、現時点で秋葉原のPCショップのマザーボード売り場で、最も広い展示スペースを獲得しているのがApollo Pro 133Aベースのマザーボードであることも知っている。PC用のチップセットとして、特にWindows 9xシリーズと組み合わせることを前提に考えれば、スペック的なバランスの点で最も優れたものであることは間違いない。
Silicon Graphics 230 | Silicon Graphics 330 | Silicon Graphics 550 | |
---|---|---|---|
CPU | Pentium III 667/733MHz | Pentium III 800MHz | Pentium III Xeon 800MHz |
搭載可能CPU数 | 1個 | 1もしくは2個 | |
FSBクロック | 133MHz | ||
チップセット | VIA Apollo Pro 133A | Intel 840 | |
メモリの種類 | PC133 ECC Registered SDRAM | PC800 Direct RDRAM | |
メモリスロット(最大容量) | 3 DIMM (1.5GB) | 4 RIMM(2GB) | |
グラフィックスバス | AGP 4x | ||
グラフィックスサブシステム | VPro 32MB DDR/64MB DDR | Vpro 64MB DDR | |
HDD | 20GB IDE/9.1GB Ultra 2 SCSI | 8.2GB Ultra160 SCSI | |
FDD | 1.44MB | ||
CD-ROMドライブ | 48倍速 | ||
ネットワーク | オンボードIntel 82559 | ||
その他のI/O | シリアル×2、パラレル×1、USB×2、PS/2キーボード/マウス | ||
OS | Red Hat Linux 6.1、Windows NT 4.0 |
しかし、Apollo Pro 133Aが、ワークステーションを念頭に開発されたチップセットと言いがたいのも事実だ。また、ワークステーション用チップセットとしての実績も乏しい(理由は明らかにされていないが、今回の新製品でWindows 2000がサポートされない原因の1つはチップセットなのではないかと勘ぐりたくもなる)。DellやCompaqといったPC大手に比べ、数量的なハンデを負う同社では、RIMMの調達価格に差があるため、価格面での制限の厳しい下位モデルでIntel製チップセット(Direct RDRAM対応のi820/i840)の採用が難しかった、というのが理由だと思うが、「ワークステーション」という言葉がしっくりとこないのも確かだ。
一方、グラフィックスサブシステムは、今回の新製品に採用されたのはVProと呼ばれるものだ。だが、すでに述べたように、SGIにこのクラスのグラフィックスを手がけるエンジニアチームはすでに存在しない。VProも、NVIDIAのグラフィックスチップをベースにしたものである。詳細は公表されていないが、ローエンドモデルに採用されている「VPro 32MB DDR」は「GeForce」ベース、それ以外に採用されている「VPro 64MB DDR」は「Quadro」ベースであるという。SGIとNVIDIAが'99年7月に「戦略的提携」をしているため、「他社より若干先駆けてグラフィックスチップの調達ができる」と同社が言っていることからして、少なくともVPro 32MB DDRはGeForce 2 GTS相当、VPro 64MB DDRはGeForce 2 GTSをベースにしたQuadro(NV15-GL)あるいは、従来のQuadro(NV10-GL)の改良型なのだろう。
その他の点に関しては、今回の新製品もごく標準的なPCワークステーションのスペックといえる。コンシューマPCと異なり、レガシーI/Oも備えられている。高価な3Dグラフィックスアプリケーションにつきものの、コピープロテクション用ドングルのためにも、レガシーI/Oはまだ不可欠なのである。
●NT 4.0モデルが12,000円アップは高いか?
