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NVIDIAの携帯機器向けメディアプロセッサ「Tegra」の狙い




●携帯向けプロセッサをリブランディング

NVIDIAの携帯向けプロセッサ「Tegra」

 NVIDIAの携帯デバイス向けSoC(System on a Chip)「Tegra」ファミリが意味することは何か。それは、同社の携帯デバイス向けメディアプロセッサ戦略の再スタートと、ターゲット市場の拡張だ。NVIDIAは、COMPUTEXでのTegraファミリ発表の際に、Intelの「Atom(Silverthorne/Diamondville)」とぶつかる市場をターゲットにすることを明確にした。

 すなわち、メインストリームノートPCより小さく、スマートフォンより大きな、モバイルデバイスを狙う。Intelの言う「MID(Mobile Internet Devices)」市場だ。NVIDIAは従来、携帯デバイス向け製品のメインターゲットを、スマートフォンなど高機能携帯電話市場に据えていた。しかし、Tegraでは、上へとやや広げ、コンピュータ機器の市場に食い込む。そのため、NVIDIAではMID向けの「Tegra 600/650」を、「Complete Computer on a Chip」と呼んでいる。つまり、携帯電話向けのアプリケーションプロセッサを統合しただけのSoCではなく、コンピュータとして十分に使える高機能なコンピュータだと強調している。もちろん、実態はSoCだ。

 もともと、NVIDIAは携帯機器向けGPUコアの開発では、ライバルのATI Technologies(現AMD)の「Imageon」に大きく遅れを取っていた。そこで、2003年に携帯機器向けのGPUベンダーMediaQ社を買収、「GoForce」ブランドの携帯機器向けメディアプロセッサの展開を始めた。MediaQ製品をリブランドすると同時に、MediaQ時代に開発をスタートした「GoForce 4000/3000」をローンチ。その後、NVIDIA時代に開発をスタートしたローパワー3D GPUコア「AR10」を載せた「GoForce 3D 4500/4800」を投入。また、AR10のライセンスビジネスもスタートさせた。

 買収により、携帯機器向けメディアプロセッサという新市場に、一気に参入したNVIDIAは、当初、同社の新しいGPUとして派手にGoForceを押し出した。しかし、最近では、新製品をリリースしても、最初の頃ほど一般向けに鳴り物入りで打ち出すことは控えていた。今回のTegraファミリでも、スマートフォン向けのTegra APX 2500は、すでにAPX 2500という名称で今年(2008年)2月にMobile World Congressで発表しており、携帯電話業界では話題となっていた。しかし、今回、MID向けの「Tegra 6xx」ファミリを発表するまでは、一般向けには大々的に打ち出さなかった。

 こうした動きは、NVIDIAが、携帯機器向け製品の、製品と戦略、マーケティングを練り直していたためかもしれない。新戦略では、明らかにターゲットが広がり、NVIDIAは同社のメディアプロセッサをよりパワフルにして、より幅広い市場に投入して行こうとしている。

 ちなみに、NVIDIAが視野に入れるのは、スマートフォンと携帯インターネットデバイスだけではない。NVIDIAは、一昨年(2006年)に、iPodにSoCを提供していたことで知られるPortalPlayerを買収している。携帯メディアプレーヤー市場にも本腰を入れるためだと考えられる。

●アプリケーションプロセッサの統合

 製品面で見ると、TegraファミリのポイントはCPUコアを統合したSoC化。これは、NVIDIAがGoForceをローンチさせた当初から言及していたことで、路線変更でも何でもない。そもそも、CPUコアを含めたSoC製品自体は昨年(2007年)2月に「GoForce 6100」として発表している。また、SoC化自体、携帯電話など携帯デバイスをターゲットにしたメディアプロセッサでは当然の方向と言える。

Tegraに統合される主な機能
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 昔の伝統的な携帯電話は、信号処理用の「ベースバンドプロセッサ」と、制御タスク用の「マイクロコントローラ」を載せていた。しかし、携帯電話が進化するにつれて、マイクロコントローラを、OSや各種アプリケーションソフトを走らせるために十分な性能機能を備えた「アプリケーションプロセッサ」へと発展させて来た。そこへ、第3のプロセッサとして、メディアプロセッサが入ることになり、パーティショニングの問題が発生して来た。

