PC市況がやや上向き始めている。今年(2007年)6月からNECのパーソナルソリューション事業(NECパーソナルプロダクツ、NECビッグローブ)を率いる大武章人取締役執行役員専務は、「年度始めには、前年比4~5%増で推移するとみていた出荷台数が、2桁増で推移しはじめている。今年度は、当初計画の270万台をボトムとして、さらに、プラスαの出荷台数を目指したい」と意気込む。将来的には、1日1万台の生産、販売台数となる年間350万台以上にも挑みたいという。大武取締役執行役員専務に、NECのPC事業への取り組みを聞いた。 ●目指すは1日1万台のPC出荷 --まもなく2007年度上期が終了します。現時点での進捗状況はどうですか。 大武 計画に対しては、予想を上回る実績になっています。当初は前年比4~5%程度の増加で推移すると見ていたのですが、6月以降は市況が上向き、コンシューマPCは2桁増という伸びになっている。ノートPCの一部モデルでは、夏の終わりに店頭での在庫が切れそうだということで、秋冬モデルの新製品投入時期を前倒しにしたほどです。市場全体が少し元気になってきたようですから、当社も、年間270万台の出荷計画をボトムラインとして、さらにプラスαの出荷を見込みたいと考えています。 --もともと270万台という計画は、NECにとっては前年並みの数字ですね。JEITAでは、PC市場全体の伸び率が前年比4~5%増と見込んでいるのに対して、横ばいというのはかなり慎重な見方だと心配していたのですが。 大武 あの時点では、出荷台数を追うことに対してはかなり慎重な姿勢でした。ここ数年、NECのPC事業が、NEC全体の足を引っ張っていたのは事実です。ですからまず、損益のバランスを優先することを徹底するために、あえて大きな数字を立てることを避けた。国内ナンバーワンのシェアを維持することは最低限の条件。これはNECのPC事業にとっては達成して当たり前の目標でもある。そして、利益をしっかりと出すことも最低限の条件。その上で、出荷台数という数字がついてくればいいと考えています。 --もし、2桁増を維持すれば、年間300万台も視野に入りますね。 大武 コンシューマPCは2桁増となっていますが、コマーシャルPC市場はそれほどの伸びがないですから、すぐに300万台というわけにはいきませんね。ただ、私自身、4年間ぶりにPC事業に戻ってきて感じたのは、ずいぶんと数字が減っているなぁ、ということなんです。2006年度は、市場全体でPCの出荷台数があまりにも落ち込みすぎましたから、今年はなんとか2005年度並まで回復させたい。そして、NECのPCの出荷台数ももっと引き上げていかなくてはならないとも考えている。近い将来には、1日1万台、つまり350万台ぐらいは作れると思いますよ。 --国内だけをターゲットとしているNECにとって、国内PC事業だけで1日1万台は、大きな目標ですね。 大武 私が数年前にPC事業を担当していた時には、全世界で年間1億3,000万台から1億4,000万台のPCが出荷されていた。その時、日本の市場は1,300万台程度、全体の約10%です。しかし、いまは、年間2億数千万台が出荷されているにも関わらず、同様に日本の市場規模は1,300万台強。ここ数年、日本の市場だけが、成長が鈍化しているのです。 私のざっくりとした試算ですが、日本においては、企業向けPC需要で1,000万台、個人向けPC需要で1,000万台のPC市場があると読んでいます。まだまだ成長の余地がある。その数字にまで達していない背景の1つには、シニア層への普及が遅れていることがあげられる。シニアを対象にしたアンケートを見ると、欲しいもののベスト3にPCが入っている。ところが、実際に買ったものはなにかと聞くとデジカメがダントツ。がっかりしちゃいますよね(笑)。PCを使ってみたいという気持ちや憧れはある。しかし、そこから一歩を踏み出していただけない。我々のコミュニケーションが不足していることや、PCは難しいという先入観があること、教えてもらえる環境がないといった問題もある。こうした問題を解決していかなくてはなりません。 この領域に対しては、来年度(2008年度)後半ぐらいまでには決定版といえるものを投入したい。これだけ時間がかかるのは、製品そのものの進化とともに、サービス、サポート、コミュニケーションといったものも同時に進化させなくてはならないからです。PCを使う環境において使用する言葉も変えていく必要もあるかもしれません。 ●NECらしいPCとはなにか --7月の矢野薫社長の会見では、携帯電話端末においては、NECらしいものが登場したと手放しで評価していました。しかし、PCに対しては、残念ながら、そうした言及はありませんでした。PC事業担当役員として、NECらしいPCが投入できているという自負はありますか。