今回発表された3シリーズ4機種のうち、価格が発表されているのは5月24日から出荷開始となるSilicon Graphics 230の2機種のみ。6月出荷予定のSilicon Graphics 330および550の価格はまだ明らかにされていない。
230の価格だが、ローエンドのPentium III 667MHzモデル(128MBメモリ/VPro 32MB DDR/IDE)が336,000円、上位のPentium III 733MHzモデル(256MBメモリ/VPro 64MB DDR/SCSI)が562,000円となっている。下世話な話し、筆者などは、ついApollo Pro133AにGeForceで33万円? などと思ってしまうのだが、今回からカテナがマスターディストリビュータとなって、間接販売を強化すると発表されており、店頭ディスカウントのマージンを含んだ上での価格、ということなのかもしれない。
さて、上記の価格はいずれもRed Hat Linux 6.1モデルのもので、NT 4.0モデルは12,000円アップとなるが、この価格差を安いと考えるか、高いと考えるかは難しいところだ。Linuxモデルの特徴は、SGI ProPack 1.2 for Linuxと呼ばれるOpenGLのハードウェアアクセラレーション環境が標準で添付されていることだ(Red Hat以外のディストリビューションでも動作可)。これにより「Windows NTに勝るとも劣らないOpenGL環境を提供」(同社発表資料)するというが、この環境を利用したハイエンド向けのグラフィックスアプリケーションは、ほとんど存在しないのが現状だ。
というより、SGI ProPackは、今回が初めての提供であり、それに対応したアプリケーションがほとんどないのも無理からぬところなのである。実際、SGIの100%子会社であるAlias|Wavefrontが提供するMayaにしても、「Linux版の投入時期は不明」(日本SGI)という状況。となると、Linuxモデルのユーザーは、自分でOpenGLのプログラミングを行なうことが可能な人か、社内(組織内)にOpenGLのプログラマが別にいて、モデリングツールなどの提供を受けられる人、ということに限定されてしまう。NTモデルなら、豊富に用意されている市販のツールが利用可能であることを考えると、12,000円という価格差は意外に小さいように思う(NTモデルはNTモデルで、Windows 2000のサポートやアップデートが不透明なのだが)。
●ぼやけてきた、PCとワークステーションの境界線
かつてワークステーションといえば、一般のユーザーには高嶺の花、とても手が届くことのない高価なコンピュータであった。その主力OSであるUNIXも含め、ある程度パーソナルコンピュータ使用歴の長いユーザーであれば、ワークステーションコンプレックス(あるいはUNIXコンプレックス)を持つ(持っていた)人も多いのではないか、という気がする。だがそれも、今は昔の話。今ではワークステーションといえども、PCと同じIntelアーキテクチャをベースにしたもの、“PCワークステーション”が主流になりつつある。PC版UNIXやLinuxの普及、PCにおけるネットワーク機能の標準化とあわせ、性能的にも価格的にもPCとワークステーションの境界線はぼやけつつある。せいぜい、普通のPCより少しI/O回りが強化されたPC、というのが実感だ。今回の新製品を見ても、その感は強い。
また、今回の発表に先立つ5月17日、米SGIは子会社であったMIPS Technologiesの保有株式(発行済み株式の約65%)を自社の株主に分配することで、親会社/子会社の関係を解消すると発表した。今でこそMIPS Technologiesは組み込み系プロセッサに比重を移しているものの、MIPSプロセッサといえば、かつてはSGIのサーバー/ワークステーションを支えた(今でもMIPSプロセッサを採用するサーバー/ワークステーションはハイエンドを中心に多く残っているが)存在だ。3Dグラフィックスエンジニアチームの移管に続き、MIPS Technologiesを分離することで、ことハードウェアに関しては、SGIは普通のPCベンダと変らなくなりつつある(遅れてきたPCベンダとすら言えるかもしれない)。今後は、SGI ProPackに代表されるソフトウェアによる差別化にこそ、同社の将来がかかっていると考えて良いだろう。
こうした動きは、SGIだけに限らない。同じグラフィックスワークステーションメーカーであったIntergraphも、グラフィックス部門を3Dlabsに売却した。かつてS3が2Dワークステーショングラフィックス市場(2Dエンジニアリンググラフィックス市場)を滅ぼしたように、NVIDIAは3Dワークステーショングラフィックス市場を滅ぼそうとしているのかもしれない。
□日本SGIのホームページ
http://www.sgi.co.jp/
□ニュースリリース
http://www.sgi.co.jp/newsroom/press_releases/2000/may/new_ws.html
□発表会レポート
http://www.sgi.co.jp/newsroom/press_releases/2000/may/press_conf_report.html
(2000年5月31日)
[Text by 元麻布春男]