 すなわち、ベースバンド部+アプリケーションプロセッサのチップと、メディアプロセッサチップの構成か、それとも、ベースバンドチップと、アプリケーションプロセッサ+メディアプロセッサの統合チップの構成かという選択となる。例えば、第1世代iPhoneの場合、Infineon製のベースバンドプロセッサチップと、Samsung製のアプリケーションプロセッサSoCを搭載。SoCに、グラフィックスプロセッサであるPowerVR MBXコア(Imagination Technologies)は、アプリケーションプロセッサコアARM1176(620MHzと報じられている)が統合されている。

 Tegraもこれと同じ方向の統合で、今どきのトレンドに乗っている。TegraはアプリケーションプロセッサARM 11コアを最高800MHz(Tegra 650)と高周波数駆動することで、よりパワフルな処理が必要な高機能デバイスも視野に入れた。iPhoneとの比較で言えば、iPhoneと同レベル以上のアプリケーションプロセッサ性能で、より高度なグラフィックス機能を提供できるSoCというコンセプトだ。

●シェーダプロセッサ中心がNVIDIAの携帯向けGPUの思想

 Tegraのもう1つのポイントは、新世代GPUコアの搭載。Tegraのグラフィックスコアは、AR10からの流れの従来のGoForceコアとは異なるという。デスクトップGPUで言えばDX9相当の機能を備える、大きく拡張されたGPUコアだ。NVIDIAは、Tegraのイメージ図にGeForceコアとわざわざ示している。

 APIとしてはフルプログラマブルのOpenGL ES 2.0をサポートし、GeForce 8800(G80)と同様の高精度アンチエイリアシング「CSAA(Coverage Sampling Antialiasing)」を実装する。PC向けGPUに例えるなら、GoForceからTegraへの移行は、DirectX 8 GPUからDirectX 9 GPUへのジャンプに近い。本格的なシェーダプロセッサを搭載したのがTegraファミリだ。製造プロセスを65nmプロセスに進化させたことで、機能を一気に拡張した。

 もっとも、NVIDIAの携帯デバイス向け3D GPUでは、当初からシェーダプロセッサを搭載することがコンセプトだった。固定機能で実装するより、プログラマブルな実装に寄っていたのが、NVIDIAの携帯向け3Dグラフィックスコアの特徴だ。

 例えば、最初のAR10コアでは、プログラマブルピクセルシェーダプロセッサを“低消費電力化のために”搭載したと説明していた(バーテックス処理は固定ハードウェア)。一般的に、プログラマブルハードウェアの方が、固定機能ハードウェアよりも、消費電力当たりの処理効率が悪い。しかし、GoForce 3Dでは、シェーダを使うことで消費電力を低減する。

Tegraの省電力性
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 その理由は次の2点だ。GPUをシェーダプロセッサ中心に作ると、3Dグラフィックスパイプ自体のトランジスタ規模を縮小して低消費電力化できる。また、シェーダプロセッサを3Dグラフィックス以外に多用途に使うことで、システム全体の消費電力を下げられる。つまり、コンパクトに設計したプログラマブルなメディアプロセッサを他用途に活用することで、電力効率を高めるという考え方だ。実際、AR10コアの規模は600万トランジスタで、固定ハードウェア実装のGPUが200ステージ構成であるのに対して、AR10コアは50ステージとパイプラインステージも1/4に削減されていた。さらに、トランジスタと回路設計レベルで省電力機能を加えた結果、パフォーマンス当たりの電力効率は、その時点のPC向けGPUの15倍も高まった。伝統的GPUが当時100Mpixel/sec当たり750mWを消費していたのに対して、AR10コアは75Mpixel/secに対して35mW程度しか消費しなかった。

 今回のコアも、機能は大きく拡張されたものの、電力効率の高さは維持されている。名前こそGeForceコアだが、実際にはモバイル向けに再設計されていると推測される。

 ただし、AR10の頃の構想と較べると、特定用途向けハードウェアの比重が高まっているように見える。Tegraファミリは強力なビデオプロセッサを搭載しており、720p H.264ビデオのデコード&エンコードへ対応するなど、一見オーバーキルに見える機能を備えている。

