Vista発売からちょうど1週間後となる2月6日に第3四半期決算を発表した同社は、その席上、「調査会社によると、市場全体は前年同期比7%増。これに対して、NECは2桁増で推移した」(的井保夫取締役執行役員専務)と、出足の良さを強調してみせた。 2月の1カ月間を見ても、ほぼ2桁増で推移していた模様で、1桁前半の成長率となった業界全体を上回る実績となっている。
「2006年12月から、“Windows VistaにするならNEC”、というメッセージを、TV CMやイベントなどを通じて訴えてきたが、それが着実に市場に浸透していることの証」と、PC事業を統括するNECパーソナルプロダクツ 高須英世社長は自己評価する。 ●NECが取り組んだ2つの挑戦
1つは、Vista Home Premiumを主軸に据えたことだ。 Vistaにあわせて発表したコンシューマ向け製品27モデル中23モデルにWindows Vista Home Premiumを搭載。とくに、VALUESTARは、全モデルでHome Premiumを搭載するという徹底ぶりだ。 「2006年1月の段階、つまり、1年前には、Home Premiumで行くことを決めていた」を高須社長は振り返る。 その狙いはどこにあったのか。 「Vistaでは、対象となるのが買い換え、買い増しユーザー。こうしたユーザーに対しては、Vistaならではの機能が訴えられないと購入を促進できないと判断した。新しい機能こそ、市場を活性化できる、という信念のもとに、Home Premium搭載モデルを基本とした」と高須社長は語る。 Vistaの良さを伝えるためには、Home Premiumが必要というのがNECの基本的な考え方。Home Basicでは、Windows XPとの差違を訴えられないと判断したのだ。 だが、この決断には、懸念材料がないわけではなかった。 Home Premiumを搭載すれば、それに対応した仕様が要求される。当然、単価も上昇する。年率7%程度の価格下落が進展しているといわれるPC業界において、平均して2万円程度の単価上昇は、メーカーにとっては冒険ともいえた。 さらに、事前に販売店にヒアリングしたところ、「ユーザーは、購入しやすい価格のHome Basicを選択するのではないか」という声が集まってきた。NECとの読みとはまったく逆の声が、最前線の販売店の意見だったのだ。 「買い換え需要の受け皿を、XPよりも2万円高いところにシフトさせるにはどうすべきか」 NECの社内では、何度も議論が繰り返された。 高須社長以下、生産、調達、マーケティング、営業の責任者が集まり、約2時間に渡って行なわれる毎週金曜日の定例会議では、この点に議論が集中した。 だが、結論は、Home Premiumの良さを徹底して訴えることしかなかった。
そこで、NECは、マイクロソフトと歩調をあわせ、Home Premiumを中心とするマーケティングを展開。2006年末から、マイクロソフトのVistaに関するメッセージが、「デジタルライフスタイル」から「プレミアムデジタルライフ」へと変化したのも、マイクロソフトがHome Premiumを軸としたマーケティングへとシフトしたことの証といえよう。
NECパーソナルプロダクツPC事業本部商品企画本部長の栗山浩一氏は、「2006年夏から、全国数百店舗の販売店を対象に、Vistaの勉強会を行なった。ここでは、Home PremiumこそがVistaの機能を発揮できることを知ってもらう提案を行なった」と語る。 実際に販売店に実機を持ち込み、Home Premiumによるデモンストレーションを展開した。販売店向け説明会をいち早く実施したNECが、全国の販売店を一巡した頃に、ようやく競合他社がVistaの説明会を行なうことになったが、その時点では、販売店の意識は、Home Premiumを中心とする雰囲気ができあがっていたともいえる。 また、Vistaの発売日が、当初、11月の予定から、1月にずれ込んだことで、販売店向けの認知にかける時間に、余裕ができたことも、結果としては、Home Premiumのメリットを浸透させるという点では、プラス要素に働いたといえよう。
