大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

マイケル・デルCEO独占インタビュー
「デルモデル2.0が、いま始まっている」




米Dell マイケル・デル会長兼CEO
 2007年2月に米DellのCEOに復帰したマイケル・デル会長兼CEO。就任から5四半期を経過し、業績は回復しはじめている。そして、この間にデルは大きな変貌を遂げた。これまで力を注いでこなかったコンシューマ市場においては、間接販売ルートの開拓に乗り出し、新製品を相次いで投入。この分野におけるシェアを引き上げた。Dellは、何が変わったのか。そして、今後はどうなるのか。マイケル・デルCEOに独占インタビューを行なった。


●Dellはリブートする必要があった

--CEOに復帰して5四半期が経過しました。復帰する直前のDellはどんな状況だったと認識していますか。

デル 当時のDellの一番の問題点は、戦略がクリアではなかったという点です。社内には、さまざまなアイデアがあったが、どれが優先順位が高いのかを理解していなかった。また、戦略を実行する手法にも一貫性がなくバラバラだった。さらに、企業としてのコスト構造も適正さを欠いていた。

 一言でいえば、業界の変化に対応できていなかった反省があります。新興国市場が大きく成長し、コンシューマ需要も大きく伸張した。ノートブック製品に対する需要も増大している。企業においても、何十億人という人がネットに接続して、オンライン上でデータのやりとりをする環境が生まれている。こうした市場変化のなかにおいて、これまでのDellの手法ではうまくいかなくなり、変革が余儀なくされていた。

 これまでの経験でうまくいったところと、うまくいかなかったところを検証し、明確なイニシアティブを掲げ、新たな組織へ変えるといった、Dellそのものを組み立て直す作業を迅速に行なうことが求められた。コンピュータ用語で表現するならば、Dell自身が、リセットボタンを押して、リブートする必要があったのです。

 5四半期前は、Dellの出荷台数は前年比11%減と、業界平均を大きく下回っていました。創業から8年間は年平均成長率は80%増を維持し、その後の6年間は年平均成長率は60%を維持。その後も業界平均を上回る成長を遂げてきたDellにとって、大きな試練の時期だったといえます。

--確かに、今年2月末締めの2008年度決算では、業績が回復していますね。

デル かなりの改善ができ、大きな進歩を果たせたと考えています。1年前まではマイナス成長であったものが、2008年2月期の業績では前年比21.6%増。業界全体よりも高い成長率を達成し、利益を伴う成長を達成した。また、製品ラインを拡大し、すべての地域、すべての顧客セグメントにおいて成長することができました とくに顕著なのが、アジア太平洋地区での成長。業界全体が18.5%増であるのに対して、Dellは51%増と圧倒的な成長を遂げている。北米でも、市場全体が1.5%減であるのに対して、Dellは15.6%の成長となっています。

--1年の成果は合格点だと。

デル 自分では評価できないですね。外の人がそういえばそうなのでしょう(笑)。

--この1年で、何が変化したのでしょう。

デル 確かにいろいろな変化がありました。1つは、事業フォーカスを明確にしたことです。かつて、Dell社内には80にのぼるアイデアがありました。これを、「エンタープライズ」、「中小企業」、「コンシューマ」、「ノートブック製品」、「新興市場」の5つに絞り込んだ。絞り込む際には、「いますぐにやらなくてはならなくてはならないこと」、「2~3年先を見ていまやっておくべきこと」、そして、「競合他社へのインパクトや、業界への影響はどれぐらいあるか」といった3つの観点から優先度をつけました。

●コンシューマ領域に力を注ぐDell

--5つのフォーカスのなかでは、とくにコンシューマ事業における取り組みが活発にみえますが。

デル IT市場全体の構成比率をみると、大手企業および官公庁市場が約23%、中小企業市場は約37%。これに対して、コンシューマ市場は約40%を占めます。Dellは、大企業および官公庁分野においては、世界中のどの国にいってもほとんどナンバーワンの実績を誇っていますが、これは23%の市場でしかない。それ以外の約8割を占める、中小企業市場およびコンシューマ市場はそれほど強くなかった。なかでもコンシューマ市場の領域は、市場の構成比率とDellの事業構成比率に大きな差があったのです。

 つまり、見方を変えると、Dellにはまだ拡大の余地があったといえる。そこで、この1年で、コンシューマ領域に向けて新たな製品を出し、中小企業向け市場にも新たなブランドを用意し、さらに、新たな販路を拡大してきた。ただ、大企業向け市場や官公庁市場を疎かにしているというわけではありません。この市場に向けても引き続き積極的に投資を行ない、強化をしている。いわば、この1年でDellという企業の守備範囲が広がったと考えてほしい。