Tegraの主な仕様
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●ARMとx86の両アーキテクチャがせめぎ合う

 比較的高性能なARMアプリケーションプロセッサと、リフレッシュしたGPUコアとビデオエンジンを載せたNVIDIAのSoC Tegraファミリ。この新戦略を巡る軸は3つある。

 1つは、「ARMかx86か」。CPUアーキテクチャを巡る軸で、組み込みCPUとPC系CPUのどちらが携帯機器を占めるのかがポイントとなる。もう1つは、「メディアプロセッサかアプリケーションプロセッサか」。x86だけでなくARMも含めた汎用CPUコアに対して、メディアプロセッサが挑む軸だ。汎用コアとアプリケーション特化型のコアのどちらが重要かがポイントとなる。3つ目の軸は、「Tegra GPUコアかPowerVRコアか」。メディアプロセッサコアを巡る軸で、携帯機器への組み込みで広く使われているPowerVR系だけでなく、AMDのImageonコアや他のメディアプロセッサコアともNVIDIAは競うことになる。もう1つ加えると、PCテクノロジと組み込みテクノロジの境界がどこにあるのかも、Tegraで提起されるポイントだ。

 PC側から見ると、CPUは圧倒的にx86アーキテクチャが主流で、他のアーキテクチャはニッチの存在に見える。ところが、ローパワーの組み込みの世界から見ると、組み込みRISCプロセッサコアが市場を支配している。中でもARMが堅固に土台を固めている。x86はそのハイエンドにかじりつき始めたばかりで、本当に高機能モバイルデバイス全体に浸透できるのかどうか、まだ懐疑的な目で見られている状況だ。

 IPベンダーがコアをライセンスするモデルのARMコアは、多くの半導体ベンダーに採用されており、特にローパワーデバイス向けのシステムLSIへのインテグレーションが多い。携帯機器のベンダーからすれば、ARMアーキテクチャならさまざまなチョイスがあり、ハードウェアでの差別化が容易となる。NVIDIAのTegraも、そのチョイスの1つだ。

 対する新世代のx86組み込みCPUは、Intelの1社が提供を始めたばかりで、SoC(System on a Chip)の展開もまだ始まっていない。Intelの今のアプローチは、PC型の標準品を提供するモデルで、組み込み業界にフィットしているとは言い難い。Intelは、SoC化と多様化の必要を認識していると説明するが、今のところはできていない。

 PC業界側から見ると、Intelがx86が携帯デバイス市場に攻め込んでいるように見える。しかし、CPU業界を全体から見渡せば、膨れあがる携帯機器や組み込み機器の市場を背景に、興隆する組み込みRISCプロセッサに対して、x86が防戦をしているようにも見える。CPUの出荷個数で見れば、携帯電話市場の多くを押さえるARMの物量は、x86 CPUに匹敵する。

 Intelが主張するWebアクセスでのx86のソフトウェア資産の有用性も、もし、ARMが携帯Webアクセスデバイスのアプリケーションプロセッサの位置を固めてしまえば揺らいでしまう。ARMがWebアクセスでのソフトウェアエコシステムを確立してしまうと、Web回りでのソフトウェア資産を蓄えてしまうからだ。だから、Intelは機先を制して、この市場を押さえる必要がある。

ソフトウェアとの互換性を維持し、リファレンスデザインを提供することで市場投入までの期間を縮める
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●アプリケーションプロセッサとメディアプロセッサの戦い

 メディアプロセッサかアプリケーションプロセッサか、これは、携帯機器向けメディアプロセッサの登場時からの重要なポイントだ。携帯機器のマルチメディア化に、プロセッサベンダーは大きくわけて2つのアプローチで対応しようとしてきた。1つは、NVIDIAが目指しているように、汎用性の高いデータ並列プロセッサコアに固定機能ユニットなどを加えたメディア処理専用プロセッサで対応する方法。もう1つは、汎用のアプリケーションプロセッサ自体を強化することで対応する方法。

