第349回
今度こそ正常化してほしい
携帯電話業界の歪み



 前回のコラムで、次回はMVNOについて……と書いてから日が経過してしまった。実はその後、先週のコラムで紹介した日本通信CFOの福田氏に加え、同じく日本通信執行役員の田島淳氏にも追加取材を行なっていたためだ。

 田島氏は長くNTTドコモの研究開発部門に在籍しながら、MVNO(モバイル仮想ネットワークオペレータ)の日本通信へと移ってきた人物である。田島氏にNTTドコモと日本通信の立場の違い、考え方の違いを伺ってみると、さらに興味深いことが見えてきた。

 ナンバーポータビリティ導入を目前に控えたこの時期、さらに総務省はMVNO受け入れの義務化を強調。加えてSIMロックや販売奨励金の禁止などを行なおうとしている。携帯電話業界は、この数年で大きく変化していくだろう。

 今回は主に“データ通信”を中心に据えて、ワイヤレスWANの動向を見ていこう。

●モバイルユーザーとMVNO

 モバイルPCを持ち歩いてツールとして利用する、あるいはPDAやスマートフォンで常にデータコミュニケーションの準備を整えていくといった人たちは、携帯電話(PHSも含む)に少しばかり異なるニーズを持っている。

 今や定額でパケット使い放題が当たり前になっている携帯電話業界だが、それも電話端末の中までの話。携帯電話業界の中心は現在でも音声で、音声サービスに付随して提供されるデータ通信によって差別化を図るといった構図だ。

 ところがPCやPDAでの通信を望む人たちのアプリケーションの中心はボイスではなくデータ通信である。携帯電話利用者の中では決して主流派ではないが、しかしある程度以上の通信量を欲しており、それなりにコストを支払う用意もあるユーザー層だ。ここ数年、データ通信専用の料金プランを提示することも多くなっているが、今一つ割安感も感じられない(PHSは除く)。

 個人的には、こうしたニーズと提供されているサービスのちょっとしたズレ感というのはあって当然だろうと考えている。通信インフラを整備する企業が、全ユーザーに対して多様なサービスを提供し、さらに端末まで自社ブランドで出している状況で、細かいニーズにまで対応したサービスを期待する方が無理なのだ。そもそも、通信系の人間とIT系の人間では、考え方もまるで正反対なのだから、生粋の通信屋である携帯電話事業者が、モバイルユーザーのニーズを隅々まで満たすなど考えにくい。

 通信業界はまず“ギャランティ”、つまり何らかの保証を行なうところからビジネスが始まる。通信インフラの信頼性や帯域を保証し、確実に主要なニーズを満たすようビジネスを設計する。その上で同じインフラを用いて、付加的なサービスを提供できないか(提供する場合は、もちろんギャランティしているサービスに支障をきたさないことが前提だ)と、新しいメニューを積み上げていく。

 しかしPCあるいはIT業界では、何よりも効率が重視される。品質も重要ではあるが、品質とコストはバーターの関係にある。だから、“ある通信帯域”を売ろうとするとき、帯域をコミットして売るのではなく、適度なユーザーで帯域をシェアすることで時間軸で考えた場合の帯域利用率を上げようとする。今では当たり前になってきた“ベストエフォート”という考え方も、IT業界的発想からでなければ生まれなかったろう。

 どちらのアプローチが正しいという議論はあまり意味を持たない。なぜならアプリケーションの種類や必要な帯域、ユーザー自身の考え方やコストなどによって、最適な商品設計は異なるのだから、ニーズごとに最適なサービス商品の設計を行なうのが正しい、と至極当たり前の結論になる。ところが、1社だけでサービスメニューを練ってみても、なかなか幅は広がらない。

 MVNOという業態は、携帯電話やPHSなどのインフラを持つネットワーク事業者(キャリアという方がピンとくる人も多いかもしれない)から通信帯域を購入し、それに何らかの付加価値を加えて、あるいは別の商品としてパッケージし直して再販する事業だ。

 田島氏はMVNOを「旅行会社が航空会社が販売する飛行機の座席を仕入れ、それをパック旅行として再販するのに似ている」と話す。

 通信事業者にしてみれば、投資した通信インフラを多様な業者が販売してくれる方がユーザーの幅も広がり、ネットワークの利用率も向上するはずだ。ネットワーク事業者がMVNOを拒絶する理由はない。ところが実際はどうか? というと、PHS網以外でMVNOが成立した例はない。携帯電話のネットワーク事業者が、自社インフラを開放しないためだ。

●なぜかMVNOを受け入れない日本の携帯電話事業者

 実はMVNOという事業形態は珍しいものではなく、日本と韓国以外ではごく当たり前に行なわれている。よく知られている例では英Virginの携帯電話事業があるが、Virginのように(携帯電話事業の本流である)ボイスサービスで大きな成果を挙げているところは少ない。データ通信を中心に、細かなニーズを拾い上げた小規模の事業者が主流だ。

 MVNOがネットワーク事業者にとって利益を生み出すもので、さらに本流であるボイスサービスでの競合も少ないと見られるのに、なぜ携帯電話事業者はMVNOを拒絶するのだろうか。携帯電話事業者のMVNO受け入れは、総務省が数年前に受け入れを義務化しているにもかかわらず、実際には解放されていない。