現在、NECのPCにおけるHome Premiumの比率は約9割。市場全体が6割であることに比べると、圧倒的に比率が高いことがわかる。 ●玄人受けするいくつかの施策 Home Premiumの良さを訴えるという点では、NECは、いわば、「玄人受け」するともいえるいくつかのマーケティング施策を展開していた。 1つは、2006年12月に開催した東京・秋葉原電気街で開催した「AKIBAX 2006 powered by Windows Vista Ultimate」に、大手PCメーカーとして唯一、出展したことだ。ここでは、VALUESTARや、LaVieで、Vistaのデモンストレーションを行なってみせた。NECブース以外でも、NECのPCでVistaをデモンストレーションしている例が見られ、NECとVistaの結びつきの強さを訴えて見せることに成功した。ここでも、当然、中心としたのはHome Premiumである。
2つめには、1月15日に開催した報道関係者向けに開催されたマイクロソフトのVista発表会における施策だ。 当日は、PCメーカー8社の首脳陣が出席し、各社がVista搭載の新製品を発表する場となったが、NECは会見会場となったホテルに、報道関係者向けの内覧会の部屋を確保。会見が終わった報道関係者を、そのままNECの内覧会会場へ呼び込んだのだ。 会見の会場が3階、NECの内覧会の部屋が2階。マイクロソフトの思惑では、会見場と同一フロアに用意したVista対応周辺機器の内覧会会場に報道関係者を誘導したかったのが本音だったが、報道関係者の多くは、会見が終わると、そのまま2階のNECの内覧会会場に足を運んだ。「2階に行かないで、まずは3階を見てください、とは、さすがに言えなかった」とは、あるマイクロソフト関係者の言葉だ。一方、対抗メーカーからは、「当社も同じホテル内に部屋を確保しようとしたが、時すでに遅し。NECにやられたというのが正直なところ」との声すら聞かれた。 NECでは、マイクロソフトが会見場所を決定した時点で、即決で部屋の確保に走ったらしい。この日、報道関係者に対して、Vista搭載のPC新製品を最も印象づけて説明したのがNECだったといえる。ここでも、Home Premiumを主軸にする戦略を披露してみせた。
そして、3つめには、東京・西新宿に、Vistaとホームネットワークを体験できる「NEC・くらし・PC・わくわくリビング」をオープンしたことだ。 ここでは、発売前のWindows Vista搭載PCを1月19日から展示。これを自由に触ることができるようにしていた。NECパーソナルプロダクツの高塚栄執行役員は、「NECは、草創期にBit-INNというショールーム兼販売店を秋葉原に開設し、PCの普及に貢献してきた。第2の成長ステージを前に、新たなPCの使い方を模索するのが、このショールームの役割」として、この時期に、あえて同社唯一のショールームをオープンしてみせたのだ。
当然、このショールームは、ユーザー向けのものであるが、実は、もう1つの役割として販売店向け教育の場、展示提案の場としての活用がある。高須社長も、すでに多くの販売店関係者が、このショールームを訪れていることを明かす。販売店が、どうやってHome Premiumを搭載したPCを展示、販売したらいいのかを実演して見せたのである。ここにも、NECのVista搭載PCの販売促進へとつなげる施策が隠されている。
●MCEとSmartVisionの融合戦略を推進 NECがVista時代に取り組んだもう1つの勝負は、マイクロソフトの「Windows Media Center」と、NECが独自開発したTV視聴、録画ソフトである「SmartVision」を統合したことだ。 「Media Center Edition対応の第1号機を投入した時から、Vistaの時点には、この2つのソフトを統合することは、すでに既定路線だった」と高須社長は語る。日本のPCメーカーで、MCE搭載PCの投入をいち早く表明したのはNECだった。同社では、2003年10月には、VALUESTAR Uによって、市場参入を図っており、それ以来、3年以上に渡って、統合に向けた準備を進めてきたことになる。 この統合によって、著作権保護された地上デジタル放送の映像をVista搭載PCで録画できるとともに、ネットワークを介して、この映像を別のPCに配信、受信できる機能を搭載した。さらに、従来のSmartVisionで提供された機能や操作性をそのまま利用できるほか、TV画像の上に操作メニューを表示する新たなTVメニューを用意。加えて、携帯電話からコンテンツを直接再生できるといった機能も搭載した。これも、NECのVista搭載PCならではの独自機能となっている。 「Vistaでは、地デジ対応が図られておらず、この点では、SmartVisionの方が先行している。統合することで、双方の優れた部分だけを取り込み、また、ワンタッチで操作環境を切り替えて利用できるような利便性も提供できた。