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携帯電話の標準CPU「ARMコア」の現状
~ARM日本法人の西嶋社長に聞く

ARM発祥の地。英国ケンブリッジ郊外の納屋(写真)を改造したもの


 英国ARMが開発した32bit RISC型のCPUコア「ARMコア」は、世界中の携帯電話機に標準的に採用されているCPUコアである。PCのCPUアーキテクチャがIntelのx86系に統一されているように、携帯電話機のCPUアーキテクチャは現在では、ARMアーキテクチャにほぼ統一されている。

 ARMが設立されたのは'90年のことだ。Intelの設立が'68年だから、その20年ほど後にARMは誕生したことになる。最初のオフィスは、英国ケンブリッジ郊外の納屋を改造したもの。発足当時の技術者は12名。それから17年後の現在、ARMは全世界に1,700名の従業員を有する企業に成長した。

 ご存知の方が多いと思うが、携帯電話機の出荷台数はPCの出荷台数よりもはるかに多い。2006年の全世界の携帯電話機出荷台数は9億9,000万台であり、2007年には10億1,000万台に達しようとしている(アイサプライ調査)。これに対してPCの全世界出荷台数は、2007年に2億5,000万台になると予測されている(Gartner調査)。PCの4倍の出荷台数が携帯電話機の出荷台数というのが現在の状況である。

 2006年にARMコアは24億個出荷され、そのおよそ3分の2が携帯電話機向けだった。16億個前後のARMコアが携帯電話機に搭載されたことになる。この物凄い数値からすると、ARMの売上高はさぞかし巨大な金額かと思いきや、実際はそうでもない。

 ARMの2006年の売上高は4億8,360万米ドル、日本円で約500億円である。売上高が500億円とは、いささか少なすぎるようにみえる。Intelの2006年年間売上高は354億米ドルであるから、日本円で4兆円近くもある。ARMの売上高は、Intelの売上高の1.3%に過ぎない。

ARMの日本法人であるアーム代表取締役社長の西嶋貴史氏。'53年生まれ。'75年に東京大学工学部物理工学科を卒業し、富士通に入社。富士通関連会社のパナファコムでミニコン用OSなどの開発に従事した。その後はアプリックスのシニアバイスプレジデントを経て2005年5月にアームの代表取締役社長に就任した

 PCの標準CPUを供給している企業と、携帯電話機の標準CPUコアを供給している企業で、売上高にこれほどの差が生じているのはなぜか。その理由をARMの日本法人アーム株式会社の代表取締役社長を務める西嶋貴史氏は、「ARMコアを内蔵した“半導体チップ”の売上高は総額で2兆円~3兆円に達すると推定しています。ですが、ARMコアが半導体チップのトータルコストに占める割合はわずかです。このため企業としてのARMの事業規模は、Intelと違って比較的小さな金額にとどまっています」と解説してくれた。

 ARMは半導体チップを販売していない。半導体メーカーにCPUコアをライセンス販売する企業なのである。ライセンス販売とは具体的には、CPUコア(ARMコア)の設計データや半導体チップの開発ツールなどを有償で供与することだ。ライセンスを購入した半導体メーカーは、ARMコアを使った半導体チップを開発し、携帯電話機をはじめとする電子機器のメーカーに販売する。半導体チップが出荷されると、ARMコアの出荷数量に応じて、ARMはロイヤリティを得る。

 ARMコアを内蔵した半導体チップが携帯電話機の業界標準となれたのは、世界最大の携帯電話機メーカーであるフィンランドのNokiaが、自社の携帯電話機用半導体チップにARMコアを採用したことが大きい。具体的には、米Texas Instruments(TI)が開発した携帯電話機用半導体チップ「OMAP」シリーズが、ARMアーキテクチャのCPUコアを内蔵して、Nokiaがこれを自社の携帯電話機用チップに選んだからだ。

 その結果、2002年以降にARMコアの出荷数量は急速に拡大してきた。2002年に約4億個だったのが2003年には約8億個、2004年には約12億個、2005年には約16億個、2006年には約24億個となり、2002年の6倍にも達した。2007年の出荷数量は30億個、その中で20億個が携帯電話機向けとなる見通しである。

 携帯電話機1台がARMコアを搭載した個数は、2006年に平均で1.5個、2007年には平均で1.6個と少しずつ増えている。ハイエンドの製品では、5個~6個のARMコアを搭載する機種もある。

ARMコアの出荷数量とPCの出荷数量の推移。2006年には、ARMコアの出荷数量はPCの出荷数量のおよそ10倍に達した。ARMコアの出荷数量の約3分の2が携帯電話機向けである。2010年には、ARMコアの年間出荷数量は45億個に達するARMは予測する。今後は携帯電話機以外の分野が大きく伸び、その結果として2010年における携帯電話機向けの比率は半分程度に下がるという

