大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

マイクロソフトのコンシューマ事業再編の狙い
~EMI・堂山社長を迎え入れ、眞柄専務が世界戦略に挑む意味




マイクロソフト 樋口泰行社長

 マイクロソフトが、コンシューマ事業体制の強化に乗り出した。

 同社樋口泰行社長は、今年4月の社長就任直後から、「コンシューマビジネスをいかにドライブしていくかが重点課題の1つ」とし、「最近では、企業向け製品がクローズアップされているが、Microsoftは、もともとコンシューマ系のベンチャー企業としてスタートした会社。ビジネスとコンシューマの両方に通用するブランドを持つ会社は少ないものの、マイクロソフトはそれに挑戦していく必要がある。そのためには、コンシューマブランドをもう一度構築する必要がある」と語っていた。

 最近でこそ、エンタープイラズビジネスのイメージが強い樋口社長だが、アップル時代、コンパック時代を通じて、自らコンシューマ事業の第一線で陣頭指揮を執っていた経験を持つだけに、コンシューマ事業に対する思い入れは深い。

 その樋口社長から見ると、マイクロソフトにおいて、いま一度、コンシューマ事業のテコ入れに乗り出す必要性を感じていたのだ。

●予想以上の大再編となったコンシューマ事業

 樋口社長から、コンシューマ事業のテコ入れに乗り出すことを聞いたのが4月中旬。それからわずか2カ月。明らかになった情報だけを見ても、マイクロソフトが、7月1日から始まる新年度に構築する新たなコンシューマ事業体制は、予想以上に大きな変更となった。

 同社は、7月1日付けでコンシューマ&オンライン事業部を設置する。

 Windowsのコンシューマ分野、Windows Mobile、Windows LiveやSearch、MSNなどのオンラインサービス事業、それらに関連するパートナー、および広告ビジネスを統括するのが、この新組織の役割だ。つまり、Windowsなどのコンシューマ向けプロダクトと、オンラインサービスなどを1つの組織に統合したのである。

 同事業部を担当するのが、現在、EMIミュージック・ジャパンの代表取締役社長兼CEOを務める堂山昌司氏だ。7月1日付でマイクロソフト入りし、代表執行役副社長として、同事業部を担当する。

 6月に入ってから、都内のあるセミナーで樋口社長に会った際、堂山氏のマイクロソフト入りについて、コメントを求めた。

 「すばらしい人に、マイクロソフトに来ていただけることになり、日本国内におけるコンシューマ事業を加速させる体制が整うことになる」と樋口社長は語る。

 堂山氏は、'58年10月生まれ。'57年11月生まれの樋口社長とは1歳違いだ。ソニーやソニー・ミュージックエンタテインメントを経て、アット・ジャパン・メディア社長、MTVジャパン会長、BMGファンハウス副社長など歴任し、2005年からEMIミュージック・ジャパン(旧・東芝EMI)の社長を務めてきた。

笹本裕執行役常務

 MSNのオンラインサービス事業部を率る笹本裕執行役常務は、マイクロソフト入りする前までMTVジャパン社長兼CEOを務めており、堂山氏とは同じ時期にMTVジャパンに所属していたことになる。

 そして、見逃せないのが、堂山氏が'90年にハーバード大学経営大学院を卒業。樋口社長も'91年にハーバード大学経営大学院を卒業しているのだ。

 実は、今年3月まで、日本法人社長を務めたダレン・ヒューストン氏も、94年にハーバード大学経営大学院を卒業している。

 昨年3月に樋口氏がマイクロソフト入りした際に、同氏は、「ヒューストン氏は、共通言語が使える人物。問題解決を図る上で、共通のフレームワークを持った仲間が同じ社内にいるのは大きなメリットになる」としていた。

 ここでいう共通言語は、まさに、ハーバード大学経営大学院でのMBA取得の経験を指す。

 「頭の中の整理の仕方、ビジネスの本質を理解するための最短の考え方、課題の整理の仕方などに共通したものがあり、これを共通言語と表わした」と樋口社長は語る。その点では、堂山氏も、「樋口氏と同じ共通言語を語る人物」ということになる。

●共通言語を持つ人脈と師弟関係が密接な体制

ダレン・ヒューストン氏

 実は、ヒューストン氏、樋口社長、堂山新副社長、笹本執行役常務は、7月からの新たなコンシューマ事業体制でも密接な関係を結ぶことになる。

 堂山新副社長が担当するコンシューマ&オンライン事業部は、今年4月に米本社内に新設されたコンシューマ&オンライン・インターナショナル(COI)と連動する組織となる。この米本社に新設された組織のトップが、ダレン・ヒューストン氏なのである。

 もう1つ付け加えれば、堂山氏のマイクロソフト入りに関する人事権を持っていたのは、COIを統括するヒューストン氏であった。

 一方、日本においては、同事業部のマーケティング担当には、MSNのオンラインサービス事業部を率いていた笹本執行役常務が就任。オンラインサービス事業部は、コンシューマ&オンライン事業部のなかに吸収し、笹本執行役常務は、コンシューマ向けWindows事業のマーケティングも同時に統括することになる。

