2009年に入ってから、わずか3カ月。今年は、早くも電機、IT大手企業の社長交代が相次いでいる。 わずか3カ月の間に発表された社長人事は、1月1日付けの日本IBMの橋本孝之新社長(発表は12月30日)を皮切りに、2月にはソニーがハワード・ストリンガー会長兼CEOの社長兼務を発表。3月に入ってからは、OKIの川崎秀一新社長、日立製作所の川村隆新社長、東芝の佐々木則夫新社長の就任が、それぞれ発表された。 自動車業界でもトヨタ自動車、ホンダ、スズキで新社長人事が発表される慌ただしさを見せており、日本の基幹産業が大きな転換期にあることを示している。 電機各社の新社長人事は、景況感の悪化を背景に、本来想定されていたタイミングを裏切る形となっているが、その一方で、各社の風土を映し出す、まさに「各社らしい」人事となっている。 ●各社各様のらしさを感じる人事 それは、新社長の年齢ひとつをとっても感じることができる。
例えば、日本IBMの場合、60歳の大歳卓麻前社長から54歳の橋本新社長へのバトンタッチだった。大歳氏が9年、その前任の北城かく(●りっしんべんに各)太郎氏は6年という社長在任期間であったことを考えると、内規の60歳役員定年となるまで、ほぼ同年数の在任を想定した日本IBMらしい人事といえる。 ここ数年、大歳氏の社長引退説が出ていたのに伴い、外国人社長の登用との声もあがっていたが、最後には、最有力候補だった橋本氏が就任するという形に落ち着いた。設立以来、日本人社長にこだわり続ける日本IBMの社長人事としては、この点でも、やはり「日本IBMらしい」ものと言えるだろう。
ソニーの場合は、67歳のストリンガー氏が社長を兼務し、61歳の中鉢良治社長の役職を兼務する点では、社長の実質年齢があがった計算になるが、ストリンガー氏を支える体制が大幅に若返った点では、やはりソニーらしさを感じる。 61歳の中鉢氏、58歳の井原勝美副社長が退き、代わって、ストリンガー氏を支える「四銃士」として、新たにコンスーマー・プロダクツ・グループのプレジデントに就任した56歳の吉岡浩氏、吉岡氏の補佐役となる49歳の石田佳久氏、ネットワークプロダクツ&サービス・グループのプレジデントに就任する48歳の平井一夫氏、平井氏の補佐役に就任する48歳の鈴木国正氏というように、若返りが図られた。吉岡氏を除けば、一世代飛び越えた人事ともいえる年齢だ。 とくに、ソニーらしい人事といえるのは、吉岡氏の起用。ここ数代のソニーの社長は、57歳、58歳で社長に就任してきた。そのタイミングから逆算すれば、ここに近い世代で、唯一吉岡氏を起用したのは、次期社長を意識した人事といえないこともない。また、吉岡氏以外の人事については、その先の社長人事も視野に入れた布石ともいえ、本来、5年後に経営を担うはずの人材を揃えた、「未来からやってきた」経営陣ともいえるだろう。 一方で、前会長である出井伸之氏が退任したのが67歳。今年は、ストリンガー氏が出井氏退任年齢と同じ齢となる。このあたりも、今後のソニーの人事を見る上で、気になるところだ。
年齢の観点から見て、最も企業風土を感じたのが日立製作所である。62歳の古川一夫社長から、バトンを受け取る新社長の川村氏は69歳。7つ年上への社長交代という異例のものとなった。しかも、子会社会長からの復帰。人事そのものは異例だが、質実剛健の日立を、経験者によって復活させるというのは日立らしい判断ともいえる。大きく若返った社長人事の針を巻き戻した人事といえなくもない。 取締役会議長に退く73歳の庄山悦彦会長は、「若返りの時代にベテランで行く」、「昔の強みを戻すという観点からの人事」と表現した。川村新社長も、「年齢が若いとはいえないが、気持ちは若々しくいきたい」と前置きし、「副社長も、経験を重視した人事とした」と語り、子会社社長に転じていた62歳の八丁地隆氏と、61歳の三好崇司氏を新副社長に再任するという異例の手も打った。八丁地氏と三好氏に共通しているのはCFO経験者ということ。その点でも、改革に向けた盤石な体制を敷いたといえなくもない。 ●PC事業経験者の起用に注目