 実際には、この2つのアプローチはミックスしており、明確に色分けすることが難しい場合もある。NVIDIA自身も、Tegraファミリの中のスマートフォン向け製品Tegra APXを“アプリケーションプロセッサ”と呼んでいる。しかし、TegraファミリはARMを載せているとは言えメディアプロセッサ路線であり、アプリケーションプロセッサと呼称しているのは、メディアプロセッサに対する抵抗感を和らげるためだと推測される。

 一方、IntelのSilverthorne(Atom)はアプリケーションプロセッサ(=汎用CPU)を強化する路線だ。この方向では、SilverthorneのMMX/SSE3やARMのNEON/VFPのように、CPU側にSIMD(Single Instruction, Multiple Data)演算ユニットを備えることで、汎用CPUの中でのメディア処理を高速化している。Tegraが実装するARMアーキテクチャにも、「Cortex-A8」のように強化版アプリケーションプロセッサがあり、その軸ではNVIDIAの路線と対立する。

 ただし、IntelのSilverthorneも、3DグラフィックスにPowerVR SGX、ビデオプロセッシングにPowerVR VXDコアをチップセット側に内蔵する形で使っている。必ずしも、全てを汎用CPUコアで処理するという発想ではない。Intelの構想としては、柔軟なプログラム性が必要な処理はSilverthorneコア側という判断のようだ。微妙なのはAMDで、AMDは低消費電力のCPUコア「Bobcat(ボブキャット)」を開発しており、Tegraと競合するImageon系にも将来はx86コアを搭載しようとしている。しかし、Imageonのシェーダプロセッサは発展させるつもりだ。

 対高性能アプリケーションプロセッサでのメディアプロセッサの利点は、消費電力とパフォーマンスだ。同じ処理をやらせるなら、プロセッサコアの制御部分が軽く、パフォーマンス/電力の効率が高いメディアプロセッサの方が電力とパフォーマンスでずっと有利になる。ただし、プログラム性やソフトウェア資産では、アプリケーションプロセッサの方が有利になる場合が多い。PCの世界で、CPUとGPUの間で始まった戦いが、ここでも繰り広げられている。

●NVIDIAの強味が活かせる市場を狙うTegra戦略

 メディアプロセッサの間での競合もある。携帯機器向けメディアプロセッサ市場は、まだ、戦国時代に近く、PCグラフィックスのように数社に収束される前の段階にある。そもそも、どんなアーキテクチャが適しているのかも、まだ、決定されていない。PowerVRアーキテクチャがこの市場で比較的強いのは、PowerVRが採用するタイリングアーキテクチャが、必要なメモリ帯域とメモリ量を減らす効果があるため、メモリの制約の強い携帯機器に向いているからだ。

 こうしたさまざまな軸を考えると、NVIDIAのTegra戦略が見えてくる。

 Tegraの強みは、汎用的なアプリケーションを走らせるのに十分なレベルのアプリケーションプロセッサと、PCグラフィックスの経験を活かした強力なメディアプロセッサの組み合わせにある。その強みを一番活かせる部分は、比較的画面解像度が大きく、メディア処理が多いデバイスだ。アプリケーションプロセッサだけのソリューションと較べると、メディアプレイの際の電力消費やパフォーマンスで優位に立てる。また、他のメディアプロセッサに対しても、高度なグラフィックスが必要な市場では、NVIDIAが優位に立ちやすい。だとすれば、MIDやメディアプレーヤーなどを視野に入れるのは当然となる。

 PCアーキテクチャから下へと展開するIntelのAtomに対して、携帯向け組み込みアーキテクチャから上へとNVIDIAは展開しようとしている。これも、x86 CPUコアより小さく低省電力のARM CPUコアのおかげだ。そして、組み込みRISCとIntel x86がせめぎ合う境界であるMIDで、ARM陣営が優勢になれば、NVIDIAも自然と上げ潮に乗ることができる。

Tegraが目指す市場
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【6月3日】NVIDIA、MID向けの新しいSoC「Tegra」を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0603/nvidia.htm
【2月12日】NVIDIA、720p動画対応のWindows Mobile向けプロセッサ「APX 2500」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0212/nvidia.htm

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(2008年6月5日)

[Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]


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