大武 例えば、VALUESTAR Nのようなユニークに製品も登場していますし、この秋冬モデルでは第4世代の水冷技術を搭載したデスクトップPCも投入した。その点では、NECらしいものが市場に投入できていると考えています。ただ、その一方で、NECらしさというものを改めて考えて見る必要がある。 誤解を恐れずに極論をいえば、デザインで優れたものをNECが投入しても、ソニーのデザインと比べてどうか、アップルのデザインと比べてどうか、という評価にしかならない。デザインはすばらしいものに越したことないが、そこでNECらしさを100%発揮できるかというと、それは無理です。では、NECらしさを発揮できる部分はどこか。私は、「技術」に尽きると考えています。技術のイノベーションによって、使い方がよくなった、デザインがよくなったというのがNECらしさを表現するものだと。デザインで、パッと目を引くのに比べると地味なものかもしれないが、やはりNECは、技術で差異化したPCを作らなくてはならない。 --外から見ていると、技術力の強みという点では、まだ一部しか表面化していないと感じます。NECのエンジニアに元気はありますか? 大武 私はエンジニア出身です。エンジニアの立場や気持ちがわかる。その経験を活かして、NECのエンジニアに対して、もっと刺激を与えたいと思っています。NECには、途中で気持ちが萎えてしまったり、上が言ったことを行儀よく納得してしまったり、という悪い癖がある。これを無くさなくてはいけない。一度始めたら、しつこく、しぶとく、あきらめないで、新たな技術に挑んでいける体質をつくりたい。 私がエンジニアと話をする時には、「専務として話をしているつもりはないよ」と言っているんです。長年のエンジニアとしての経験や、ここ4年間で、ネットワーク事業やサーバー事業を担当し、そこで得たノウハウを元に意見を提案することはできる。ただ、それを指示だと思われてしまうと、意味がない。その時には、私はエンジニアと同じ目線でしゃべっているのだから、反論や提案があればどんどん言ってほしい。そこから、新たな挑戦が生まれれば、技術で差異化できるNECらしいPCを、もっと世の中に投入できるはずです。
--米沢の開発チームが、「元気な米沢活動」を始めましたね。 大武 米沢事業場のエンジニアは、NEC全体のなかでも特殊な性質を持っていますよ。NECのなかで、最もやり抜くことにこだわるし、しかもしぶとい(笑)。この意識を広めていきたい。 実は、PC事業における技術蓄積という点では、若干心配していたところもありました。コモディティ化するPC事業において、NECらしい差異化する技術が蓄積されているのかどうか。しかし、米沢を訪れて、いろいろな技術が蓄積されていることがわかりました。きちんと技術開発に取り組んでいた。感激しましたよ。あとは、これを出すタイミングをどうするか、商品化につなげるためにはどうするか、という取り組み次第です。ここ数年は、もしかしたら、収益性を優先したことで、「守る」という意識が強かったかもしれない。しかし、きっと1年後には、ずいぶん、アグレッシブになってきたなと感じていただけると思いますよ。 --大武専務の性格からも、就任直後から組織を大きくいじると思ったのですが(笑) 大武 それも考えたのですが(笑)、上が変わったからという理由だけで、組織をいじるのもいけないかと、1年は自重することにしました。いまの組織体制は、当然、意味があって、そうした組織体制となっているわけですから、私自身が多少の違和感を感じても、可能な限り、1年間はその形で動かして、冷静な目で判断しようと。1年経つと、いろいろなことがわかりますから。社内の動き、世の中の動きを見ながら、その時点で手をつけたいと思っています。私はポストPCとか、脱PCという言葉は好きではないのですが、これまでのPCの枠には収まらないようなことを考えるための組織も必要でしょうね。ビヨンドPCといった言い方ができる製品群を創出し、事業を伸ばしていく組織を作りたい。 --NECでは、ホームサーバーの領域にも本格的に乗り出すことを明らかにしていますね。 大武 今年秋には、なんかしらの発表ができると思いますが、本格的に展開するのは来年度からです。NECらしさという点では、ホームサーバーに本来求められる、「蓄積する」、「取り出す」、「配信する」といった機能を、しっかりと実現するものにしていく。1つのポイントは、圧縮技術になります。また、遠隔地から、どうコントロールするかといった技術も重要になる。PCメーカーが提供するホームサーバーは、こういうものだというのを投入しますよ。また、訴求活動も徹底的にやっていく。もし、出足につまづくようなことがあっても、それによって、もうやめるとか、様子を見ようなんてことはしません。少なくとも、3年間は、逃げないで、しつこくやっていくつもりです。 --クライアントPCでは、静音性がキーワードになりそうですね。 大武 これからのPCには、静音性が求められます。デスクトップでは、映像を視聴する使い方が重視されていますから、静音性は当然、求められる機能になっている。また、ノートPCでも、同じようにAV機能が求められていますし、ファンレスや、ファンの回転数を下げるといった静音化への取り組みが、省エネ化にも結びつくというメリットもあります。 私は、HDDの音ぐらいは、動いているという確認にもなりますから、ある程度は音がした方が心地よくていいのですが(笑)、世の中では、HDDの駆動音さえも無くしてほしいというようですね。水冷は静音を実現する1つの手法で、ほかにもいろいろと考えています。また、水冷を搭載した機種も増やしていきたい。NECのPCのラインアップのなかで、NECらしい技術が入っているね、ほかにはない最新の技術が入っているね、といわれるものを、まずは3割程度には増やしていきたい。 全社規模で掲げられたNECのPC事業の数値目標をしっかりと達成すること、ホームサーバー事業をきちんとスタートさせること、ホームサーバーならばNECという地盤づくりに一歩踏み出すこと、そして、NECらしいといわれるPCが増やせることができれば、今年度の下期は合格点だといえますね。
□NECのホームページ (2007年9月10日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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