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後藤弘茂のWeekly海外ニュース

なぜMicrosoftはX-Boxを自社で売らなければならないのか


●Microsoftのビジネスモデルが通用しない世界

 Microsoftは、X-Boxを自社ブランドで販売する。ソフトウェアメーカーMicrosoftが、いよいよ本格的なハードウェアメーカーに転身することになる。ソフトウェアメーカーであることにこだわっていたはずのMicrosoftがなぜ? じつは、Microsoftは、自社ブランドで発売せざるをえなかったのだ。なぜなら、Microsoftの従来のビジネスモデル、つまりソフトウェアメーカーに徹してハードウェアは他社に売ってもらうというモデルが使えないからだ。

 PCで大成功を納めたMicrosoftのビジネスモデルは、OSを複数のハードウェアメーカーにライセンスし、ハードウェアメーカーのブランドで販売してもらうことで成り立っている。このモデルでは、ライセンスを受けたハードウェアメーカー同士が市場で競い合うことで、ハードウェアの機能が向上、価格が下がり、ラインナップが充実、マーケットが広がる。このモデルが優れているのは、ハードウェアメーカーが競争で損をすることがあっても、Microsoftはライセンスで儲かるので、決して損はしないという点だ。

 ところが、今回はこのPCビジネスモデルが使えない。それは、ゲーム機のビジネスモデルが根本から異なるためだ。


●ロイヤリティベースのモデルへ

 ゲーム機では、ハードウェアは基本的に1社から提供する。それも、思い切り安い価格をつけて一気にハードウェアを普及させ、まず、プラットフォームを確立する。その場合、最初はハードウェアに関しては持ち出しになる可能性があるが、利益はソフトウェアのロイヤリティから得るので十分穴埋めできる。これは、PlayStation2のスペックと価格を見てみればわかる。出だしでこんな価格は、PCなら絶対につけることができない。

 このビジネスモデルは、ロイヤリティ収入が得られることを前提としている。そのため、今回は、MicrosoftはPCメーカーに代理戦争をしてもらうという戦略を採ることができない。PCのビジネスモデルで参入したら、X-Boxのイニシャルの価格は599ドルになってしまい、競争力を持てずプラットフォームを確立することができないだろう。それがわかっているから、Microsoftのビル・ゲイツ会長兼CSAは、Game Developers Conferenceで、「(X-Boxは)伝統的なゲーム機だ」、「ゲーム機のような価格になり、ゲーム機のような伝統的なソフトウェアロイヤリティモデルを取る」と明確に言い切っている。


●Microsoftにとって不慣れなビジネスモデル

 だが、そのためにMicrosoftは、X-Boxでは不慣れなフィールドでの戦いを強いられることになる。まず、MicrosoftがX-Boxを製造販売すると言っても、ハードウェアメーカーでないMicrosoftがいきなり工場を運営はできない。実態は、Microsoftがハードウェアメーカーに生産を委託して、それを買い取ってアセンブリしてもらい、ユーザーに売ることになる。この場合、X-Boxでは、スタート時点では逆ざやが生じる可能性がある。つまり、各製造メーカーのコストを積み上げると500ドルになったとしても、Microsoftは299ドルで売らなければならず、差額の200ドルはMicrosoftがかぶることになる。

 そして、PlayStation2が価格競争を挑んできた場合、Microsoftが競争力を維持するために価格を下げると、どんどん傷口が開いてしまう。つまり、価格を追従して下げると赤字が大きくなるが、そうしないとプラットフォームを確立できないというジレンマに陥ってしまうのだ。かつて、こんなにリスクの多いビジネスモデルをMicrosoftが取ったことはなかった。


●ソフトメーカーにとっては嬉しいX-Box

 ところで、X-Box参入を何より喜んだのは、おそらくゲームソフトメーカーだろう。先週のコラムで解説した通り、PCゲームオンリーのメーカーは、これでゲーム機に足がかりを作ることができる。それも、自分たちの開発リソースがそのまま利用できるのだ。これは、PCベースの開発に慣れたチームを多く抱える米国のソフトメーカーにとって、特にありがたい。

 一方、ゲーム機市場にすでに浸かっているソフトメーカーは、PlayStation2に敵が登場したことで、SCEIに対して交渉のカードを持てるようになる。つまり、PlayStation2が一人勝ちしてシングルスタンダードになってしまうと、現在のPC市場と同じように、SCEIに対するソフトメーカーの立場がどんどん弱くなってしまう。ところが、コンペティタが登場すると、そちらに乗り換えるというカードを持つことで、ソフトメーカーはより強い立場を得ることができるようになる。

 つまり、ソフトメーカーはX-Boxに本気でコミットしなくても、当て馬として使うだけで十分に元が取れるわけだ。ことに、セガ・エンタープライゼスのDreamcastが不調で、任天堂のDolphinがまだ見えない現状では、金持ちでやる気十分のMicrosoftのX-Boxは、じつにありがたい存在だ。