--Dellが目指す最終的な事業構成比は、業界全体と同じく、コンシューマ領域が4割というものですか。

デル それは、Dellがどういう目標を設定するかによって変わる。Dellが、業界のなかでナンバーワンを維持していくことは確実ですが、そのなかで、業界がどう変化するか、業界でどんなビジネスが重視されるかによっても違ってきます。ただ、先にも触れたように、大企業や官公庁向けビジネスを重視する姿勢には変わりがありませんから、そのなかでコンシューマ領域の比率を業界並に引き上げるまでには、単純計算でも何年もかかることになりますね。

--コンシューマ分野においては、新たに間接販売に乗り出しています。米国ではベストバイやウォルマート、英国ではテスコ、ディクソンズストア、フランスではカルフールというように、各国の代表的量販店が名を連ねました。日本でも、ビックカメラ、ソフマップ、ベスト電器、さくらや、コジマ、西友というように一気に間接販売ルートを拡充していますね。

デル いま、日本では約500店舗でDell製品が購入できるようになっています。中国でも、最大手量販店の国美、第2位の蘇寧での販売を開始しています。国美では中国全土に広がる900店舗中500店舗において、DellのPCを取り扱っていますが、ここでは先行するメーカーを抜き去り、トップシェアになっています。

 現在、全世界において、Dellを取り扱う販売店の数は12,000店舗に達し、コンシューマ市場におけるDellのシェアは6%にまで上昇している。これから6カ月、12カ月後のシェアもぜひ楽しみにしてほしいですね。

--昨年秋に来日した際には、約1万店舗体制となり、これを第1ステップという表現をしていましたが。

デル 第1ステップというのは、新たな販売チャネルへとルートを拡大し、コンシューマ向けの戦略的製品を投入するという点で位置づけたものです。これはまだまだ続いていきます。そして、コンシューマ市場におけるシェアを拡大させていくことになります。


●間接販売によって、デルモデルは進化した

日本発の液晶一体型PC
「XPS One」

--間接販売が増えることで、デルモデルの象徴的存在の直接販売の売り上げ構成比が減っていくことになりますね。

デル この質問は、日本特有の質問ですね(笑)。確かに、チャネルパートナーを通じた売上高は、昨年の実績で100億ドル規模になっていますから、すでに「一部を占める」というレベルは越えており、我々のビジネスのなかでも大きな比重を占めています。しかし、デルモデルという表現は、直接販売だけでなく、サプライチェーン全般までを含めたものです。そして、そのサプライチェーンのなかで、チャネルパートナーが、Dellから多くのメリットを享受できている。この1年で、多くのチャネルパートナーが、Dell製品を販売することでメリットを得ており、この協業が成功している。小売店を通じた販売は、Dellにとっても、チャネルパートナーにとっても、ユーザーにとっても、メリットがあるモデルです。Dellが、これまでやってきたのは電話による「トーク」、そして、ネットによる「クリック」による販売でした。これに、小売店による「ウォーク」というモデルが新たに加わる。ユーザーは、ウォーク、トーク、クリックという3つの中から購入スタイルを選ぶことができる。

 店舗で実際に製品を見てみたいという人は、近所にあるベストバイに行けばいい。そこで製品を見ていいと思ったけど、欲しい赤いカラーの製品が在庫になかったら、Dellの直販サイトから購入すればいい。これは逆のパターンも考えられる。インターネットの世界は、いまでも全世界で毎日50万人ずつ、新たにネットに接続するユーザーが増加している。とくに、中国、インド、中東などでの増加が顕著でする。こうしたユーザーが、まずはDellのオンラインサイトに接続して製品情報を見て、近く店に出向いて購入するということもある。だからこそ、Dellのサプライチェーンが広がることで、ユーザーにとっても、チャネルパートナーにとってもメリットがあるというわけです。デルモデルの対象領域が広がり、以前よりも改善し、進化したものになっている。“デルモデル2.0”ともいえるものが、始まっているのです。

--ところで、コンシューマ市場向けには、日本市場の要求を反映したXPS Oneを投入したが、これは成功したといえるのですか。

デル 私は、成功していると判断しています。利益、利益率、シェア、売り上げへの貢献度という点でも、成果があがっているからです。

--それは計画通りということですか。

デル いまここに具体的な数字がないので、その点ではなんともいえません。しかし、コンシューマ全体でみると、急速に伸びている。その点からも、XPS Oneが貢献しているといえるでしょう。これは、日本の顧客の要望を聞かなければ生まれてこなかった優れた製品です。日本の小売店でも、Dellの製品を置きたいといってくれて店舗が増加している。それは、世界全体でも同様。これはコンシューマ事業が成功している証だといえます。

