第401回
モバイルPC活用の特効薬にMVNO



 今年も最後のコラムとなるが、振り返ってみるとここ数年、マイクロプロセッサのアーキテクチャの大きな変遷により(多くの人が気付きつつも)大きくはクローズアップされてこなかった問題が、より顕在化してきた。

 低消費電力のプロセッサとしてPentium Mが登場し、その後、Core Duoに、そしてCore 2 Duoにと電力あたりのパフォーマンスが大きく改善される流れの中で、ノートPCの性能が向上してきたことは言うまでもない。その間、無線LANの普及が進み、ノートPCの比率は上昇し、ワールドワイドで見るとPCを持ち歩き、出先でコンピュータを使う人は確実に増えた。

 元々、携帯性の高いノートPCが人気だった日本でも、この流れに沿ってモバイルコンピュータの市場は伸びてはいる。コスト低下や軽量化、バッテリ持続性能の向上などにより、スタッフにPCを持たせるケースも増えているからだ。しかし、それでもノートPCベンダー各社が望んでいたほどには伸びていない。メーカーによって主張する数字は異なるが、ノートPC市場に対してモバイルPCの割合は15%程度に留まる。

 何が障害になっているかは明白で、個人情報保護法の施行により、特にPCを持ち歩くことが必須の業種以外では、PCの持ち出しを禁止する企業が増えたためだ。PC需要を下支えする企業向けが盛り上がらないと、個人向けモバイルPCの市場も多数のメーカーが群雄割拠する状況には、なかなか至ることができない。

●進まないモバイルPCの活用

 ご存じのように、個人情報が何らかの理由で漏れた(あるいはその可能性が高い)場合、企業はそれを届け出なければならない。個人情報保護法施行後、相次いで報道された個人情報漏洩のニュースで、企業のIT担当者は戦々恐々とした。その後、コンピュータハードウェア、ソフトウェア、ソリューションを提供する企業でもある日立が、端末のシンクライアント化、モバイルPC持ち出しの禁止などを打ち出すと、一気に各企業は“情報を外に持ち出させない”ことで、情報漏洩を防ごうと躍起になり始めた。

 この問題を解決するため、必要な文書、情報の同期管理や社外からのリモートアクセスで文書を参照させ、情報の所在を厳密に管理することでリスクを下げようという取り組みもあったが、“情報を外に持ち出さない”という究極の方法に勝る方法はない。

 企業によって対策は異なるが、電子メールさえ社外では満足に読めないところもある。ましてや仕事に使っているPCを持ち歩くなど、社外秘の書類棚をそのまま持ち歩くようなものだという意見も聞いたことがある。

 しかし、情報管理に関しては日本よりも遙かに“ウルサイ”米国でも、ここまで徹底してモバイルPCを排除しようという動きはないという。PCを持ち歩かせることによるリスクと、オフィス外の時間を有効に利用できるメリットを天秤にかければ、時間の有効活用による効率アップの方が勝るからだ。

 ところが端末がPCではなく、携帯電話となると、とたんにセキュリティ意識が緩くなるから不思議だ。PCの持ち出しは禁止でも、携帯電話経由でデータにアクセスしたり、メールを転送するといったことは許しているところが多い。

 これは携帯電話のネットワークに会社のネットワークが直接接続されていれば、インターネットを経由するリスクを避けられるからだろうが、端末側にメールを蓄積しているのは許されているというところもある。頭隠して尻隠さずといったところか。ICカード認証や指紋認証といったデバイスが普及し、暗号化機能も豊富なPCの方が、使い方次第では携帯電話よりもセキュリティは高い。管理者が設定を一括管理することも可能だし、何より携帯電話とPCなら、携帯電話の方が置き忘れしやすいのにだ。

 もちろん、PCは携帯電話より大きなデータを扱えるため、その分、リスクは大きいとも言えるが、PCに対してこれだけケアするならば、当然、携帯電話にも注意を払うべきだろう。しかし、実際にはPCだけに辛いモバイルPCのビジネス活用冬の時代というのが実情だと思う。

