午前と午後では、明らかに気合いの入り方が違っていた。 7月10日午後4時から、NECの矢野薫社長は、経営方針説明会を開き、2007年度の同社事業方針を説明した。 それに先立つこと約5時間前。矢野社長は、都内のホテルで開催されたIT関連イベントで、約1,500人の聴講者を前に、「IT・ネットワーク融合が加速するビジネス革新」をテーマに、同社のNGNへの取り組みなどについて講演を行なっていた。 講演会と事業方針説明会を横並びに評することはできないが、矢野社長の話を、午前と午後という時間差で、それぞれ最前列で聞く機会を得た感触からは、その様子は、まるで別人のようだった。 それだけ、今回の経営方針説明会には力が入っていた。 ●不本意な一年と切り出す矢野社長 矢野社長の会見冒頭の第一声は、「2006年度は不本意な1年だった」というものだ。 NECを取り巻く環境は厳しい。 半導体事業および携帯電話事業の赤字を抱え、目標として掲げた営業利益1,100億円に対しても、2006年度実績では700億円と、目標の3分の2程度に留まった。半導体事業再建の遅れや、瑕疵補修引当金の計上といった要素も、業績には重くのしかかっている。 さらには、記者からの質問の多くが、会計処理問題に伴う米NASDAQの上場廃止、あるいは今年5月に発生した不正会見問題に集中したことも、NECが抱える課題が、体質的な部分にまで及んでいることを示すものだったといえよう。 「私は、お天道様にはずかしくない会社にするといってきた。社会的責任を全うし、企業倫理の遵守と持続可能な社会への貢献を目指す。改めて、お天道様に恥ずかしくない会社にすることを、ここでお約束する」と矢野社長は語る。 不正会計問題については、内部告発制度の活用を徹底する方針を示したのに加え、営業部門においては、1人の社員が受注と売り上げの両方を計上をできないように分離するとともに、別部門でのチェック機能を設けたほか、監査部門の増強、コンプライアンスの徹底を図るための教育の実施などにより、再発を防止する姿勢を示した。 「内部告発制度は、日本人のメンタリティもあり、これまでは制度があってもなかなか使われていなかったが、この告発が、一昨年(2005年)、昨年と倍増している。制度を使うように奨励している」 一部グループ会社のなかには、グループ内で行なわれていた循環取引が禁止されたことで、年間100億円規模の売り上げ減少が見込まれる企業もあるようだ。これも、NECの連結業績のなかでは、マイナス要素に影響するが、それも、「お天道様にはずかしくない会社」であれば当然のことだ。矢野体制のなかでは、こうしたマイナス要素も乗り越えた上で、増収増益を目指すことになる。 ●粘り強さがないのがNECの悪い体質 ただし、矢野社長自身は、いまのNECの体質に対して、会見の最中、容赦のない発言を繰り返した。 その点では、社員に向けて話している言葉と、会見で話している言葉とには、大差がなかったものと推測できる。 記者との質疑応答のなかで、矢野社長は、「NECの悪いところは、とことんやり抜く姿勢が足りないということだ」と、バッサリ切り捨てた。 「私は、41年ほどNECにいるから、わかっていたことを再確認したというのが正しいが、NECが抱える最大の問題は、粘っこく、とことんまでやり抜く姿勢が足りないということ。また、立てる計画が甘く、実行段階では、しぶとさが足りない。結果として、計画は、計画倒れに終わってしまう。絶対実行する、継続する強さが必要。社員に言っているのは、決めた目標をとことんまでやり通す。そういう文化をつくりたいということだ」 これは矢野社長自身への自戒を込めた言葉でもあったのだろう。 実際、社長就任一年目の目標は、計画倒れに終わった。
「今日は、将来の夢の話はしない。まずは足下の結果を出すことが大切。それができない限り信頼は回復しない。まず、今年はこれだけやるということを示し、それをやり遂げる決意を表明する」とし、本来、事業方針説明会では、慣例として必ず触れられる3カ年の中期経営計画については、一切言及しなかったのも、やはり自戒の意味がある。 2007年度の矢野社長の公約は、数字の面からいえば、連結営業利益1,300億円の達成、半導体事業の黒字化、モバイルターミナル事業の黒字化、NGN関連事業における2,000億円の売り上げといった点になろう。 粘り強い取り組みによって、これらの数字が計画倒れにならずに、達成できるかどうかが、2007年度は矢野体制を評価する1つのバロメータになる。 ●手放しで評価した携帯電話事業 今回の会見のなかで、矢野社長が唯一、手放しで評価して見せたのが、携帯電話事業であった。 会見が始まる前から、背広のポケットには、2台の携帯電話を忍ばせていた。 N904iとN703iμである。 