 ARMコアはマイクロアーキテクチャの機能拡張を繰り返してきた。このとき、命令セットアーキテクチャの互換性を常に維持してきたことが、大きな特長となっている。このため古いコアで開発したソフトウェア資産を、次の新しいコアを使った機器の開発でも流用できる。現在の製品系列にはローエンドの「ARM7」、ミッドレンジの「ARM9」、ハイエンドの「ARM11」、新世代の「Cortex」がある。ARM7からARM9、ARM11までは演算性能と機能を高めていくという開発ロードマップだったが、Cortexではハイエンドからローエンドまでをすべて新設計のコアでカバーする、新しい製品系列に変わっている。

 設計思想におけるARMコアとPC向けCPUとの大きな違いは、消費電力への考え方にある。ARMコアは基本的に「消費電力当たりの演算性能」を極めて重視する。mW/MHzを低く、MHz/mWを高くという方向である。携帯電話機はバッテリで動くので、消費電力の絶対値を低いレベルに抑えておくことが半導体に要求されるからだ。それから低コスト化に対する要求もPC向けCPUよりもずっと厳しい。携帯電話機の単価はPCよりも低いので、当然ながら半導体チップに割ける予算も低くなってしまう。

 単純に言い換えると「シリコン面積が小さくて消費電力が低く、そこそこの演算性能が出るCPUコア」がARMコアなのである。国内半導体メーカーではルネサステクノロジの「SuperHコア」がCPUコアの設計思想としてはARMコアに最も近いようにみえる。ただしARMコアは、ルネサスを含めた数多くの半導体メーカーによってライセンス導入されている点が、SuperHコアとは大きく違う。「ARMコアをライセンス導入した企業は204社に達しており、88社がARMコア内蔵チップを出荷中です。言い換えると、残りの100社強からはARMコア内蔵チップがこれから出荷されるということになります」(西嶋社長)。

ARMコアのロードマップ。今後は、原則としてマルチプロセッシング対応のARMコアを開発するという マスクレイアウトライブラリのロードマップ。縦軸はプロセスの世代。プロセスの世代ごとに、要求仕様に応じたライブラリを用意している。例えば「Metro」は低消費電力重視のレイアウト、「Advantage」は性能重視のレイアウトである

 ARMコアがリリースされてから、実際に半導体チップの量産が始まるまでの期間はかなり長い。例えばARM7ファミリは'94年にライセンス販売が開始された。ARM7コア内蔵の半導体チップが量産され始めたのは、'99年である。量産までに5年かかったことになる。ARM9ファミリではもっと長く、'96年のリリースから2003年の量産まで7年が経過している。ARM11は2001年にリリースされたが、量産が始まったのは昨年(2006年)のことだ。2006年の出荷数量は1,500万個である。2007年には6,000万個になると推定される。最新世代であるCortexに至っては、量産が始まるのは2009年とまだ先のことである。

 組み込み向けCPUコアベンダーの事業は、1つのコアファミリ当たりでみると相当な長期間におよぶことが分かる。「息の長いビジネスですよ」と西嶋社長は語る。

ARMコアの年間出荷数量とライセンス数(累積)の推移。コアファミリごとに示した Cortexファミリをライセンス導入した企業の例。このほかにライセンス導入したことを公表していない企業が数多く存在する。実際にCortexファミリでライセンス数が多いのは、Cortex-R4/R4Fだという

 コンピュータの歴史を振り返ってみると、おおざっぱに言って汎用機の世界がCPUからOSやサービスまで一体となったIBM独占の世界だったのに対し、PCではCPUとOSが分離したWintel(MicrosoftとIntel)の世界になった。

 ARMはさらにCPUコアの設計だけをコアとして管理し、シリコン以降の過程と周辺は他社にゆだねている。この方式には自社でコントロールできる範囲が少ないというデメリットもあるが、他社が参入できる範囲が広く、複数の会社が共存できる製品分野(業界)を構築できる可能性が高いという大きなメリットがある。家電も含めた電気製品にCPUが入っていることが当たり前になりつつあるだけに、ARMの技術動向からは目が離せないが、コンピュータのアーキテクチャをどのように管理して利益を得ていくかというビジネスモデルの視点から見ても、ARMは注目されるべき企業だ。

□アームのホームページ
http://www.jp.arm.com/
□関連記事
【10月18日】【ARM Forum 2007レポート】2010年をにらんだARMの戦略と新CPUコア
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/1018/arm.htm
【10月15日】ARM、マルチコアの高性能/低電力組込みCPU「Cortex-A9」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/1015/arm.htm
【5月31日】【MPF】AMCCとARMの新プロセッサ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0531/mpf07.htm

(2008年1月15日)

[Reported by 福田昭]

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