 Dellは、これまで米国市場向けに開発したものを、全世界に向けて出荷し、成功を納めてきました。しかし、ここ数年、市場が多様化し、米国で開発したものが必ずしも全世界の市場で受けいれられるわけではなくなってきた。例えば、日本では、一体型PCに高い関心を持つ市場であり、サブノートの形状にも関心を持っています。Dellにとって、日本は重要な市場であり、その市場に最適化した製品として、XPS Oneを投入しました。だが、Dellにとって日本は重要な市場だが、唯一の市場ではありません。そのため、XPS Oneを全世界に展開していく必要がある。日本の市場は、トレンド、形状、素材という点で、一歩先を行く市場であり、日本の市場にフォーカスしていくことは大切なことだと考えています。


●一新したエグゼクティブチームにより組織を強化

--この1年の間にエグゼクティブチームが大きく変わりました。グローバル・コンシューマ部門のトップには、米モトローラで薄型携帯電話「RAZR」を成功に導いたロン・ギャリックス氏が就任し、サプライチェーンを司るグローバル・オペレーションズ部門のトップにはソレクトロンでCEOを務めたマイク・キャノン氏、マーケティング部門を統括するチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)には、オラクルでCMOを務めたマーク・ジャービス氏を、また、米EDSでCOOを務めたスティーブン・シュッケンブロック氏を、グローバル・サービス担当上席副社長として招き入れています。

デル Dellが「リブート」するためには、Dellが求める新たなスキルを持った人材を採用する必要があった。私は、半年の間に、15人の候補者と面接しました。この結果、Dellが求めていた才能、素質を持つ人材が見つかった。これがDellの成長の原動力になっています。

 例えば、Dellは、市場の大きな変化にあわせて、サービスビジネスへと踏み出さなくてはならなかった。単なるメンテナンスサービスを越えて、ユーザー企業に踏み込んだサービスビジネスを確立しなければならなかったからです。グローバル・サービスを担当するスティーブン・シュッケンブロックはDellに入社するまでは、米EDSでCOOを務め、それ以前はペプシやフリトレーでCIOを務めた経験を持っています。彼を抜擢したことで、まったく新しい形のサービス事業の形が構築されつつある。こうしたことが、各方面で起こっている。繰り返しになりますが、強い組織を構築できたことが、Dellの成長につながっています。

--もう1つは、これまでDellが行なってこなかったM&A戦略を積極化していることも見逃せません。

デル M&Aのうち、M(Merger、合併)は考えていませんから(笑)、買収とアライアンスの戦略になります。Dellが、610億ドルの売上高に成長してきた過去の歴史は、基本的には有機的な成長によるものであったといえます。Dellの規模の企業で、買収をせずにここまで来たのは異例ともいえます。だが、時代の流れのなかで、さまざまな成長の手法を考える必要が出てきた。

 企業の成長には大きく3つの方法があります。1つは有機的な成長。これはDellが一番得意とする手法であり、現在でも成長戦略における源泉となっています。2つめは、アラアインスを組む、パートナーシップを組む手法です。そして、3番目にはM&Aがある。いまのDellは、この3つのすべての手法に取り組む必要があると考えています。Dellは、この1年半ほどで、9社の買収を完了しました。ただ、ベースボールカードを集めるみたいに、数だけあればいいというわけではありません。私が買収するときに重視しているのは、5つのフォーカスに対して、リーダー的な企業であること、成長に必要な技術、スキルを補うことができる企業であること、成長を加速させる企業であることが条件になります。例えば、イコールロジックの買収は、ストレージの導入を簡素化するという点で効率的な技術を持ち、我々のストレージのビジネスを加速することができるものです。やみくもに買収する考え方はありません。慎重に見極めながら、今後も継続的に推進していくつもりです。


●日本には「ITの恐竜」が数多く存在する

--日本の市場における課題はなんだと考えていますか。

デル 日本は、まだまだ古いシステムが多くの企業のなかで稼働している。また、企業のなかに、いくつものITシステムが林立し、部門ごとに独自のデータベースを持っているという煩雑化したITシステムを活用している企業も少なくない。その点では、日本のCIOは、世界でもっとも難しい仕事をしているのかもしれませんね。

