大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

デルの発表会で見つけた大きな変化の予兆




 デルが、9月5日に報道関係者を対象に開催した事業戦略説明会。ここでは、昨今のデルを象徴する、ある重大な変化がみられた。しかし、出席したほとんどの報道関係者はそれに気がつかなかったようだ。

 では、それは、なにか。

デルが世界統一としたテンプレート。これが日本で公開した最初のスライドとなった

 それは、日本法人社長であるジム・メリット氏が使用したPowerPointに表れていたといえる。

 実は、このPowerPointで使われたテンプレートは、記者会見の2日前に、米本社から届けられたものだった。驚くことに、デルには、創業以来23年間、全世界統一のプレゼンテーション用テンプレートがなかった。各国ごと、あるいは事業部門ごとに、担当者が自由にテンプレートを作成し、利用していたのである。

 では、なぜ、このテンプレートの統一が、デルの重大な変化につながるのか。

●タブーの領域にも踏み出すデルの新戦略

 話はやや遠回りになるが、今年(2007年)2月、創業者であるマイケル・デル氏がCEOに復帰してから、デルは矢継ぎ早ともいえる改革に取り組んでいる。

 デルCEO自ら、「トランスフォーメーション(変革)」がデルのキーワードであるとし、これまでのデルにとってはタブーとされていた領域にもメスを入れ始めている。

 その1つが、日本では、ビックカメラと手を組み、間接販売に乗り出したことだ。同様に、米国ではWalmart、英国ではCarphone Warehouseといった販売店と提携し、デルモデルの象徴的な仕組みである直販以外の流通ルートに、世界規模で本格的に乗り出した。これは、従来のデルにとってはタブーとされていた領域の1つであり、そして、デルがいう「トランスフォーメーション」の最たる例といえるだろう。

 メリット社長は、間接販売に乗り出した理由をこう説明する。

 「デルが、ダイレクトモデルに限界を感じているわけではない。デルの価値を最も大きくし、最も広範な顧客にリーチできる仕組みはダイレクトモデルであり、この仕組みは他社との大きな差別化ともなっている。デルの売り上げの大半がダイレクトモデルによって得る状況は、これからも変わらない。だが、コンシューマユーザーの多くは、実際に店頭に足を運んでPCを購入するケースがほとんど。ダイレクトモデルではリーチできない領域が確実に存在する。そこを補完する仕組みが間接販売ということになる。同様に中小企業に関しても、一部にはシステムインテグレータや地域の販売店を通じて購入したいという動きもある。こうしたところまで範囲を拡大するため、中小企業ビジネスにおいても、間接販売を開始する」

ジム・メリット社長 世界規模で、コンシューマ領域における間接販売を開始

 コンシューマ向けの店頭販売については、日本では、これまでにも何度となく参入しては撤退するという繰り返しがあった。「だが、今回の動きは、世界統一での動き。これまでの店頭販売への取り組みとは意味合いが異なる」と、同社日本法人では説明する。

 現時点では、ビックカメラ以外との提携は具体的な検討はないというが、メリット社長は、「デルはダイレクトモデル以外の経験が少なく、今は、ビックカメラとの提携によって、さまざまなことを学んでいる段階。デルが最優先に取り組んでいるのは、この関係を構築し、機能させることだが、長期的な視点で見れば、機能を確立した時点で、他社とのパートナーシップを模索する可能性は否定しない」と語る。

 ここで注目すべき点は、2つある。1つは、先にも触れたように、デルがタブーとしていた領域に踏み出したこと。そして、もう1つは、グローバル戦略の上で事業を推進していくという意思によって、物事が決定されたという点だ。

●グローバル視点での施策が相次ぐ

 冒頭に紹介したプレゼンテーション資料のテンプレートは、グローバルな体制で各種戦略を推進するという新たな取り組みの1つの成果なのだ。

 米Dellは、この半年間で新たな経営体制を確立させた。

 それは、コンシューマ、サービス、オペレーション、マーケティングといった各部門において、グローバルな組織体制を確立したことを指す。

この半年で経営体制を強化。白い部分が新たなエグゼクティブと組織

 グローバル・コンシューマ部門のトップには、Motorolaで薄型携帯電話「RAZR」を成功に導いたロン・ギャリックス氏が就任。サプライチェーンを司るグローバル・オペレーションズ部門のトップにはSolectronでCEOを務めたマイク・キャノン氏、マーケティング部門を統括するチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)には、OracleでCMOを務めたマーク・ジャービス氏、グローバル・サービス部門のトップには、EDSでCOOを務めたスティーブ・シュッケンブロック氏をそれぞれ迎え入れ、過去の手法を根底から変えようとしている。これがわずか半年の間の出来事だ。

 マーケティング部門では、全世界で20近くも利用していた広告代理店の数を一本化したほか、ブランディング戦略に関しても見直しを開始。その一環として、プレゼンテーション用のテンプレートも、全世界統一のものへと変更したというわけだ。デルの事業規模であれば、これまでマーケティングに関するグローバル組織がなかった方が不思議といえば不思議である。

 デル関係者の間では、「デルモデルの完成度の高さが、むしろグローバル組織の設置を遅らせることになったともいえる。6兆円を越える売上高の企業が、これまでグローバル対応してこなかった例はないだろう。いよいよここでグローバル組織としての体制に踏み出すことで、次の成長へとつなげることができるようになるはず」との声がある。

