第385回
あなたのPC、あと何年使いますか?




 「今のPC、あと何年使いますか? 」

 このところ数週に渡って、この夏商戦に向けて新しいモバイルPCを紹介してきた。同じような主要コンポーネントを使いながら、価格、機能、軽さ、大きさなどさまざまな軸で、製品ごとに異なる味付けがされているのは、モバイルPCならではのものだ。

 コンシューマでも企業向けでも、パナソニックの「Let'snote」シリーズが人気を博したことで、一時は同じようなPCばかりになりかけていたが、本来、モバイルPCは製品それぞれに異なる魅力を持たせやすいカテゴリである。

 とはいえ、幅広くさまざまなPC業界を見渡してみると、コンシューマPC市場を下支えしているのは、比較的、価格の低いPCたちだ。ノートPCならば14万円前後、デスクトップPCはTV機能付きの一体型が売れ筋とあってばらつきはあるが、あるメーカーの出荷構成比を見ると7割が一体型。そしてその大部分がノートPCを応用した薄型/小型の製品ではなく、デスクトップPC向けの低コストな部材を用いた一体型PCだという。

●安いことは悪いこととは言わないが……

 今の工業製品は総じて低コストでなければ市場で通用しない製品になってしまう。しかし、昨今の売れ筋製品を見ていると、もう少し何か別のことができるのではないか? という気がしてならない。低コスト化を図る一方で、製品の価値を高める方向をもっと多様化できないものだろうか。

 PC平均販売価格の下落は今に始まったことではないが、昨今、特にその傾向が強い理由の1つに、ユーザーがPCを使ってやりたいことが、低価格機のハードウェアでも(少なくともメモリを少し足してやれば)十分にできてしまうからだろう。もちろん、まだまだ能力が不足している分野はあるが、増えた分の能力をすべてのユーザーが活用できる環境にはないと思う。

 コンパクトな2ボックスカーで十分と思っているファミリーが、大型のRV車や高性能のスポーティカーには興味を持たないように、必要十分と感じている人たちに高性能製品は売れない。しかし、2ボックスカーとしての機能性や燃費、運転のしやすさなどの価値を提供することでならば、やや高くても興味を示すはずだ。そこには低価格化という軸以外にも、いくつもの差異化要因が思い浮かぶだろう。

 ところが、すべてとは言わないが、PCベンダーの多くはIntelから購入するプラットフォームの機能や性能(クロック速度やチップセットの機能)や、Microsoftから購入するWindowsの機能、HDDメーカーから購入するHDDの容量に差異化を頼っている。

 ほとんどのメーカーがこうした傾向にあると、購入する側もメーカー間の小さな(メーカーにとって大きな違いでも、ユーザーから見て小さな違いであれば、それは小さなと言わざるを得ない)違いより、安さを優先しがちになるのも当然のことだ。最終的に商品の小さな違いが勝負を決するかもしれないが、そもそも勝負の土俵に上がるためには、ただただ安いPCでなければ資格を得ることすらままならなくなる。

 PCが安価になることで、より個人ごとへの普及が進み、生活がより便利になると考えれば、悪いことではない。もっと多くの人が、もっと普遍的にPCを活用できるようになればいいと思う。しかし安さばかりがPCの評価軸になってしまうと、速度向上やOSの高機能化は放っておいてもIntelとMicrosoftが取り組んでくれるが、商品パッケージ全体は変化に乏しいものになっていく。

 メーカーの商品企画や製品開発に携わる、あるいはそのマネージメントを任されている人たちと話を聞いていると、どうにも身動きが取りにくいという意見が多いのだが、個人的にはいくつかの突破口はあるのではないか? と考えている。

●あなたのPC、あと何年使いますか?

 その昔、PCはモデルチェンジごとに買い換えているという人が大勢いた。主な理由は2つある。

 1つは圧倒的にパフォーマンスや機能が不足していたこと。もう1つは、新しいソフトウェアによって新たな付加価値が増え、すべてのユーザーに対してメリットが明白だったことだ。そしてこの2つは密接に関わっていた。

 ソフトウェアが高度化することで、ユーザーが新しい価値を手に入れると、その新しいソフトウェアがPCにより高いパフォーマンスや機能を要求した。新しいソフトウェアを快適に動かすために新しいPCを入手すると、今度は別の新しいソフトウェアによる新しい価値に手が届くようになる。そして、その新しい価値を活かそうとさらに高性能なPCを……というサイクルが無限に(と思われるほど)続いていたのが、PC黎明期から普及期にかけての、よく見かける光景だった。

 ところがこのサイクルは、すでに崩壊している。新しいハードウェアが、新しいソフトウェアを生み出すペースが遅くなっているからだ。高性能を必要とするソフトウェアが現れても、すべてのユーザーが恩恵を受けるようなものではないことも多い。

 観念的な言い方で恐縮だが、別に新しいPCじゃなくても十分じゃないか? あるいは買い換えるにしても、高速なPCじゃなくても特に支障はないよね? と思うユーザーが多くなってきているのも不思議なことではない。