 ITベンダーが利益をあげるためには、2つの方法があります。1つは、システムを乱立して複雑にすることで収益を得ようとする企業。もう1つはシステムをシンプルにすることで、シンプルな技術、サービスで利益をあげる方法。Dellでは、「Simplify IT」を提唱しており、後者の戦略をとっています。

 前者のシステムでは、柔軟性などに関してすでに限界が生じていますし、それに気がついている企業もいる。グローバルで事業を展開するのであれば、複雑なシステムでは対応ができなくなっている。また、ビジネスの変化に追いつかないことを理解し始めている企業もある。その点では、昔に比べて少しずつ変わってきているともいえるでしょう。しかし、日本の企業は、新しいシステムを導入することに対して臆病であり、移行ペースは決して速くはありません。日本には、「ITの恐竜」がたくさん残っている。いま、日本の企業は、恐竜に対して、大量の餌をやっている場合ではありません。恐竜システムは日本の国内だけでビジネスをするならば通用するが、グローバルでは通用しない。日本こそが、Dellが提唱するSimplify ITの効果が発揮しやすい市場といえると考えています。

●今年秋にはグリーンPCを国内投入へ

主力デスクトップPC
「Optiplex 755」

--DellではグリーンITに関する発言を増やしていますね。

デル カーボンニュートラルを目指すこと、また、Dell本社においては100%グリーン電力を使用することを発表しました。また、省電力サーバーの設計、開発にもいち早く取り組み、当社のハイエンドブレードサーバーでは、競合他社の製品と比較して、ワット当たりのパフォーマンスで25%も高いものを投入しています。日本で最も売れている「Optiplex 755」を見ても、年間電力消費は年間22ドルですから、従来製品の年間100ドル規模から大幅な消費電力の低減に成功しています。こうした取り組みによって、顧客レベルでの省電力効果として、24億ドルの節減、2,400万トンのCO2排出量削減につながります。当社のサーバーを利用すれば、より効率的に電力を使える。データセンターを追加し、電力消費量を増やすといったことは必要がありません。同じ電力量で新たなデータセンターを作ることができる。ですから、Dellは、隠れたデーサセンターが顕在化できますよ、という提案を行なっているんです。

--先頃、米国では、グリーンPCを年内に投入することを発表していますが。

デル 今年秋の早い段階で、日本市場にも投入できます。これは、標準的なミニタワーPCよりも81%小さく、消費電力では70%も削減したコンシューマ向けデスクトップPCです。筐体には再生素材を使用し、リサイクルも可能になっています。いまや、多くのユーザーの関心が、環境に移っています。また、エネルギー価格の高騰も世界的な問題となっています。Dellは、こうしたユーザーの関心に対して、明確な回答を用意しています。

●進化のために、変化を経験すべき

--ところで、話は変わりますが、デルCEOには、これまで挫折した経験というのはあるのですか。

デル いや、ないんじゃないでしょうか(笑)。成功ばかりしている人間から学ぶことは少ないとは思いますが(笑)、学ぶということを考えると、どんなことからでも学ぶことはできます。いずれにしろ、リーダーになるためには、まずは謙虚に学ぶという態度が必要です。

 私は、進化のためには、まず変化を経験しなくてはいけないと思っています。そして、課題があれば、ためらうことなく問題を修正することが必要です。CEOの立場では、大胆に、大規模な変更を行なわなくてはならないこともある。その時に、私が何を考えているのかを、組織全体に周知徹底していく必要がある。組織全体が、変化に向けての戦略を理解し、それに沿った形で一丸となって取り組んでいかなくては成功しない。そのためには、前提として、それだけの変化を実行できるスキルを、組織のなかに備えておく必要がある。なかには、そんな変化には取り組みたくないという人もいるでしょう。そういった人には、丁重に、Dellからお引き取りをいただくしかない。私は、これからも変化や新たな戦略に合意した社員とともに歩んでいきたいと考えています。

--そういえば、デルCEOは、来日のたびに、時間があれば秋葉原に出向くようですが、最近は行っていますか。

デル 秋葉原に行くとなると、最低でも2時間は必要ですから、なかなか時間が取れないですね。今回の来日では、秋葉原には行けずに残念です (笑)。


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【2007年10月29日】「シンプル化は我々の哲学であり戦略」
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【2007年9月11日】【大河原】デルの発表会で見つけた大きな変化の予兆
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【2007年7月3日】【大河原】デルが個人向けPCブランドを一本化した理由
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0703/gyokai209.htm

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(2008年5月26日)

[Text by 大河原克行]


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