APIの開発に関しては、数年に渡って、NECとマイクロソフトが共同で取り組んでおり、その緊密な関係は他社にはないもの。使ってもらえば統合のメリットが実感できる」と栗山本部長は語る。 マイクロソフトとの協力関係をベースにした統合であることをNECは訴える。そして、今後も、Windows Media CenterとSmartVisionは、さらに統合が進むことになるという。 ●リビングのコンテンツを統合するPCヘ では、Vista時代のNECのPC戦略はどうなるのだろうか。 1つは、先にも触れたWindows Media CenterとSmartVisionの統合進化が1つの鍵になる。 「Vistaの地デジ対応が今後はどうなるのか、また、IP-TVへの対応をどうするのか。こうした要件について、マイクロソフトとの緊密な関係をベースに、Windows Media CenterとSmartVisionの統合を進化させることになる」(栗山本部長)と語る。 その進化の過程では、ソニーの「TP1」、富士通の「TEO」のような、薄型TVとHDMIで接続するような製品の投入も視野に入ってくることになるだろう。 実は、NECでは、Vista発売にあわせて、同様のコンセプトの製品開発を水面下で進めていた。だが、「薄型TVと接続して視聴するには、リモコン操作の部分をはじめ、インターフェイスがまだ不十分と判断した。2フィートUIと、10フィートUIとをどう融合させるかという課題が解決されていない。また、HDMI端子を搭載した薄型TVの普及状況などを考えると、もう少し先の投入の方が適切だと判断した」と高須社長は語る。 ボーナス商戦を視野に入れて発表される夏モデルでも、こうした機器はNECからは登場しないようだ。
だが、NECは、この分野を完全にスルーしているわけではない。そう断言できる理由がLaVie Cの仕様を見るとわかる。 LaVie Cは、ノートPCながらHDMI端子を付属。同時にBlu-ray Disc(BD)ドライブ搭載モデルを最上位機種に用意している。一方で、TVチューナ機能は、カスタマイズ対応のNECダイレクトでも選択できないようになっている。つまり、チューナは、HDMIで接続した薄型TVのチューナを活用するという仕様になっているのである。 乱暴な言い方だが、LaVie Cから15.4型ワイドの液晶を取り外し、四角や丸い筐体に押し込んでしまえば、スペックの違いこそあれ、TP1やTEO対抗製品が仕上がることになる。
「家庭内のデジタル機器をまとめるという役割が近い将来のPCに求められるのは明らかだろう。家庭内、家庭外で利用するすべてのデジタルデータを、ホームサーバーのような形で管理できるPCを提供することになる。Vistaの登場によって、この世界が一歩前進した。ただし、多くの人がこれを使う環境になるには、もう少しステップを踏む必要がある。PCメーカーにとっては、その時期を見極めていくことが大切だ」(高須社長)という。 ●Vista需要を本物にできるのか NECは、今年度通期の出荷見通しとして、前年比5%減の275万台を目標としている。第4四半期には4%増の84万台を出荷すれば、この数字は達成できる。2月までの実績を見れば、この数値は射程圏内に収めたといってもいいだろう。だが、前年並みの数字にまで戻せるかどうかという見通しについては、高須社長は慎重な姿勢を崩さない。 「出荷台数は、2月よりも3月の方が出るだろう。だが、Home Premiumを主軸とした分、台数を稼げるHome Basicでのシェアが低くなっている。トップシェアは譲らない。だが、トップシェアを維持する範囲であれば、シェアを落としても、利益を優先することを考えたい」(高須社長)。 NECのPC事業の収益は、第3四半期には若干の黒字を確保した。これを弾みに、「国内PC事業は通期でも黒字を確保できる」(的井取締役執行役員専務)と見ている。 前年割れとなる出荷実績は、まだ市場の回復が本調子とは言えない証拠でもある。NECは、2月に達成した前年実績を上回るPC事業の業績をテコに、Vista時代の施策によって、これを本格的な回復基調へといかに転換させるのか。まずは、NECの3月の進入学商戦の実績、そして、夏モデルでの手の打ち方が、注目されることになる。
□NECのホームページ (2007年3月5日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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