実は、PC事業およびコンピュータ事業の経験という観点から見ても、今回の社長人事の動向は興味深い。 この4年間に渡り、構造改革に大鉈を振るい続けてきた東芝の西田厚聰社長は、PC事業の出身だ。迅速な意思決定は、IT業界での経験を生かしたものだったといえる。 実際、西田氏の跡を継いで、PC事業を拡大させた実績を持つ能仲久嗣氏を、副社長に起用し、TVをはじめとするデジタルプロダクツ事業を担当させる。同事業においても、PC事業で培ったサプライチェーンシステムを活用することで、同社のTV事業における水平分散型ビジネスモデルの構築を実現。競争力を高めることに成功している。東芝社内に、PC事業の手法を広げたことで構造改革を進めてきたともいえる。 また、日立の古川社長も、情報通信事業の出身だ。日立としては初の同分野出身の社長となった。 情報・通信グループ長兼CEO時代には、「uVALUE」のコンセプトを掲げ、日立が持つインフラを活用したソリューションを提案。情報通信事業を核にしたユビキタス社会のリーディングカンパニーを目指す旗振り役であったことは記憶に新しい。 社長在任期間中は、ディスプレイ事業やHDD事業といった課題事業の解決の実績は評価されるが、やはり業績悪化の責任が重くのしかかる。2月に発表した新体制を撤回しての新社長人事は、その印象をより強いものにする。 東芝も、日立も、IT分野出身社長から新たにバトンを受けとる新社長は、いずれも両社の中核事業である重電事業出身者。歴代社長の出身母体に戻ったともいえる人事だ。裏を返せば、経済環境の悪化、業績不振を乗り切るためには、軽くて、速いを身上とするIT分野出身の経営者よりも、じっくりと腰を落ち着けて判断する重電事業出身の方が経営に適しているとの判断が見え隠れする。 だが、逆に、この時期だからこそ、PC事業経験者を据える企業もある。 日本IBMの橋本社長は、取締役時代に、PC事業を担当し、自らも10台以上のThinkPadを使い続けてきたパワーユーザー。日本IBMとしても、初のPC事業経験者の社長登板となる。 また、ソニーがストリンガー会長のもとに置いた四銃士のうち、コンスーマー・プロダクツ・グループ(CPG)デュプティプレジデントに就任する石田佳久氏はVAIO事業成長の立役者。TV事業本部長に就任し、ソニー復活のバロメータとなるTV事業を担当することになる。さらに、グループ全体の共通ソフトウェアソリューションを開発、導入するための「コモン・ソフトウェア&テクノロジー・プラットフォーム」を設置し、これを業務執行役員SVPの島田啓一郎氏が担当する。島田氏もかつてはVAIO事業部門を担当し、デスクトップPCを担当する石田氏と、ノートPCを担当する島田氏という役割分担の時期もあった。コンテンツ業界出身のストリンガー氏が、会長就任以来、重視し続ける「ソフト」分野のトップにPC事業経験者を据えるのは、その経験に期待が大きいことを示したものといえるだろう。 これまでにも、出井氏、安藤國威氏など、歴代社長にPC事業経験者を置いてきたソニーが、改めて、PC事業経験者を経営の一角に据えたわけだ。 ●PC事業経験者の意志決定スピードに期待 PC事業を経験した経営者の意思決定は、これまでの数人の実績から見ても迅速だといっていい。 日本マクドナルドの会長兼社長兼CEOに就任し、成果をあげている原田泳幸氏も、アップルなどでのIT業界での社長経験をベースとした迅速な経営を展開している。 就任直後には、キッチン・システムであるメイド・フォー・ユーを、当初の計画予定を見直し、全店に前倒し導入したのも、原田氏ならではの迅速な意思決定によるものだったといえよう。それが、その後のさまざまな施策にプラスとなっている。 現在、電機各社は、業績悪化からの回復に向けた一手が求められている。しばらく続くと見られる経済環境の悪化のなかで、PC事業の経験者の一手は、どんな成果をもたらすのだろうか。 一方で、東芝、日立のように重電経験者への社長交代がどんな結果になるのか、そして、ソニーがPC事業経験者を抜擢した一手は、先手なのか、周回遅れなのか。結果は、数年後まで待たなくてはならない。 □関連記事 (2009年3月24日) [Text by 大河原克行]
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