これを取り出して、「ようやくNECらしいものが出てきた」と自己評価する。しかも、一部新聞で、シャープ製品よりも高い評価を得た記事に触れながら、「これは大変うれしいこと。商品力強化という点では、相当できてきた」と、厳しい内容の会見のなかでは、この時だけが明るい表情で話していた。 「携帯電話事業部門に対しては、海外から一刻も早く撤退することと、美しいデザインの携帯電話を作ってほしいということを言い続けてきた。デザイン、大きさ、使い勝手の課題を、たった1年で改善してくれた。松下電器との協業成果の遅れはあるが、M1と呼ばれるチップを搭載したこの703iμでは、置いておくだけならば1カ月はバッテリが持つ。しかも、M2という新たなチップを搭載すれば、さらに半分の低消費電力化が図れる。あらゆる技術を結集することで、NECの携帯電話は、これからももっとよくなる」 携帯電話事業は、すでに昨年度下期から回復によって、今年度は通期黒字化が視野に入っている。 NECのブランドを支える顔として、携帯電話事業が回復してきたことは、今後、成長戦略を描く矢野社長には心強い支えとなる。
●絶対にやめないと宣言したPC事業 NECブランドのもう1つの顔がPCである。
昨年の社長就任会見以降、PC事業にはほとんど触れてこなかった矢野社長だが、今回は、記者からの質問を待つまでもなく、自らのプレゼンテーションのなかに、PC事業について説明する資料を用意。「PC事業は絶対にやめない」と、言葉強く宣言してみせた。 矢野社長は、PC事業においては、「黒字の定着化と新たな成長事業の創出」を掲げ、黒字化を維持するための取り組みを推進すること、新成長事業として、ホームサーバーを中心とした新パーソナルソリューション製品、ホームゲートウェイなどのホームネットワーク製品の投入などを計画していることを明らかにした。 ホームサーバーは、今年秋には発表する予定であり、「家電メーカーにはできない、NECならではのホームサーバーを投入していく計画だ」と語った。PC新製品の方向性まで、矢野社長が言及したのは初めてのことである。 一方で、NGNとの連動、BIGLOBEとの連動提案が、パーソナルソリューション事業の収益性を高める手段でもあるだけに、製品投入とともに、こうしたサービス関連事業への取り組みが見逃せない要素といえよう。 ●NECらしいPCはいつ登場するのか しかし、携帯電話事業が「NECらしい」製品が登場しているのに対して、PC事業においては、まだ「NECらしい」製品が登場しているとは言い難いと感じる。
今年の夏モデルでは、「VALUESTAR N」といった新たなコンセプトの製品を投入してみせたが、まだまだ改良の余地はある。ノートPCでも、NECが先鞭をつけるような尖った製品が、いまは市場には見られない。 だが、NECのPC事業に「種」がないわけではない。少しずつ「NECらしさ」復活の兆しが見え始めていることは感じる。 例えば、「LaVie GタイプJ」では、スクラッチリペアという天板表面についた擦り傷を修復する特別な塗装を施している。NECのノートPCだけに採用されているこの機能を、何人かの友人や、一般誌の編集担当者に話すと、「そんなものがあるのか」と、必ずといっていいほど、驚きの声を聞くことができる。今年1月に発表した製品だから、すでに半年を経過するが、これが多くの人に浸透していないのは残念でもある。PCが持つ本質的な機能とは異なるが、ユーザーが必要とするこうしたNECならではの機能が随所に盛り込まれていくことが求められる。
筆者自身、ここ数年は、少なくとも半年に一度のペースで、NECパーソナルプロダクツの米沢の生産拠点を取材で訪問しているが、そこを訪問するたびに、数多くの技術が蓄積されていることを知らされる。だが、慎重な姿勢が背景にあるのか、これが蓄積されるばかりで、なかなか表面化してこないのが残念ではある。米沢の拠点を訪ねれば訪ねるほど、NECらしい製品が登場しないことにもどかしさを感じることすらある。 あとは、この技術や知恵を、いかに製品化に結びつけられるかどうかの挑戦力次第ともいえまいか。PC事業におけるNECらしさの復活は、挑戦する姿勢の復活次第と感じざるを得ない。そこに期待したいと思う。 今年の社長方針説明で取り上げられた携帯電話事業のように、来年度の事業方針説明会で、PC事業が手放しで評価されるかどうかは、矢野社長が指摘する粘り強さとともに、挑戦する積極性を持てるかどうかではなかろうか。
□NECのホームページ (2007年7月17日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
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