●X-Boxの勝者はIntel

 しかし、今回のX-Box騒ぎでの一番の勝者は誰かというと、それはIntelだ。もう十分ウワサになっていることだが、X-BoxのCPUは最初はAMDのAthlon系コアで内定していた。それがひっくり返されたのは発表直前で、IntelはラストミニッツでAMDを追い落としたと言われている。

 そのIntelが提供するCPUはPentium IIIのカスタムチップということになっている。しかし、これはおそらく半分しか本当ではないだろう。まず、IntelはPentium IIIのシリコン自体は、おそらく変えない。Intelのビジネスモデルは、同じ基本設計のシリコンで設計を変えずに数千万個売って儲けるというものだ。X-Boxが1千万個をコミットするなら別だが、そうでなければIntelがシリコンをカスタマイズするとは思えない。それでなくても、X-Boxではマージンは狭いのだ。

 ただし、後工程で変える可能性はある。例えば、ターゲットクロックが低いので電圧を落として消費電力を抑えたり、パッケージなどで差別化する可能性は十分ある。

 そもそも、現在のターゲットの600MHzというのは、来年のクリスマス商戦時にはPC用としては存在していないクロックだ。その時点なら、Timnaのローエンドですらおそらく800MHz以上になっているだろう。さらに、Intelの製造ラインは0.13μmルールへの移行が始まっているはずで、X-Box用チップを作る0.18μmルールのラインは減価償却が終わったものになっているだろう。

 つまり、Intelとしては、減価償却が終わったラインで作る古いスペックの製品をX-Box用に流すわけで、実質的なコストはかなり低くなるはずだ。そのためIntelは、X-Boxが化ければ万々歳だし、失敗してもそれほど損はないという立場になる。その上、AthlonのOEM先をひとつつぶして、AMDの株価にダメージを与えることができたのだから、戦術としては上々だろう。恐ろしいのは、アリの一穴も見逃さないIntelのマーケティングだという気がする。


●ゲーム機の日本対PCの米国

 ところで、今回のPlayStation2対X-Boxの戦いは、「ゲーム機の日本」対「PCの米国」の戦いでもある点も面白い。

 PCに関しては、日本は米国に完敗した。ほとんどのアーキテクチャが米国からやってくるPCの普及は、米国の文化侵略といってもいい状況だ。ところが、ゲーム機ではその逆のことが起きている。ファミコン、PlayStation、ゲームボーイとゲーム機ではほとんど日本の圧倒勝利。そのゲーム機の上に乗って、ポケモンが米国を席巻したりと、こちらも立派に文化侵略を起こしている。

 互いに侵略しあうこの戦争は、これまで“無事”にすれ違ってきた。それは、戦場が違ったからだ。しかし、状況は変わり、今度は、日米が正面からぶつかりあう。ソニーはPlayStation2でPCのものだった領域を侵し、MicrosoftはX-Boxでゲーム機のものだった領域を侵す。つまり、日米を代表する企業が、互いの領域に踏み込んで戦うのだ。

 両社が狙うのは、PCとゲーム機の両方の特性が必要な家庭のエンターテイメントセンターの地位だ。PlayStation2が勝てば、世界中のリビングルーム(ファミリルーム)は日本が握るし、X-Boxが勝てば米国が握る。

 「そんなの、PlayStation2が勝つに決まってる」と思うかもしれないが、そうではない。PlayStation2がゲーム機として成功するだけでは勝利とは言えない。先進国中の家庭に1台づつPlayStation2が入り、今のアナログTVと同じようなインフラにまでならないと家庭のエンターテイメントセンターになったとは言えないからだ。常勝SCEIにとってもこの道のりは平坦ではない。


●Microsoftの勝算

 Microsoftは、おそらく緒戦ではゲーム機市場で戦い慣れたソニーに遠く及ばないだろう。そもそも、スケジュールにルーズなMicrosoftが、来年のクリスマス商戦に間に合わせることができるかどうかだって怪しい。

 だが、ここでMicrosoftをあなどってはいけない。Microsoftは、あの手この手で何度でも立ち向って来るからだ。例えば、デジタルHDTV放送のSTB(セットトップボックス)との融合機といったバージョンを出してくるかもしれないし、PC的なアプリケーションを載せて、PCライクなインターネット端末兼用にするかもしれない。ともかく、Microsoftなら、X-Boxが離陸できなくても、そのまましぼんで終わりというパターンにはならないだろう。ことに、ゲイツ氏が、このX-Boxをホーム市場切り込みの切り札と考えているのなら、なおさらだ。


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(2000年3月22日)

[Reported by 後藤 弘茂]


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ウォッチ編集部内PC Watch担当pc-watch-info@impress.co.jp