 そんな状況で、携帯電話を通じてPCのデータにアクセスするシステムソリューションやネットワークサービスが流行している。日本でのこの流れは簡単に止まりそうにない。中には在宅勤務者を増やし、各社員宅にセキュアなネットワークアクセスパスを用意。モバイルコンピュータで仕事をするのではなく、自宅で有効に時間を使いながら仕事をさせようという方針の企業もあるようだ。

 おそらく個人情報保護法に対する過度(と筆者は思う)な対応が無ければ、モバイルPCの市場はプラットフォームとしての機能、性能の向上とともにもっと大きく伸びていたのではないだろうか。

 PCアーキテクチャは、今後も、消費電力とパフォーマンスのバランスをキーワードに、小型の製品から一般的なノートPCサイズまで、さまざまな発展をするだろうが、日本市場はこの流れに簡単に乗っていけない。

 果たして社外でのPC利用制限という、PC中心のITシステムでは非効率的な方法が、来年(2008年)もずっと主流であり続けるかどうか。ビジネス規模が大きくならなければ、多様な選択肢は生まれてこないだけに、コンシューマ向けのモバイルPCにも少なからぬ影響があると考えられる。

●携帯電話ネットワークを活用したMVNOの動向に注目

 こうした閉塞感を突破する材料があるとすれば、携帯電話ネットワークの解放が進みつつあることだ。総務省は携帯電話のネットワークオペレータ(キャリア)に、ネットワークの解放を求めているが、この動きがどのレベルまで進行するかが1つの注目点だ。

 たとえばMVNO(Mobile Virtual Network Operator:仮想移動体サービス事業者)の草分けとも言える日本通信は、NTTドコモに対してデータ通信の接続をレイヤ2(物理層)で行なえるように求めている。現状、これに対してNTTドコモは技術的な問題の洗い出しや技術開発の必要性(といっても、NTTドコモが主張する上位レイヤでの接続よりはシンプルで、本来は開発の必要はないはずだが)を検証する目的で、まだ話は進んでいないが、解放へと誘導する総務省もあって、いずれはレイヤ2での接続を許可するだろう。

 そうなれば、単にブラウザレベルでのアプリケーションだけでなく、独自性の高い付加価値サービスをMVNOが提供できるようになる。簡単に言えば、iモードやEZweb、Yahoo!モバイルと同レベルのサービスを、独自に構築することが可能になる。

 ここに絡んでくるのがGoogleのAndroidだ。NTTドコモやau、ソフトバンクの端末にも採用されるのか? といった注目のされ方をしているが、これをベースにもっとオープンなネットワークサービスをMVNOが提供できるようになる。

 携帯電話端末からの利用を前提にクローズドなサービスを提供するネットワークオペレータに対して、Androidをベースにオープンなネットワークサービスを提供するというのが、多くのMVNOの基本的な手法になるのではないか。実際、あるMVNO企業はW-CDMAネットワークを用いたMVNOの端末ソフトウェアをAndroid上に構築していると話していた。

 なぜこれがモバイルPC活用の閉塞感を打開する鍵になるかと言えば、MVNO企業は携帯電話端末とそれに付随するサービスを販売するのではなく、携帯電話通信網を活用したデータ通信サービスを販売することに重点を置いているからだ。

 端末とモバイルPCをBluetoothで結び、Android上に実装したサービスとPC上で動くアプリケーションを結合させたシステムも、顧客の案件次第で比較的自由に構築できる。そうなれば、出先でのPC利用にも現在よりは幅が出てくる。ネットワークオペレータ固有のサービスに依存せず、携帯電話網を単なる“パイプ”として利用できる。さらにコレをきっかけにネットワークオペレータも解放戦略へと向かってくれれば……、とここまで来ると、取らぬ狸の……だが、携帯電話網を利用したMVNOが発展すると思われる2008年は、通信サービスをきっかけにモバイルPC市場に、何らかの刺激が加わる年になるのではないかと、多少の個人的な希望も含めつつ期待したい。

□関連記事
【2006年7月25日】【本田】今度こそ正常化してほしい携帯電話業界の歪み
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0725/mobile349.htm

バックナンバー

(2007年12月27日)

[Text by 本田雅一]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2007 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.