 もちろん、小売店に対する戦略もグローバルの意志決定のなかで推進されたものだ。そして、中小企業向けブランドの「Vostro」の投入、Vostroの投入にあわせて用意された中小企業向けサービス体制の強化、そして、コンシューマ向けメインストリーム製品のブランドを「Inspiron」に一本化したことも、グローバル体制のもとに推進されたものだといっていい。

6月にInspironブランドを個人市場向けに限定 7月には、中小企業向けブランド「Vostro」を発表

 日本法人にも、グローバルの各組織と連動する部門を今年8月に設置。レポートラインも日本法人社内とともに、新たに米本社のグローバル組織にもつながる格好とした。

 もともと年内から年明けに、こうしたグローバル組織が、日本法人内に設置される見込みだったが、4カ月以上前倒しで設置されたことになる。この出来事からも、かつてのデルの俊敏さが戻ってきた感じがある。

●日本法人へのメリットはなにか

 グローバル組織となったことで、日本法人にもいくつかのメリットが出ることになる。

 最大の効果は、日本の意見が吸い上げられやすくなることだ。

 これまで、全世界統一の製品戦略を推進していたデルにとって、売り上げ規模が10%以下の日本市場の声は、なかなか通りにくかった。だが、グローバル組織となったことで、むしろ日本の意見が採用されやすくなったという。その一例が、日本市場向けの製品投入である。

 メリット社長は次のように説明する。

 「日本市場向け製品の投入時期などについては明らかにできないが、日本では、薄型ノートPCや、省スペースで機能を統合した製品が求められている。こうした日本で求められるニーズを実現した製品を投入したい。実は、これも、グローバルの新組織を立ち上げたことが作用している。新たな組織の狙いは、チャンスがある国や地域、市場には、どんどん入っていくことにある。日本の市場にはそのチャンスがあると判断している。そして、チャンスを成果につなげるためには、国や地域のニーズにあわせた製品を提供する必要がある。日本市場に向けた新製品は、この戦略に従って投入していくものになる」

 グローバル組織によって、日本の市場の重要性がクローズアップされ、その結果、日本市場向けの製品が投入されるわけだ。

 先頃、投入した中小企業向けのVostroにおいて、日本では独自に24時間365日のサポートを用意したのも、日本ならではの市場の要求を反映したものだ。これもグローバル組織による、変化と成果だといっていい。

 メリット社長は、「この四半期は、とにかく忙しい四半期だった」と前置きしながら、次のように語る。

 「いま、デルは、集中することに力を注いでいる。どんな製品を作り、市場にどう出ていくのか。いかに組織を効率化するか、そして、それにあわせて社員は何をすべきか。自分たちがやるべきことは、わかっているつもりだ。その結果として、グローバルな組織を新たに確立し、プロセスを変え、デルブランドのマーケティングにも一貫性を持たせた。販売チャネルも拡大し、新しい製品も立ち上げ、企業買収も行なっている。ここ数カ月で、無駄のないアスリートのような体質になってきたともいえるのではないか。高い目標に向かって挑戦するという点でもアスリートの比喩は適切だといえよう」

 昨年来、デルの減速は、なんどとなく指摘されてきた。業績の悪化もそれを証明するものとなり、デルモデルの限界も囁かれた。

 だが、最新四半期(5~7月)の決算では、3四半期ぶりの増収増益を達成。アジア太平洋地域では、第2四半期としては過去最高水準の売上高を達成し、日本でも、デスクトップPC、ノートPC、サーバー、ワークステーションをあわせた市場シェアが、前年同期から4ポイント上昇し15.9%と、総合シェアでは2位のポジションにまで引き上げてきた。

 もちろん、まだ手放しで評価できる段階にはない。

 戦略的に投入した新InspironおよびXPSノートブックのカラーバリエーションモデルが、予想を上回る需要に対応できず、液晶パネルの調達が逼迫したこと、一部カラーでは量産時の塗装技術の課題によって、4週間待ち以上の品薄状況になっていることも、まだ盤石の体制とはなっていないことを露呈する結果となっている。

カラーバリエーションを用意したInspiron。しかし、一部カラーは4週間待ちとなっている 「XPS M1330」のカラーバリエーション

 また、日本においては、第5位に留まっているコンシューマPC市場でのシェアを、さらに引き上げない限り、国内ナンバーワンのポジションを獲得するのは難しいだろう。さらに、中小企業における間接販売の成否も、同社のシェアを左右することになる。

 設立して23年目にして、初めてグローバル戦略を打ち出したデルが、日本でどんな成果をあげるのかが注目される。

□デルのホームページ
http://www.dell.com/jp/
□関連記事
【9月5日】デル、日本における事業計画を公表-中小企業向け間接販売にも力注ぐ(Enterprise)
http://enterprise.watch.impress.co.jp/cda/topic/2007/09/05/11091.html
【7月26日】デル、デスクトップ/ノートPCをビックカメラで店頭販売
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0726/dell.htm
【7月11日】デル、中小企業向けブランド「Vostro」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0711/dell.htm
【7月3日】【大河原】デルが個人向けPCブランドを一本化した理由
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0703/gyokai209.htm

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(2007年9月11日)

[Text by 大河原克行]


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