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後藤貴子の 米国ハイテク事情

株価低迷でMicrosoftに「チャンス」到来!


●悠々自適ポール・アレン氏の「確かな目」

 Microsoftの共同創立者、ポール・アレン氏の一番最近の快挙。それは、自分のロックバンド「Grown Men」のCDを出したこと。ゆうゆうライフは、彼の株売却の時期を見極める能力に支えられている。Wall Street Journalによれば、アレン氏は昨年12月、大量のMicrosoft株を売却したという。これがまたグッドタイミング。4月以来、裁判敗訴、分割案といったニュースでMicrosoft株はガクガク下がり、5月になった今も60ドル台の低迷を続けているからだ。120ドル近かった昨年末から見ると半値近い。判決が出れば下がる、と予測したアレン氏は正しかったわけだ。


●今さら下落は本当はおかしい

 でも実をいえば、Microsoft株が今さら下落するのはおかしい。本当は、下がるならもっと前に下がっていなければならないからだ。
 なぜなら、地裁での敗訴は昨年末、司法省とMicrosoftが、いくら和解交渉しても話がまとまらなかった頃から明白だった。そして敗訴の結果、分割などの厳しい救済措置案が出てくるだろうという予測も、何度も何度も報道されていた。
 つまり、敗訴、分割案提示のシナリオは前から読めており、Microsoftの株価にとっくに含み済みであるべきだった。昨年末のうちに60ドル台に下がっているべきだったのだ。

 なのに、なぜ今になって下がったのか。それは、Microsoftの裁判の流れなど追っていない素人投資家が多いからだ。でもそれも仕方ない。今、米国の株式市場で力を持っているのは、カネ余りで投資先を求めている一般個人だからだ。

 もともと、米国庶民は銀行にお金をただ預けておくのは好きじゃない。株のように自分の才覚でさらに大きく増やすチャンスをねらうほうが、アメリカンスタイルなのだ。特に今は好景気のため、株に手を出す個人が増えた。それが株式市場に膨大な資金を流入させ、ドットコムなどの資金調達をしやすくした。
 だが、しょせん、一般個人は経済全体や各企業の動きに詳しいわけではない。そこで、ハイテク株なら儲かるとか、Microsoft株ならドットコム株より安心とかの、大ざっぱな考えで買う株を決め、右へ倣えにもなりやすい。また、彼らにはこの株をじっくり寝かせておくほどの余裕もない。そこで、売り時をいつもじりじりと待っている状態となり、一度下がり始めると一斉に売りに走って、下落幅を大きくしてしまう傾向がある。

 4月以降のMicrosoft株の下落も、この素人投資家たちの傾向が出たものだろう。敗訴などの観測のときに動いたのはアレン氏のような一部のMicrosoftウォッチャーだけで、その他大勢は判決や是正措置案が実際に出てからドドッとMicrosoft株を売り始めた、というわけだ。


●株価下落が直接影響するMicrosoftの「ストックオプション」戦略

 では、この下落はMicrosoftに痛手なのか。基本的にはYes……だが、Noでもある。逆にプラスになる点もあるからだ。そして、マイナス面もプラス面も、Microsoftが「ストックオプション」に頼っていることに関係している。

 まずマイナス面から見てみよう。
 Microsoftにとって株価下落で一番困るのは何か。それは、ソフトウェア企業の最重要な資産である人材が逃げることだ。なぜなら、Microsoftの社員が超多忙の毎日に耐える秘密は、会社からもらうストックオプション(自社株購入権)にある。株価が下がるとその魅力が消えて、Microsoftにとどまる理由がなくなってしまうのだ。

 ストックオプションが儲かる仕組みはこうだ。
 この制度では、社員はMicrosoftに入るときなどに、一定の金額(大体そのときの相場がもとになる)でMicrosoft株を購入できる権利をもらう。権利が行使できるのは数年後だが、そのとき自分の購入株価より市場の株価が上がっていれば、会社から安く購入した株を市場で売ることで、差額を儲けられる。

 つまりストックオプションで買える株の価格より市場の価格が高ければ高いほど、社員は儲かる仕組みだ。
 会社にとってみれば、ストックオプションがあれば、自社の業績が上がって株価も上がるよう、社員はみながんばるし、高い給与やボーナスを出さなくても喜んでくれる。またたいていの場合、この権利は退社すると消滅することになっているから、株価がこの先まだ上がると思えば他の企業に転職もしない。
 ストックオプションは、安い費用で社員の士気と忠誠心を保てる打ち出の小槌なのだ。


●マイナス面:株価が下がると社員が逃げる

 ところが、そこには落とし穴がある。
 ひとつは、このマジックは株価の右上がりを前提にしており、しかも社員にとって、そのカーブが急なほどよいということ。だからドットコムのIPO(新規株公開)というと必ず破格の高値がついていたときは、業界古参で急上昇しにくいMicrosoftより、IPO前の新興ドットコムに流れる人材も多かった。とはいえ、それでもこれまではMicrosoftの株は上下しながらも右上がりを描いており、社員に安定した儲けを約束していた。

 ところが、今回のように下落が止まらないとどうだろう。  たとえば1株60ドルで1,000株買えるという権利をもらった社員がいるとする。市場価格100ドルのときにこの権利を使えば、会社から買った株を市場で売ることで1株あたり40ドル、計4万ドルも儲けられる。だが、市場価格が下がると、皮算用はどんどんしぼむ。60ドルを割ればかえって損をしてしまう。これでは社員のやる気はがた落ちだ。

 Seattle Timesの4月18日の記事「Microsoft offering more perks to stem employee defections 」によれば、そこで、バルマー社長はつなぎ止めのため、一部の社員に、ストックオプションの積み増しや昇給、特別休暇、はては、気ままなエンジニア向けに、管理責任が伴わない特別な昇進までオファーしているという。つまりは肩書きでも休みでもキャッシュでも、欲しいものは何でもあげましょうというわけだ。それでも、歯止めになるかどうかはまったくわからない。


●プラス面:株価が下がると株の買い戻しができる

 だが、株価下落にはじつは、プラス面もある。それは株価が上がりっぱなしだと社員はいいが、会社は破滅しかねないからだ。これがストックオプションのマジックのもうひとつの落とし穴だ。

 株価が上がると社員は喜ぶのに、どうして会社にとっては悪いのか。それは、社員がストックオプションを行使すると、発行済みのMicrosoftの株が増えるからだ。
 これは既存株主が持つ1株あたりの価値が下がり、株主の見込み利益が減ることを意味する。株式会社は株主の利益を守らなければならないので、ふつう企業はストックオプションで社員に株を売ると、それと同程度の数の株を市場から買い戻し、株の量を調節している。
 ところが、高値のあと安値の波がすぐに来ればいいが、高値が続くと、企業はその高い市場価格で買い戻さなければならなくなる。

 つまり、社員に大盤振る舞いしたストックオプションは、あとで企業がツケを払わなければならない。企業にとって、ストックオプションは、いくら支払うかは株式市場まかせでコントロールできない怖い給与でもあるのだ。
 だから、安値の今はMicrosoftにとってまさに株買い戻しのチャンスで、プラスな面でもあるというわけ。

 もっともこのプラスは短期的なもので、長期的に低迷したら、やはり人材が逃げるマイナスのほうが大きい。
 だが、人材流出に歯止めをかけるために、さらにストックオプションの積み増しという策が出てくるところを見ると、Microsoft社員にとってまだまだストックオプションには抗いがたい魅力がある、あるいは少なくともバルマー社長はそう思っているということなのだろうか。

[Text by 後藤貴子]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当 pc-watch-info@impress.co.jp