 田島氏はNTTドコモでの経験を元に「携帯電話を通じた情報サービスや企業向けのネットワークサービスなど、あらゆるサービスを支配しようしているからだ」と話す。

 「基本的には販路が広い方が、ネットワークインフラを整備、販売している事業者としては都合がいい。それにも関わらずMVNOを受け入れないのは、自分たちが投資して整備したインフラで他社が事業を行なうことに納得できない、どちらかといえば感情論の方が理由として大きい」。

 たとえば10回線分をMVNO事業者に販売すれば、確実に毎月、決まっただけの接続料が入ってくる。対して自分たちで携帯電話端末を販売し、その上のサービスで儲けようとすると、高い販売奨励金を払い、他社との価格競争をしながら、どれだけ使ってくれるかわからない不確定なユーザーに1個ずつ売り込む必要がある。どちらが効率的で確実かは自明だ。

 しかし携帯電話事業者の理由無き反抗も、そろそろ終わりの時を迎えている。なぜなら総務省はすでに義務化されているMVNO受け入れに関して、今後はハッキリとその意志を示すとしているからだ。早晩、携帯電話事業者は皆、MVNOを受け入れることになるだろう。

●データ通信サービスの充実が見込まれるMVNO受け入れ

 もっとも携帯電話事業者のインフラ解放が始まったからといって、すぐに何か大きな変化がエンドユーザーが使う携帯電話にあるわけではない。全く新しいブランドの携帯電話が店頭に並ぶ可能性がゼロとは言わないが、ボイスサービスではMVNOの価値を出しにくいからだ。

 音声による会話は、きちんと会話ができさえすればいい。「自動翻訳サービスなどがあればいいかもしれないが、技術的には無理。音声サービスに付加価値を付けて再販するというのは難しい(田島氏)」

 b-mobileのブランド名でウィルコムのネットワークを再販している日本通信だが、音声サービスは提供していない理由はまさにそこにある。データ通信サービスであれば、ユーザーごとのニーズに合わせ、多様なサービスメニューを用意することで、単なる“通信手段”以上の付加価値を提供できるからだ。

 エンドユーザーから見るとb-mobileの会社である日本通信だが、ビジネスの主体は企業向けのネットワークサービスである。PHS網を用いたモバイル通信回線を元に、ユーザーごとにカスタム化したネットワークを提供することに付加価値を見いだしている。福田氏によると「顧客からニーズを伺っているところで新しいサービスメニューを思いつき、すぐに開発してネットワークに反映。メニュー化することも少なくない」と話す。

 b-mobileでも、一定期間の接続を無制限に行なえる商品、一定時間を好きな時に消費できる時間売りの商品、メール送受信に特化した商品など、さまざまなバリエーションを提供しているが、企業向けとなると社内ネットワークとのセキュアな接続をどのように行なうかなど、実に多くのメニューが提供できる。

 現在はPHS回線の再販と無線LANローミングを中心に事業を行なっている日本通信も、携帯電話という新しい商材を持てば、今とは異なるタイプのサービスを展開できるだろう。もちろん、日本通信だけでなく多様な事業者が参入することを期待したいところだ。

7月に発表された「W-ZERO3[es]」

 たとえば人気の「W-ZERO3」シリーズのようなスマートフォンの増加、既存のデジタル機器にパケット通信機能を組み込んだ製品など、データ通信を活用したサービスの充実が見込める。ゲーム機にWAN機能を内蔵させ、MVNOがサーバ運営込みでゲーム対戦専用サービスを提供するといった業態も考えられるかもしれない。可能性はいくらでもある。

 ただし、さらにMVNO受け入れ効果が出てくるには、もう一段、二段の自由化が必要だと思う。それは昨今、総務省が話題にしているSIMロックと販売奨励金の廃止だ。


●SIMロックと販売奨励金の廃止が自由なサービスを生む

 現在、日本で販売されているSIMカードを利用した携帯電話は、いずれも他事業者のSIMカードでは動作しないように作られている。販売奨励金を出して売った端末を、他事業者のサービスを利用するために使われてはたまらないからだ。

 しかし、そもそも販売奨励金というビジネス形態そのものが問題だろう。人気最新機種の多くはだいたい5万円ぐらいの価格で販売できるよう作られているそうだが、それが2万円そこそこで売られる背景には3万円分のバックマージンがある。

 これが禁止されれば、そもそもSIMロックなどかける必要はなく、極端な話、SIMカードだけを販売するMVNOが登場してもおかしくはない。また、ハードウェアのコストが価格にきちんと反映され、根付いてくれば、PC内蔵のWAN通信機能なども現実的なものになってくるはずだ。ネットワークのインフラとその上に乗るサービス、そして接続端末などのハードウェアは、それぞれきちんと分離される方が自由な商品設計ができる。

 ここまで進めば、モバイルコンピュータユーザーから見た携帯電話ネットワークも、かなり自由なものになるのでは? と思うが、はてさて、すんなり総務省の思惑通りに進むかどうかはわからない。

 SIMロックと販売奨励金の廃止を行なうことで、業界のさまざまなところで歪みが修正されてしまうからだ。つまり歪みが正されることで不利益を被ると考える人たちがいるのである。このあたり、SIMロックと販売奨励金廃止がどのような影響を与えそうか? については、次回以降にじっくりと紹介することにしたい。

□関連記事
【7月11日】【本田】PC業界がAppleに学べること
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2006/0711/mobile348.htm
【2月28日】総務省、MVNOのガイドライン改正を視野に意見募集結果公表(ケータイ)
http://k-tai.impress.co.jp/cda/article/news_toppage/28012.html

バックナンバー

(2006年7月25日)

[Text by 本田雅一]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2006 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.