 奇しくも、MTVジャパンの師弟コンビが、マイクロソフトのコンシューマ事業で再現されるというわけだ。

堺和夫執行役常務

 また、堺和夫執行役常務が率いていた、コンシューマエレクトロニクス企業、放送局やコンテンツサービスプロバイダーなどとのパートナーシップを開発および強化する役割を担うデジタルエンターテイメントパートナー統括本部の機能も、同事業部に吸収し一本化。堺執行役常務は、スペシャルアドバイザーとしてサポートすることになる。

 コンテンツビジネスに精通している堂山氏を迎え入れることで、これまでのコンシューマ事業だけでなく、Liveプラットフォームによるコンシューマ向けオンラインビジネスが加速するのは明らか。マイクロソフトが目指す、新たなコンシューマビジネスに向けた推進体制が確立することになりそうだ。

 なお、佐分利ユージン執行役常務が担当するビジネス&マーケティング部門には、企業向けWindows事業のマーケティング組織がそのまま残り、7月以降は、Windows担当部門はコンシューマとビジネスの2つに分割される。また、Windows Mobileは、ビジネス&マーケティング部門から、新設されるコンシューマ&オンライン事業部に移管され、これも笹本執行役常務が統括することになる。

佐分利ユージン執行役常務 6月13日に行われたWindows Vistaの地デジ対応会見が、佐分利執行役員常務のコンシューマ向けWindows担当としては最後の会見となった

●日本の成功事例を海外に展開

 もう1つ、今回のコンシューマ事業の再編において見逃せない動きがある。

 それは、眞柄泰利執行役専務が、ヒューストン氏が率いるCOIのもとで活動を開始したことだ。

 眞柄氏は、執行役専務として日本法人に役職は残るが、コンシューマ&オンラインサービス事業部には所属せず、仕事の中心は米本社のCOIとしての活動になる。

 眞柄執行役員専務に、米本社の肩書きが書かれた名刺を見せてもらったが、なぜか日本語表記で、しかもマイクロソフトには珍しい縦書きの名刺。なんとも眞柄執行役員専務らしい発想の名刺である。

 すでに眞柄執行役員専務は、欧州やアジアの現地法人において、日本におけるコンシューマ事業の取り組み事例を紹介するなどの活動を行なっている。対象となるのは、全世界22カ国に配置されたCOIの連動組織。日本のコンシューマ&オンラインサービス事業部のような組織が各国に設置され、そこにおいて、日本のコンシューマビジネスモデルをベースにした活動が行なわれることになるのだ。

 具体的には、ハードメーカー、ソフトメーカー、周辺機器メーカーなどのほか、放送局までが参加している日本のWDLC(Windows Digital Lifestyle Consortium)の手法を、海外展開していくことだ。

 眞柄執行役員専務自身、日本のWDLCの会長を兼務しており、そのノウハウを最も熟知している立場にある。

 「日本のWDLCの活動が、世界各国の現地法人から強い関心事となっている。欧州においては、放送局を交えた活動に注目が集まっており、これを具体的な活動につなげていくことになる。WDLCという名称を海外において利用するかどうかは未定だが、この戦略が、Liveプラットフォーム戦略を推進するための基盤になるだろう。日本では、Vistaを軸とした展開となっているWDLCだが、欧州ではオンラインビジネスを推進することが重点となり、この成功を日本に逆輸入することもできそうだ」としている。

眞柄泰利執行役専務 眞柄執行役員専務が持つ、米マイクロソフトコーポレーションの縦書き名刺

●日本の企業にもビジネスチャンスが広がるか

 7月からのマイクロソフトのコンシューマ事業体制は、一気に強化されることになる。

 また、従来からのパッケージプロダクトを中心としたコンシューマ事業と、MSNやLiveによって実現されるオンライン事業とが一本化された上で、マーケティング活動が推進されるという点でも大きな変化があるといえよう。

 これまでは、コンシューマ事業とMSN事業には、隔たりを感じることが多かったが、この溝が埋まる可能性があるからだ。

 先にも触れたように、Liveプラットフォームを中軸としたオンラインビジネスの拡大につながる基盤ができたことも大きな要素だ。

 そして、眞柄執行役専務が活動の基盤を海外に移したように、日本のコンシューマビジネスの成功事例を海外展開していくという意味でも、興味深いものがある。

 帰国直前、ダレン・ヒューストン氏は、こう語っていった。

 「コンシューマ&オンラインビジネスを推進する上で、日本のハードメーカー、ソフトメーカー、周辺機器メーカー、コンテンツプロバイダーといったビジネスパートナーとの協業は避けては通れないもの。いや、むしろ、日本の企業との協業なしでは成り立たない、中核的存在を担うことになるだろう。それは、日本の企業が、世界でビジネスを拡大し、成功させるチャンスを掴むことにつながる。私は、日本の企業が世界で成功するための支援をする役割を担いたい」。

 今回のコンシューマビジネスの組織再編は、日本におけるマイクロソフトのコンシューマ事業拡大に留まらず、世界規模でのコンシューマ事業の拡大、そして、日本のビジネスパートナーのビジネスチャンス拡大につながる可能性を持った再編だといってもよさそうだ。

□マイクロソフトのホームページ
http://www.microsoft.co.jp/
□関連記事
【2月28日】マイクロソフトの社長に元日本HPの樋口氏が就任
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0228/ms.htm
【2月29日】【大河原】マイクロソフト社長交代に見る、期待とチャンス
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0229/gyokai236.htm

バックナンバー

(2008年6月16日)

[Text by 大河原克行]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2008 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.