 たとえば我が家の例で言えば、ビデオや写真を主に扱っているPowerMac G5や仕事で主に使っているノートPCを除くと、デスクトップ機はAthlon 64 2800+からアップデートされていない。Windows Vistaのテスト用に組んだPCの方が高性能なほどだが、メモリを最近増やしたこともあって全く不満はない。

 仕事で使っているノートPCにしても、軽さやバッテリ持続時間、搭載可能なメモリ容量などは気にするが、プロセッサのクロック周波数を意識して製品を選択することはすっかり無くなってしまった。筆者のように毎日大量の文章を書いたり、取材でPCを使っていると、すぐに物理的なヘタリが来るが、これも修理しながら使おうと思えば使えない訳ではない。

「ThinkPad X31」

 家人などは、2003年に買って与えていたノートPC(ThinkPad X31)を更新しようか? とオファーしても、使い慣れているからそのままの方がいいといって、新しいPCにしようとしない。性能も機能も満足なので、あえて使い慣れていない製品にしてまで新しくはしなくないのだそうだ。

 買い換えサイクルの長期化は、何も我が家だけのことではなかろう。PCベンダーは、もう少し“長く愛用する”製品を作るという視点で、安いだけではない、モノとしての価値を高める開発をしても良い頃だと思う。

 たいして製品コンセプトも性能も変化していないのに、商戦期が来るからとデザインを変える必要があるだろうか? 多少コストをかけても、長く愛用できる製品を、長い間、売り続けることはできないものだろうか。10円のコストを下げるために、1,000円分の質感やデザイン性を失っているような気がしてならない。

 本当にスタイリッシュで、シンプルで、飽きのこない製品ならば、少々高くとも使いたいと個人的には思う。そう思わせる努力は、直接的な売り上げや利益確保につながらないという意見も聞くが、果たして本当にそうだろうか?

●インテリジェンスの欠如したPCはいらない

 もう1つはソフトウェアによる解決策だ。

 誰もが喜ぶ汎用的なソフトウェアの多くは、プロセッサが高速化してもさほど影響がない。PCが速くなっても、ユーザーはあまり大きなメリットを感じない。だが、もっと違った切り口で、PCならではの価値を創造できるのではないか。

 たとえばビデオの録画を行なうといった時、HDDの中に溜めておき、後から好きな番組を探して見るだけならば、通常のデジタルレコーダと何ら変わらない。むしろ今時のレコーダの方が、ずっとインテリジェントにチャプターを打ってくれたり、時間短縮で番組をダイジェスト再生したり、あるいはCM部分を自動認識してスキップしてくれる製品もある。別の切り口では、ある番組が好きなユーザーに対して、別の似た番組を紹介するといった機能を持つレコーダもある。

 一部にはこうした機能を実装しているPCもあるが、機能的にレコーダよりも優れているかというと、必ずしもそうではない。むしろアナログ放送にしか機能が適用されなかったり、機能的に不十分なことの方が多い。強大なプロセッサを持っているハズのPCの方が、インテリジェンスが欠如しているというのは、おかしな話ではないか。

TVチューナを内蔵したソニーの「VGX-TP1」

 ソニーの「VAIO」が、アナログ放送録画に限って映像を分析してメタ情報を抽出し、高い利便性を提供しようとしているが、同様のインテリジェンスを加えていく余地はまだまだあるはずだ。コストが厳しく高速なプロセッサを搭載できないレコーダですら、工夫していろいろな機能を搭載しているのだから、PCに出来ないことはない。

 加えて言うなら、プロセッサの空き時間を利用すれば、コンテンツを保管、管理するだけでなく、コンテンツそのものの品質を改善することだって不可能ではない。時間軸方向で画像を解析し、解像度やディテールを復活させたり、ノイズや色褪せを取り除く技術があるが、これらも時間をかければPCでもできる。蓄積しているコンテンツにデジタル処理を行なうことで、今日よりも明日、明日よりも明後日の方が画質や音質が良くなるといった機能はどうだろう。

 こうしたことを総称して、最近は“PCが持つべきインテリジェンス”という話を良くしているが、せっかくPCの中にコンテンツがあるのに、それをそのまま置いておくだけというのは、あまりに芸がない。

 たとえば非常に静かな、HDDの静音化も考えたPCを作り、その上で常時、マイクロプロセッサが活躍できるソフトウェアを載せてあげれば、PCにも新しい輝きが出てくるだろう。

 ここではビデオ録画という視点で書き進めたが、これはあくまでも例だ。巨大企業が多い日本のPCベンダーには、研究所に多くの要素技術が眠っているハズ。それらを掘り起こせば、僕らには想像も付かないような新しいPCが生まれる可能性もある。

 価格指向の強い市場をそのまま放置するのか、それとも新しい価値を自ら開拓するのかは、PCベンダー自身にかかっている。

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【6月12日】【本田】2007年夏のモバイルPC購入ガイド
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0612/mobile382.htm
【3月30日】【本田】スローなPCにしてくれ
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【1月5日】【本田】2007年、業界への期待
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0105/mobile361.htm

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(2007年7月10日)

[Text by 本田雅一]


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